渚の憂慮、秋葉の決意
「わたしたちの世界と、アグくんたちの世界……? そう言えば、アグくんたちの世界に名前はあるの?」
魔物の説明を行う前に、二つの世界について説明が必要だ、と言ったアグに渚は疑問をぶつける。
そんな渚にアグは首をかしげ、心底不思議そうにしていた。
「世界の名前? こちらの世界には名前があるんだもん?」
「……ふぇ?」
アグの疑問に気の抜けた声を出す渚。そして彼女は何をいってるんだろう、とばかりに答えを返す。
「えっと、地球、かな?」
「それはこの惑星の名前だもん。それが世界の名前なのかもん?」
「……え?」
一度は答えた渚。しかし、続くアグの疑問に絶句する。
そんな彼女にアグはさらなる疑問を投げかける。
「そもそも、きみたちが定義する世界とはどこまでの範囲だもん? この惑星? 太陽系? それとも銀河系? もしかして、宇宙全体だもん?」
「あっ、えっと……。その……」
アグから放たれる矢継ぎ早な疑問。渚はそれに答えることが出来ず、答えに窮する。
「……やっぱり、答えることが出来ないもん? まぁ、それもおかしくないもん」
答えることの出来ない渚に、アグはそれも仕方ない、と理解を示す。
そも、先ほど渚が示した地球、という名前もあくまで人間が定義したこの惑星の名前で、それが本当に正しいのか、というのは分からない。
神が斯くあれかし、と告げたのでも、ましてや名札のような明確な指標もないのだから。
そして、それはアグたちにとっても同じこと。だからこそ先ほど、アグは渚に問いかけたのだ。この世界には名前があるのか、と。
「まぁ、なぎさが言いたいことはわかったもん。……敢えて名付けるなら、イマジン。これがしっくりくると思うもん」
「イマジン……。想像や幻想、という意味ですか?」
霞が投げかけた疑問に首肯するアグ。
そして彼はなぜその名前にしたのか、そして魔物の由来について説明を始める。
「そもそも、こちらの世界とオイラの世界。二つの世界は密接な関係があったもん」
「密接な関係……?」
「そうだもん。と、言ってもオイラもあくまで伝承で知ってるだけで、そこまで詳しくないんだもん」
そこまで言ったアグは、周囲を見渡し一拍おくと続きを話し出す。
「昔、地球とイマジン。二つの世界を遮る壁が薄かった頃、双方の世界への行き来が行われていた、と語られてるもん。そして、イマジンから地球に来た者たちは妖怪や悪魔などの超常生物。逆にこちらからイマジンに消えていった人間については、神隠し。とされてきたもん」
「――なっ……!」
アグからの説明を聞いて絶句する千草。しかし、彼女の冷静な部分は彼の説明に不備がないことを理解してしまう。
「そして、オイラたちのような存在は妖精。悪戯好きな存在扱いされてきたもん。それもある意味間違ってはないけど……」
「それはどうして?」
「単純な話だもん。オーガが人と比べ物にならないほどに屈強な身体を持つように、オイラたちにも特別な力があったもん。……人に魔力を渡し、魔法少女として覚醒させる、そんな力が」
アグの話を聞いて、渚はある意味納得する。まぁ、見た目的にアグは間違いなく魔法少女のマスコット枠だし、そういった存在が少女に力を渡し、魔法少女に。というのはよくあるパターンだ。……もちろん、物語の中で。という前置きがつくが。
「そういった、過去にオイラたちの力を受け取った女の子たちのことを歴史上では退魔師、陰陽師、魔女、シャーマンなんて呼び名で呼んでたもん」
「……まって、貴方たちはそんなに昔から活動してたの?」
「さっき言った筈だもん。過去、世界の壁が薄かった頃、互いに世界を行き来してたって」
アグの話を聞いて驚きの表情を浮かべるバルドルの面々。アグ――というよりも彼らの祖先が地球に来訪していたこともそうだし、活動が歴史に残っていることも彼女らからすれば驚きだった。
しかも、悪魔や妖怪などの伝承上の存在だと思われていた者たちがイマジン――アグたちの世界からの来訪者であるのなら、この国の物語で謳われた九尾の狐や、酒呑童子なども本当にいた、ということになるのだ。
まさしく世紀の大発見、と言われてもおかしくない真実だった。
「……ちょっと話がずれちゃったけど、ともかくそういう訳でこちらとあちらでの呼び名が同じ、ということが起きたんだもん」
「……あぁ、そういえば、もともとなんでオーガなんて名前がついてるかの説明も兼ねてたんだっけ」
「そうだもん。だから基本、魔物はこちらの伝承や神話に出てくる怪生物の類いだと思えばいいもん」
「なるほど……」
アグの説明に納得する一同。そしてアグは前提知識の説明が終わったとして、次の、本命について説明に入る。
「そして、ここからが重要だもん」
