魔法少女という力の源
私室でレオーネとの話し合いを終え、彼女を見送った盛周は一人、物思いに耽っていた。
「……イマジンに魔法少女、か」
今回現れた新たなる敵対勢力と、それに対抗するように現れたヒロイン。そしてアグと呼ばれたぬいぐるみ染みた妖精から語られた【魔人】という存在。
魔物に魔人、妖精と魔法少女。まだ断片的な情報しかないが……。
「不自然に追撃をやめた魔物と、謀ったかのようなタイミングで現れた妖精。そして、未だ姿を現さない魔人と呼ばれる上位存在……」
それらのことになんというかキナ臭さを感じる盛周。
レオーネがバルドルから探った情報によれば、件の妖精アグ。彼は自身が異世界の存在であり、こちらの世界に住む人間から妖精、と定義されたという話だった。
そして魔物たちは妖怪や悪魔など、邪悪なものとして定義された。しかし――。
「あくまで、それはこちらの人間が勝手に作っただけの話。……もし、妖精と魔物。その二つの本質が同じものであるとするならば――」
魔物と妖精が近しいものとするならば、魔人と魔法少女。この二つももしや近しいものになるのではないか?
それが盛周が考えていたこと。
盛周の前世が暮らしていた世界の特撮でも、敵の力を内包しながら敵と戦う。という設定の作品は多々あった。
フィクションと現実を一緒くたに考えるな、と言われかねないが、この世界は実際にヒロインや秘密結社が存在し、活躍する世界。
それゆえ、盛周の考えが絶対にあり得ないとは言いきれなかった。
「だとしても、データがない以上判断ができない、か……。なら、いっそのこと一度仕掛けてみるか?」
考え込みながら、頭の中を整理するように呟く盛周。幸い、と言うわけではないが魔物系統のデータについては、いくらか政府筋、そしてレオーネを通じて送られてきている。
つまり、あと魔法少女のデータさえ手に入れば比較するのはそれほど難しくない。もっとも、それをするためには各所に根回しが必要になってくるだろうが。
そして盛周が行動を起こすべく、通信機を起動させようとした時、彼の私用スマートフォンから着信音が鳴り響く。
いつも盛周はバベルに詰める際、毎度ミュートにしていたのだが、今回は忘れていたようだ。
急に鳴った着信音に驚いた盛周は、慌てて電話してきた相手を確認する。
「……ん? なんでこの時間に?」
スマートフォンの画面を確認した盛周。そこに表示されていた名前は――。
バルドルに保護された翌日、秋葉は歩夢とともに一度家に帰宅した後、もう一度バルドル基地へと向かっていた。
と、いうのもバルドルから彼女の家族に対して説明するべきことや、また今後についての相談などがあったため、実質的なバルドル副司令である歩夢が同行し、やり取りを行ったのだ。
ただ、彼女は自身が魔法少女となったことを家族には隠していたらしく、驚いた後緊急家族会議が開かれる一幕もあった。
「それにしても、二人とも応援してくれて良かったわね、あきはちゃん」
自身の車を運転しながら秋葉に声をかける歩夢。
対して秋葉は、主に家族会議の一幕を思い出したのか、恥ずかしさで頬を紅潮させていた。
「は、はは……」
乾いた笑みを浮かべる秋葉。なにしろ彼女の家族、特に両親は親バカの気があり、証拠とばかりに変身してみせた娘の姿を見て――。
――かわいい!
――さすが私たちの娘!
――この娘のかわいさには、たとえ他のヒロインでも敵わないよ!
