情緒豊かなガイノイド
盛周が渚との密会を行った数日後の夕方、彼の姿は立塔学院高校の教室にあった。
誰もいなくなった教室、その中で一人佇む盛周。
そんな彼のもとに一人の少女が現れる。
「あの、池田さん。こんな時間に呼び出しだなんて、なんの御用ですか?」
盛周を警戒しながら話しかける少女の名は南雲霞。そう、バルドルでレッドルビーの相棒たるもう一人のヒロイン。ブルーサファイア、その人だった。
そして彼女もまた盛周の正体。バベル大首領という事実を知る人物。ゆえに、彼女は盛周からの呼び出しを警戒するも、普段は渚と盛周が仲良くしているため、疑われないように接していたことから、断ることが出来ず応じたのだ。
しかし、今この場にいるのは盛周と霞の二人のみ。彼が友人として呼び出したのか、それとも大首領として呼び出したのかが不明瞭な以上、警戒するのは必然だった。
「あぁ、ごめんなかすみ。ちょっと、二人で話したいことがあったから、さ」
「そう、ですか……」
声の調子は普段と変わらない盛周。そのことで彼女は何かの用事かな? と、少し気が抜ける。
……それが、油断に繋がった。
盛周は急に霞の手を取ると自身に引き寄せるとともに、彼女を壁際に追い詰める。
……罠だった!
自身の迂闊さを呪った霞は、即座に抵抗しようと力を込めるが、その前に彼女に向かって掌底が――!
どん、という音。思わず目を瞑る霞。……しかし、いつまで経っても衝撃が来ない。
恐る恐る目を開くと彼の腕は頭の横に、そして目の前には盛周の顔が……。
「えぅ……?!」
想定外の状況に、不思議な声を上げる霞。
端から見ると、それは壁ドン。といわれる状況だった。
それを理解した霞の顔は、どんどん赤く上気していく。
目の前には己が伴侶となる筈の殿方。さらには、左右は腕で逃げ道を塞がれている。
しかも盛周の表情は凛々しく真剣味を帯びている。
以前、バベルの虜囚になった際。彼女の中にあるリミッター。盛周に対する恋心を抑える部分が解除された霞に対して、それはある意味毒で、ある意味ご褒美だった。
体内にある心臓が痛い、と感じるほど稼働しているのが理解できる。
そして頭の中では、今後起きるであろう盛周の行動についてシミュレートが――。
――このまま盛周さまとキス、それとも押し倒されたり……? 用事はもしかして二人で逢瀬のため……?!
……シミュレート、というにはあまりにピンクがかった思考だった。
それはともかく、霞がある意味パニックになっているところに盛周が声をかける。
「まったく……。迂闊にもほどがあるな。ブルーサファイア?」
「……え?」
盛周が霞のことをブルーサファイア、と呼んだことで彼女の混乱に拍車がかかる。
今いるここは学校で、いくら付近に人がいないといっても、いつ、誰が来るかわからない状態なのだ。なのにもかかわらず、盛周が敢えて霞のことをヒロインとして、ブルーサファイアの名を出した。
少なくとも、彼は今まで霞たちのヒロインバレを促すような行動は取っていなかった。にもかかわらず今回の行動。
盛周の正体がバレたことで隠す気がなくなったのか、それとも別の理由か。
ともかく、このままでは危険だ。と考えていた霞であったが、次に聞こえてきた盛周の言葉で呆然とすることとなる。
「まさか、お前のポカが原因でなぎさに正体がバレるなんて夢にも思わなかったぞ……」
「…………えっ?!」
まさしく、霞にとって寝耳に水な情報。それを聞かされた彼女の表情は驚きと、何より焦りに包まれていた。
何せ、今まで渚を守ろうと、なんとか盛周が大首領だという情報から遠ざけようとしていたつもりなのに。
「まさか、渚相手に俺のことを盛周さまと呼ぶとは……。もとバベルのお前がそれを言ったら、もはや自白してるのと同義だろうに」
「…………~~!」
盛周の呆れを含んだ声。きっと彼自身呆れた表情を浮かべていることだろう。しかし、その表情を霞が見ることはなかった。
なぜなら彼女はあまりの恥ずかしさに顔から火が出そうなほど赤くなり、それを隠すため俯いていたのだから。
確かにそれなら盛周にポカと言われるのは道理だ。霞は自身のあんまりな間抜けさ加減に穴があれば入りたい心境だった。いや、むしろ今すぐ穴を掘って入りたかった。もちろん、それをしたところで彼女たちの教室は二階にある以上、下の階への直通通路が出来るだけで意味はないが……。
そこで霞は、ふと疑問に思う。
確かに以前霞自身、渚に盛周のことをさまつけで呼んだことは覚えている。
だが、それを盛周に話した覚えはない。なら、彼はどこで知った?
それに彼の言い草を聞くと、直接渚から聞かされたようにも思える。
……そういえば数日前、渚が盛周さまの家へ行ったよう、な――?
そこで霞の顔から血の気が引く。
あの娘、もしかして単身盛周さまへ確認するため、家へ行ったの。と――。
いくらあそこが一般家屋だといえ、もともと先代大首領と副首領が住んでいた家でもあるのだ。何らかの罠や、防御設備があってもおかしくない。それこそ洗脳装置のような――。
「いや、流石にあいつを洗脳するような真似、いくら俺でもする訳ないからな?」
「……あ、はい」
霞の心配がとても分かりやすかったのだろう。盛周は心外だ、といわんばかりに彼女の心配を否定する。
自身の心配が杞憂だったことに喜ぶべきか、それとも簡単に悟られてしまった不甲斐なさを嘆くべきか、真剣に悩む霞。
そんな彼女の姿を見て、盛周は時々こいつ、とんでもなくど天然になるな。と、ため息をつく。
今の状況であれば渚の心配以上に、己が単身、バベル大首領と向かい合っていることを心配すべきなのだが……。まさか盛周が護衛も付けず、単身で会っていると思っているのだろうか? ……思ってるんだろうなぁ。
今までの妙に抜けているところのある霞の行動から予測をつけた盛周。
少しでも考える頭があれば違和感に気付く筈なのだが、それでも気付いた様子のない霞に内心頭を抱える盛周。
こいつ本当にガイノイド、アンドロイドの一種なのか、と自問自答しながら。
もちろん、その問いに対する答えが返ってくることはなかった。
目の前には、いつの間にかある程度冷静になり、小首をかしげてこちらを見る霞。
そんな彼女を見て、盛周は再びため息をつくのだった。