新たなる敵、――そして
レオーネがバベルに緊急を要する報告を行うため、帰還した日から既に二週間の月日が経っていた。
その間、対バベル組織であるバルドルは、怪人による襲撃が起こらないことから平和な時を過ごしていた。
しかし、それはあくまで組織としての話。
所属しているヒロイン二人、レッドルビーとブルーサファイア。真波渚と南雲霞の間では微妙な空気が流れていた。だが、それは二人が不仲。という訳ではなく……。
「ねぇ、かすみ。本当にどうしたの?」
心配そうに霞の顔を覗き込む渚。
心、ここにあらず。といった様子だった霞は渚に覗き込まれていることに気付くと、びくり。と体を震わせ。
「えっ、いや。なんでもないですよ、なぎさ。私は大丈夫です」
「……本当にぃ? それにしては――」
渚は霞が返事をした時、あからさまに声が震えていたことを指摘しようとするが思いとどまる。
明らかに霞は渚を避けようとしている。そのこと自体は渚自身も承知している。しかし、なぜ避けようとしているのか、その理由が分からなかった。
もっとも、その理由はある意味単純なものだった。
以前、盛周との密会で渚に彼の、アクジローの正体がバレたことを知った霞。
彼女からすれば、渚にそんな重要なことを隠していたことは裏切りに等しい、と思っていた。だから、彼女からすると、今さら渚にどの面下げて会えばいいのか。というのが意識として存在していた。
有り体にいってしまえば、会わす顔がない。というやつだった。
そのことを気にした霞は、渚に対してよそよそしくなってしまっていたのだ。
だが、当の本人である渚はそのことに関して、まったくというほどに気にしていなかった。
それは今まで霞が自身のことを考えて動いてくれていた、という信頼。そして、彼女が情報を隠していたことも渚自信を心配していたから、というのは理解していたから。
はっきり言ってしまえば、霞が胸の内に秘めていた罪悪感は完全な杞憂であった。なにせ、本人が欠片も気にしていなかったのだから。
もっとも、それはあくまで渚の感情。考えでしかない。そして、渚の心中を霞は推し量れているわけではなかった。
その結果、二人の中ではほんの少し、すれ違いが起きていた。それは、お互いがお互いを信頼し、少し悪く言えば言わなくても理解してくれる、という甘え。
もちろん、それ自体が悪いわけではない。しかし――。
このまま、後少し時間があればお互いに話すことで蟠りは消えただろう。しかし、彼女たちにその時間は許されなかった。
――彼女たちの視界が赤く染まり、けたたましいサイレン音が鳴り響く。
「な、なに……。まさか、バベル――!」
「いえ、ですが……! これは――」
明らかにいつも聞いているバベル襲撃の報とは違う現状。そして、それを示すように館内放送で二人を呼ぶ声が聞こえてくる。
『なぎささん、かすみさん。今すぐ指令室へ来てくれる?!』
「……千草さん! 行こう、かすみ!」
「……え、えぇ! 行きましょう、なぎさ!」
二人はその場から弾けるように呼び出しのあった指令室へ駆け出す。
――それは、後に始まる、新たな敵勢力との戦い。始まりの号砲であった。
指令室へと駆け込んだ渚と霞。二人の目には室内の慌ただしい様子がみえた。
「――解析結果は!」
「……まだ、もう少し待ってください!」
「急いで! ――少しでも多くデータを録るのよ!」
『はいっ!』
歩夢を筆頭としたオペレーターたちが忙しなく端末に、そしてモニターに表示されたモノのデータ採集を行っている。
そのうつされた姿を見て、嫌悪感を滲ませる渚。
「なに、あれ……」
彼女の目には薄緑の肌をし、焦げ茶色の髪色をした化け物の姿が見えている。それは、神話やフィクションに出てくる西洋鬼、オーガを彷彿とさせた。
今までの、バベルが使っていた怪人とはまったく違う生々しい肉体。怪人、改造人間ではなく生身であることを、嫌というほどに顕示していた。
「あれは一体……?」
「分からないわ、分からないからこそ情報を集めているのだけど……」
霞の独り言に千草が答える。
そして千草は渚と霞。二人に向き直ると話しかける。
「でも、過去に目撃情報が出た個体でもあるわ」
「あれに? でも、わたしたちは――」
「ええ、直接関わっていない。あくまで間接的に報告が上がってたらしいの。……私たちもついこの間聞いたばかりなのだけど、ね」
渚はあの化け物に見覚えがない、と呟くと千草がその疑問に答えた。
そう、それはレオーネがバベルへ報告のため持ち出した映像、並びに情報と同じものだった。
彼女がバベルに急いでいた頃、千草たちバルドル上層部もまた、政府から情報提供を受けていた。
