開幕の狼煙
楓が盛周から緊急の四天王会議があることを告げられた翌日。早速、いつもの会議室に四天王のうち三人と盛周。そして、今までいることのなかった人物が揃っていた。
「あの、我輩はなぜここに……?」
その見ることのなかった人物、もとい怪人の名はガライオン。いつぞやブルーサファイアと死闘を繰り広げ、謎の戦士が現れた場にいた幹部怪人であった。
彼が、なぜ自分がここに。と思うのも無理からぬことだった。なぜなら、四天王会議と銘打っているものの、実態はバベル大幹部による最高意志決定機関だ。
そんな場に自身がいることは場違い甚だしい。それがガライオンの思いであった。
彼の考えが透けて見えたのだろう。盛周は、なぜガライオンをここへ呼んだのか、という理由を告げる。
「ガライオン、貴様は今後ロールアウトするだろうコードネーム【サーガルーダ】とともに楓の副官という立場になる。そして、楓が何らかの理由で指揮を取れない場合、貴様が現場指揮の担当だ」
「我輩が、でありますか。大首領……?」
告げられた己の役割を聞いてガライオンは驚きに目を見張る。
確かに、起動した際産みの親である奈緒から自身が楓の補佐を行うことを前提としていることについて説明を受けていた。
しかし、まさかそこまでの権限を与えられるとは。それがガライオンの正直な気持ちだった。
なにせ盛周は現場指揮と軽く言っているが、それが楓の代わりとなる場合と、それ以外では権限が明確に違ってくる。
本来あれば、ただ単に他の怪人たちと同じように精々バトロイドたちに号令をかける程度の権限しかない。
しかし、四天王たる楓と一時的にとはいえ同じ権限を持つとなると他の怪人たちへの指示、それこそ作戦立案する権限すら与えられるかもしれないのだ。
もっとも、盛周の言い方からするとあくまで現場での怪人たちの指揮権までで、作戦立案の権限までは付与されない可能性が高いが……。
一介の怪人――一応、大幹部たる楓の副官という地位はある――には、あまりに過ぎた権限だろう。
しかし盛周が斯くあるべし、と言ったのであれば、それは既に決定事項だ。
ガライオンはもとより、たとえその上司である楓も拒否することは基本的に不可能だ。
ただし、あくまで基本的に、だ。
もし、盛周の命令が不当、もしくは合理的でない場合に限り四天王は異議を唱える権限が付与されている。
むろん、それを聞くかどうかは盛周次第であるが、そのために四天王という地位を創設し、彼女たちを据えた以上、無為にするつもりなどない。
そして、楓たちが異議を唱えてない以上ガライオンがここにいることも、現場指揮の権限を有する可能性があることも確定事項だということ。
ならば、腹を括って此度の会合。我輩の出来ることをするしかあるまい。それがガライオンの意志であった。
そんな彼の覚悟を待っていたのか定かではないが、彼が腹を括ると同時に最後の四天王。レオーネが慌ただしく帰還を果たす。
「――ごめん、遅れちゃった!」
「いや、それほど遅れてなどいない。それよりレオーネ。少し落ち着いた方がいい」
「……ご主人さま。うん、わかった」
盛周の指摘に思うところがあったのだろう。レオーネは自信を落ち着かせるように深呼吸を一回、二回と行うといつもの席へ移動する。
そして彼女は自身の席へ座ると開口一番、謝罪とともに頭を下げた。
「この度を申し訳ありません大首領。ボク――私の浅慮であなた様を危機的状況に陥らせることとなったことを謝罪いたします」
彼女の謝罪にざわつく盛周以外の面々。特に朱音は全てが終わった後にレッドルビーの件を知ったため、どのように罰するべきか頭を悩ませていたこともあり、彼女が罪を認め素直に謝罪していることに驚きを見せていた。
だが、驚いてばかりもいられない。彼女は四天王筆頭という立場からも、何らかの処罰を加えるべきと判断していた。しかし――。
「いや、良い。全て終わったことだ」
「……盛周さま!」
盛周の無罪放免という沙汰に悲鳴に近い声を上げる朱音。いくら彼女が四天王かつ、他の面々に替え難いスパイ要員とはいえ、流石に裁定が甘すぎる。それが朱音の偽りざる本音だった。
そのことに不満を抱き、盛周に、大首領へ物申そうとする朱音。しかし、盛周はそんな彼女を遮ると。
「朱音、君の言いたいことは分かってるつもりだ。しかし、今はレオーネからの報告が先だ」
「ぐっ……。了解、いたしました」
悔しげな表情を浮かべ、不承不承己を納得させる朱音。
そもそも、今回四天王が集まった会合の主目的。それはレオーネが緊急を要する報告がある、というのが発端だ。それを無視してまで罪に関して糾弾すべき場ではない。
朱音を黙らせた盛周は、改めてレオーネに報告を促す。彼女が緊急を要する、そう判断した報告を。