……と、半ば発狂染みた行動をしていた。
それは赤の他人、しかもこれからお世話になる歩夢に見せつけることになった秋葉からすると完全に公開処刑。
羞恥で全身を真っ赤に染めながら、心の中で、いっそ殺せぇっ! と、絶叫していた。
なお、彼女の弟たちはいつものこと、と思っていたのか淡々としており、歩夢はある意味針の筵となっていた秋葉を気の毒そうに見つめていた。
……ここだけ見ると、戻ったのはむしろ大失敗だったのでは? と、思わなくもないが、後のやり取りでは両親ともに理知的な対応をしていたので問題はなかっただろう、多分……。
「それじゃ、後は基地に戻るだけ――」
秋葉に向けて話しかけていた歩夢だが、その言葉は途中で止まる。突如として周囲にサイレンの音が響き渡る。
火事でも起きたのか、と周囲を見渡す歩夢。だが起きていたのは火災ではなく。
「……バトロイド?! こんなタイミングで!」
各地に出現したバトロイドに驚く歩夢。しかし、バトロイドは破壊活動を行う訳ではなく、辺りをキョロキョロと見渡している。
「……何してるんだ?」
バトロイドの不可解な行動に首をかしげる秋葉。今まで彼女が調べたどの行動とも違ったルーチンに違和感を抱いたようだ。
だが、そんな呑気な意識はすぐに霧散する。
突如としてバトロイドたちは武装を展開して、歩夢が運転する車に近づいてきたのだ。
「ちょ、ちょっとちょっと、やめてよね!」
明らかに自身を狙った行動に冷や汗を流す歩夢。彼女は車をバックさせると同時に方向転換。バトロイドから逃げ出すため車を加速させる。
その後ろをバトロイドたちは、背部に増設されたブースターを点火させて追跡する。
バックミラー越しにバトロイドの新装備、そして追跡を確認した歩夢は悪態をつく。
「……本当にやめてよね! あきはちゃん、しっかり掴まってて、飛ばすわよ!」
「は、はいぃぃぃぃぃぃぃ――――!」
そうして歩夢たちとバトロイドによる、変則的なカーチェイスが幕を上げた。
逃げる歩夢、追うバトロイドたち。双方ともに不自然なほど車がいない道路を爆走していた。
「追い付かれはしないけど、逃げ切るのも厳しい、か……!」
事実、彼女が言うように裏道や、地域の住民でないと知らないような道で撹乱していたのだが、それでもバトロイドたちは歩夢に追い縋ってきていた。
なかなか逃げられない状況に歯噛みする歩夢。
そんな彼女に、一人考え込んでいた秋葉が話しかけてくる。
「水瀬さん、車を止めてくれ!」
「ちょっ、あきはちゃん。何言ってるの!」
秋葉の予想外な要求に驚きの声を上げた歩夢。
しかし、秋葉はそんな彼女へさらに言い募る。
「変身すればアタシでもあいつらを追い払える。だから――!」
「危険よ! 何より、貴女は魔物以外と戦ったことないんでしょう?!」
「危険なのは百も承知だよ! でも、このまま逃げの一手を打つよりかは、どうにかなる筈だ!」
「あぁ、もう――!!」
秋葉の物言いに頭を掻きむしりたくなる歩夢。彼女とて、このままでは千日手だということは理解している。
しかし、秋葉は約一ヶ月前に力を得たばかりの新米。いくら実践を経験しているとはいえ、さすがに分が悪い賭けになってしまうのも道理だ。
「水瀬さんっ!」
「…………~~っ! ええいっ!」
歩夢は車をドリフトさせると、そのまま急転換バトロイドたちに相対するように車を止める。
「あきはちゃん! 基地の方にすぐ救援を要請するから、無茶だけはしないで!」
「了解っ!」
秋葉は好戦的な笑みを浮かべると車を降りる。そして――。
「いくよ、アグ!」
「オッケーだもん!」
相棒たるアグに声をかけると、目を閉じ精神を集中させる秋葉。
「――――変身!」
彼女が放った力ある言葉とともに、真紅のドレスが展開されていく。
変身完了した秋葉、オーラムリーフは拳を構え、己を鼓舞するように。そして、心を奮い立たせるように宣言する。
「アタシだって魔法少女、ヒロインだ! 人を、世界を守ってみせる!」
そして彼女は、バトロイドたちへ突撃するのだった。