そして、それが以前言っていた不審な事件と関連があったことからバルドル、千草たちとしても何らかの対応をしようとした矢先の出来事。だからこそ、現状指令室はてんやわんやの大騒ぎとなっていた。
正直、あの化け物について情報が少なすぎることから、あまり二人に無理をさせたくない千草。
しかし、現実的なことを言えばレオーネは――バベルに帰還していて――バルドルには不在で、自衛隊も自衛隊で他の区画に現れている化け物たちの対応で手一杯。
その状態では彼女たちに頼らざるを得ない。だから千草は、内心忸怩たる思いを抱きながら二人に要請する。
「なぎささん、かすみさん。……お願いできる?」
「うんっ! 任せてよ、千草さん!」
「そうですね、私たちにお任せください司令」
千草の内心を知らない――もしくは、察した上で――二人は元気よく返事した。そして渚は笑顔を浮かべると。
「それじゃレッドルビー、現場に行ってきます! 行こう、かすみ!」
「ええ、わかったわ。……それでは行ってきます。――義母さん」
そのまま返事を待たず司令室を飛び出す二人。それを千草は複雑そうな顔で見送るのだった。
基地内、転送室に到着した二人。彼女たちは深呼吸して精神を落ち着かせると、己を奮い立たせる。変わるための言葉を紡ぐ。
「……ふぅ、――変身!」
「――――着装!」
その掛け声とともに、渚と霞。二人の身体が光に包まれ、次の瞬間。専用装備であるPDCを装着した、軍服にも似たコスチュームに身を包んだ超能力戦士、レッドルビー。そして、あらゆる武装に変化することが出来る液体金属で造られたブルーコメットを手に取り、戦隊ヒーローのようなコスチュームに身を包み、髪色が銀色に変化したヒロイン、ブルーサファイア。
二人のヒロインとして、戦う者としての姿が現れる。
そして準備が出来たレッドルビーは司令室で作業している歩夢へ声をかける。
「こっちは準備できたよ、水瀬さん!」
『確認したわ、それじゃ転送するわね。……気を付けて』
通信越しに歩夢の心配そうな声が響く。
その声を聞いて、レッドルビーは意識不明の状態で倒れたことを、ブルーサファイアは不確定要素があったとはいえバベルに囚われたことで心配をかけ、それがまだ尾を引いていることを自覚する。
「安心して、水瀬さん。わたしたちも、そう何度も不覚を取るつもりないから、ね」
「ええ、私たちを信じてください」
『うん、わかった……。それじゃ、行くよ』
通信越しに聞こえた歩夢の声に不安の音色はなく、二人に確認する問いかけだけが聞こえてくる。
そして、二人の姿が少しづつ霞んでいく。
『転送――!』
歩夢がそう言うのと同時に、二人の姿が転送室から完全に消えるのだった。
転送室から化け物が暴れている現場へ送られた二人。そこには雄叫びをあげている仮称【オーガ】の姿があった。
「――――――――!」
「行くよ、サファイア!」
「ええ、ルビー――」
二人は目の前にいる化け物相手に構え、攻撃を仕掛けようとする。その時――。
「わぁぁ、レッドルビーにブルーサファイア! ……本物だぁ!」
背後から聞こえてくる第三者の、年若い女の子の声。
その声が聞こえたレッドルビーは、避難しそびれた一般人がいた! と、驚き、逃げるように声をかけようとする。
「きみ、ここは危ないから――」
しかし、その声は途中で止まってしまう。
件の人物に声をかけるため、振り向いたレッドルビーの瞳には予想外のものが写し出されていた。
「オーラム! 目の前に魔物がいる時に、なに呑気なこと言ってるんだもん!」
「しょうがないじゃんか! 目の前に、あの有名なヒロインたちがいるんだぞ! ……あぁ、サイン、サイン。なんか書いてもらえるものあったかな?」
「……オーラム!」
そこには化け物が暴れている場所には似つかわしくない、ふりふりの赤を基調としたドレスに身を包んだ少女と、その肩に乗るアライグマをディフォルメしたぬいぐるみのようななにかが言い争いをしていた。と、いっても少女がひたすらキラキラとした憧れの目で二人を見つめつつなにか書けるものがないかとドレスをまさぐり、それをぬいぐるみらしきなにかが突っ込みを入れている、というのが正解だが。
そして、普通にいったところで少女が動く筈ないと悟ったぬいぐるみらしきなにかは、発破をかける。
「オーラム、サインをもらうにしても今の状態では書ける筈ないもん! 先に魔物を倒すべきだもん!」
「……おっと、それもそうだな! それじゃ――」
ふりふりのドレスを着た、短い赤髪の、好戦的な笑みを浮かべた少女は名乗りを上げる。
「――魔法少女オーラムリーフ、いっくぜぇぇぇぇぇ!」
その言葉とともに、オーラムリーフと名乗った少女は炎を拳に纏わせ、化け物めがけて突撃するのだった。