「ではレオーネ。報告を」
「はい、ではまず――」
そう言うと彼女はとあるUSBメモリを奈緒に手渡す。それが重要なものだと判断した奈緒は、いつものように巫山戯ることすらせず、無言のまま端末に接続。中に入っている情報を皆の前に表示させる。
それは、かつてバルドル司令官。南雲千草が語っていた不審な事件。その全容だった。
――連続女性行方不明事件。
そう銘打たれた事件について、レオーネは解説を始める。
「この事件の始まりは、約半年前から始まった、とされています」
「約、半年前……? 具体的には分かっていないのかい?」
「うん、奈緒ねぇ。実際に事件が発覚したのは一月ほど前。でも、詳しく調べたらこの事件と類似してる行方不明が約半年前に起きてたんだ」
「だから、約半年前から発生している、と?」
奈緒の問いかけにこくり、と頷くことで答えるレオーネ。そして彼女は解説を続けていく。
「それで、被害者についてなんだけど……。これが、女性であること以外に類似点はなし。でも、事件現場でとある共通点があったんだ」
「共通点、か?」
「うん、ご主人さま。それは事件現場でぬいぐるみのような姿をした不思議な生物が目撃されたこと。そして、被害者はその場から移動した様子がなく、忽然と姿を消していること。この二点だね」
「それは……。つまり、被害者は転移による拉致を受けた、と考えているのか?」
「そこまでは……。でも、可能性であれば十分にあり得る話なんだ」
レオーネがそこまで断言することに疑問を覚えた盛周。しかし、次に目の前へ表示された情報を見たことで疑問は氷解することとなる。
「これは……監視カメラの映像、か? ……っ、なるほど。これなら断言する訳だ」
「うん、分かってもらえたと思うけど、監視カメラの映像では、不思議な生物と出会った後の被害者は、皆忽然と姿を消してる。それこそ映像が編集されたんじゃ、と考えちゃうほどに」
「しかし、編集後などは存在しない。ということだな?」
「そう、映像を解析した結果。編集した後は見つからなかった。あまりにも不自然な映像なのに、ね」
まるで出来の悪い三文SFだ。映像を見て、そう感じた盛周。しかし、これは現実であり、今まさに起きていることだ。その事実から目を逸らすわけにはいかない。
今は少しでも情報がほしい盛周は、レオーネにさらなる報告を促す。
彼女はそれに頷くと、これからが本番とばかりに話し始めた。
「それで、ここからが重要なんだけど。被害者たちが消えた後、約一、二週間ほど付近で戦闘が行われた形跡が確認されたんだ。しかも、一件だけは映像も残ってる」
そう言うとレオーネは端末に入っていた映像を選び、再生する。そこには年頃の、盛周より一、二歳ほど若い少女がふりふりの可愛らしい服装を着て、それとは似つかない筋骨粒々の化け物と戦っている映像だった。
その映像の中で少女は小さいなにかを怪物に放ち、体を切り裂くのとともに、それを幾重にも重ね盾としても使用していた。
その様子を見て、盛周は思わずといった様子で呟く。
「この少女の服装といい、攻撃方法といい、まるでフィクションの魔法少女だな」
「ご主人さまもそう思った? あちらでも同じ考えみたいで、仮称魔法少女。として調査してるみたい」
「大首領、そちらも重要ですが」
「あぁ、分かってる」
二人の会話に割り込むように楓が映像について指摘しようとする。もちろん、盛周も同じ懸念を抱いたようで頷いている。
二人が見た懸念、それは魔法少女らしき彼女が戦っている化け物。
それは今までバベルをはじめとした秘密結社が使用していた怪人とは、まったく別の系譜。まさしく魔物、とでも呼ぶべき怪物について、だ。
しかも、その怪物は日本に古来から伝わる妖怪。鬼と姿が酷似している。むしろ西洋鬼、オーガが近しいのかも知れなかった。
ともかく、そのことから今まで活動していた秘密結社とは別物と考えるのが自然。つまり――。
「本格的に始まった、と。そう考えるべきだな」
かつて盛周の父。先代大首領が警鐘した侵略者。そのうちの一つ、恐らく異世界からの招かれざる来訪者が本格的に動き出した。
そのことを察知した盛周は――。
「ならば、我らは本来の目的に着手しなければならない。良いな?」
回りを見渡しながら告げる盛周。
それは、秘密結社バベルが設立された当初の目的。侵略者と戦うため、本格的に再始動する。本当の意味でバベル再興の狼煙であった。
こんばんは作者です。
今話にてバベル再興記、第一部『バベル再興』編完結となります。
次話からは第二部『魔法少女オーラムリーフ』編となります。
引き続きバベル再興記を楽しんでいただけると幸いです。