「ここからが……?」
「うん、今まで魔物の説明をしてたけど、実際のところ、やつらはこちらの秘密結社で言うところの戦闘員にすぎないもん」
「……は? 戦闘、員ですって……」
アグの、魔物はあくまで雑魚でしかない。という説明に何度目かになる驚きをあらわにする千草。
彼女もモニター越しに秋葉、オーラムリーフとオーガの戦闘を見ていたのだが、あれだけのタフさと超再生を持っていたオーガが戦闘員扱いになるのが信じられなかった。
それも仕方ない、なにせあの再生能力だけ見てもバベル怪人をゆうに越え、単体でも良い勝負が出来るだろうというのが簡単に予測できた。
それがただの戦闘員だというのだから、バルドル司令としての立場がある彼女からすると完全な悪夢だろう。
たとえレッドルビー、ブルーサファイアが歴戦の戦士とはいえ、数で圧倒されてしまえば負ける可能性がなくはない。そう考えると頭が痛くなる千草。
彼女はなるべく早急に、場合によってはレオーネを頼ってでも上に報告を上げるべきだ、と決意する。
しかし、それはあくまでアグの話を全て聞き終わったあとの話。彼が敢えてこの話をしたということはつまり――。
「それで魔物が戦闘員ということは、その統括をする者たちも当然いるんだもん。そいつらは魔人、と、そう呼ばれてるもん」
「魔人、そいつらが――」
「そう、秘密結社でいうところの怪人だもん」
話の流れから予想したことを確認した歩夢。アグもまた、それが正解とばかりに肯定する。
「つまり、今後はバベルの怪人だけじゃなくて魔物に魔人の相手をする必要も出てきた、ってことかな……」
アグから説明のあった新たなる敵。それに対して闘志を燃やす渚。
特に魔物や魔人は、盛周に害を為す可能性が高い以上、彼女にとって優先的に排除するべきだと心を新たにする。
そんな彼女の決意をよそに、千草は秋葉に話しかける。
「それで秋葉さん、貴女は今後、どうするつもりなのかしら?」
「……どうするつもり?」
千草の抽象的な問いかけに首をかしげる秋葉。
そんな彼女の反応に苦笑すると、千草はもっと具体的に問いかける。
「貴女は魔法少女として、魔物や魔人と戦ってるんでしょう?」
「あ、うん……。でもアタシ、まだ魔人とは戦ったことないよ?」
「そうなの?」
秋葉から放たれた予想外の言葉に多少動揺する千草。
アグは秋葉の言葉を補足するようにとある事実を告げる。
「そもそも、秋葉は、このあいだ魔法少女になったばかりの新人だもん。だから、まだ経験は浅いんだもん」
「なるほど、そういうことだったのね。なら――」
「――わたしは反対です」
アグから補足説明を受けた千草はとある提案を行おうとするが、それを察した渚は先んじて異を唱える。その提案とは……。
「千草さんは秋葉ちゃんにバルドルに入って一緒に戦ってもらうつもりなんですよね」
「え、ええ……」
渚から感じる凄みに、思わず吃りながら返事する千草。今までの渚ではあり得ない行動に、彼女は少なからず動揺していた。
だが、それ以上に困惑していた者がいた。
「なぁ、レッド――、いや、なぎささん。なんで反対なんだ? アタシになにかまずいところでもあったのか」
渚の剣幕に怯えていた秋葉だ。彼女にとってレッドルビーやブルーサファイアたちとくつわを並べて戦えるというのは大変栄誉なことであるし、魔法少女として覚醒した自身ならヒロインたちとも見劣りしないという自負もあった。なのに……。
「まずいところがある訳じゃないの、ただ……」
そう言い、むしろ自身に言い聞かせながら己の手を見つめる渚。
「ヒロインとして戦うっていうのは、究極的には相手を殺すこと。いつか秋葉ちゃん。きみに理不尽な選択を強いてくるかもしれないから……」
「なぎさ……」
そう、寂しげに呟く渚を見て、霞は彼女が何を言いたいのか理解した。
彼女自身、知らなかったとはいえ恩人で想い人である盛周の両親を手に掛けたのだ。
もしかしたら秋葉もいつか、同じような日がくるかもしれない。そう思えば、渚は千草の提案に賛成できる訳がなかった。
しかし、そのことは秋葉は知る由もない。だから、彼女は悔しげに拳を握りながら……。
「それでも、それでもアタシは貴女たちとともに戦いたい。そうすれば、いつか見つかるかもしれないから……」
「見つかるかもしれない?」
秋葉の見つかるかもしれない、という言葉に首をかしげる霞。
秋葉は一度深呼吸して心を落ち着かせると、自身が探している相手について告げる。
「アタシの親友、一ヶ月半前に行方不明になった春菜、西野春菜を」
「その名前、たしか連続女性行方不明事件の……」
歩夢は秋葉が発した女性の名前に聞き覚えがあった。
それは、連続女性行方不明事件が発覚する要因となった被害者の名前であった。