密会と、護衛の意味
盛周と霞が教室での密会を果たした日の夜。バベル秘密基地内の大首領用私室に盛周と楓、それにカメンリザードの姿があった。
「さて、二人とも。今回の協力感謝する」
「……いえ、我らはあくまで大首領の御身を守るため動いただけのこと。感謝など――」
「そう言うな。今回の密会で楔を打つことが出来た。今後のことも考えるなら間違いなくプラスになる」
「はっ……」
盛周のプラスになる、という言葉に懐疑的な楓。そんな彼女を尻目に盛周はカメンリザードに話しかける。
「カメンリザード、貴様も任務ご苦労だった」
「大首領の命とあらば――」
「しかし、本当に良かった。もし、お前が功を焦って動揺していたブルーサファイアに仕掛けていたら、最悪処分も検討していたからな。こちらも稼働したばかりの貴様を廃棄するのは、流石に忍びなかった」
「……な」
もし、カメンリザードが任務の拡大解釈や命令の逸脱をした場合の末路を示唆した盛周。そして、そのことに絶句するとともに背中に流れるのない筈の冷や汗を感じるカメンリザード。
いくらあの場での出来事が男女の逢瀬に見えて辟易していたとしても、目も前にいる盛周は間違いなく秘密結社バベルの大首領。軽んじても、ましてや侮って良い存在ではない。間違いなく彼はカメンリザードにとって生殺与奪を握っている絶対者なのだ。
なお、楓も盛周の宣言に声こそ出さないものの、目を見開き驚いている。そして後れ馳せながら彼女も今回の密会がただ単に霞に会うだけではなく、怪人たち。そして己自身が盛周の意図通りに動くかを計っていたことに気付く。
……別に楓たちが彼自身の身を心配することを盛周は咎めるつもりなどない。しかし、だ。それを理由に命令違反を犯すのであれば話は別だ。
いくら盛周の身を安んじたからとはいえ、そういう前例を作れば楓たちに自覚がなかったとしてもいずれ盛周の命を軽んじ、組織の統率が瓦解する結果がもたらされるだろう。それを盛周は容認するつもりなどない。
だからこそ盛周は敢えて今回、護衛をつける。と楓に事前通告したのだ。本来なら事後通告でも――楓の胃への負担は考えないものとする――問題なかったのだから。
特に今後、カメンリザードと楓には動いてもらう機会が増える。そう考えている盛周からすれば、不確定要素になり得るものは早い段階で排除しておきたいのが事実だ。
そのことを確認できた、という意味でも盛周にとって今回の密会は成功といえた。自分の考えを持つのはかまわない。しかし、盛周の身を盲目的に守ろうとして失策をする可能性は容認できないのだから。
盛周の思惑に気付き絶句していた楓。しかし、なんとか精神を落ち着かせると、カメンリザードから報告を受けた件について問いかける。
「……お話は分かりました。ですが、こちらも大首領に確認したいことが――」
「正体がバレた、という件か?」
「……っ! はい、そうです」
まさか言い当てられると思っていなかった楓は内心の驚きを噛み殺しながら同意する。しかし、ある意味その努力は無意味だった。続く盛周の言葉で驚かされる。もっと言えば肝を潰されたのだから。
「数日前、なぎさ。レッドルビーが内密に家に訪ねてきた。理由は俺がバベルの関係者じゃないか、それを怪しんで、だ」
「は……? え、はぁ――?!」
盛周の言葉が一瞬理解できなかった楓は呆けるものの、理解するとともに絶叫に近い悲鳴を上げる。
いくら幼馴染みとはいえ、敵の主戦力が秘密裏に大首領のもとに、しかも護衛なしの状態で出迎えるなど悪夢に等しい。
ここに盛周がいる以上、無事に済んだのは理解できるが、それでも盛周の危機的状況に楓が、というよりもバベル四天王が気付いていなかったのは大問題だ。
そこで楓は疑問を覚える。バルドルにはレオーネが潜入済みの筈なのに、それを見過ごしたのか、と。
「レオーネは、あいつはいなかったのですか?!」
「あぁ、どうやらあの時はあいつ。あちらに呼び出されていたようでな。その隙を見計らってきたらしい」
「なんてこと……」
盛周の言葉を聞いて思わず顔を抑える楓。あちらとは十中八九首相官邸のことであり、彼女が三足の草鞋を履いている以上、怪しまれないためにも出向くしかないのは道理。
しかも、よくよく話を聞けばバルドルに詰めていた時、表面上は盛周と接点がないことになっているため、渚をからかうていで彼のもとへ向かおうとするのを阻止していたらしい。
そのため、事態が発覚したあとレオーネは青ざめた表情で盛周の前へ現れ、彼を危険にさらしたことについて平謝りしていた。
普段の傍若無人としたレオーネからは想像できない様子を聞いた楓は、流石に今回の件では責める気になれなかった。どう考えても今回の件ではレオーネに落ち度はなかったのだから。……強いて言えば渚の件を他の四天王に相談しなかったことが落ち度になる、かもしれないが。それでも、仮に相談したところで何が出来る、というのが実情だ。
怪人やバトロイドを護衛に配置したら、それこそバベルと関わりあいがある、と喧伝しているようなものだし、仮に配置したとしても並の怪人ではレッドルビーの足止めにもならない可能性が高く、逆に盛周を危険にさらすことになりかねない。
そう考えると、盛周はあの時点で綱渡りながらももっとも良い選択肢を選んでいたことになる。……ことの是非はともかくとして、だが。
考えていたらまた胃が痛くなってきたようで、楓は腹部を押さえ顔をしかめている。
その様子に――自身が原因なのを棚に置いて――不憫に思いつつも盛周は、ついでとばかりに連絡事項を伝える。
「そうそう、楓。近いうちに緊急の四天王会議を行う。また、会議の内容によっては、今後の襲撃計画も白紙化させる可能性もあるから、留意しておくように」
「は、白紙化、ですか……?」
「あぁ、どうやらレオーネがあちらで得た情報は相当衝撃的なものであったようだ。あいつが謝罪してきた時に会議を行いたいと言ってきた。相当切羽詰まっていたよ」
「そう、なのですか……」
なにかまた問題が発生したらしい。そう受け取った楓の表情は今にも泣き出しそうに変化している。
しかし、それでもなにも知らないよりはほんのちょっととはいえ、情報があれば心の準備が出来る。そう思い――むしろ、そう思わないとやってられない――楓は前向きに考える。
少なくとも、考える暇がある。というのであれば何らかの対策が取れるかもしれない。そう思った楓は――。
「はっ、了解いたしました!」
半ばヤケクソ気味に、そう答えるのだった。