奪う、という恐怖
申し訳ありません。作者です。
予約投稿を失敗していたようで、今更新いたしました。
楽しんでいただけると幸いです。
焦りと恥じらいから右往左往していたレオーネを見て楽しんでいた千草。
一頻り慌てた様子の彼女を見て満足した千草は、そろそろ本題に入ろうと思い、レオーネを落ち着かせるために話しかける。
「ほらレオーネちゃん。そろそろ落ち着いて? 私のところに来たのは、それを言うためだけじゃないんでしょう?」
千草のからかうような物言いに、レオーネは不満げな様子で見つめる。それは、そもそもなんでこんなことになったと思ってるの? と、咎めているように千草には感じられた。
そんな不躾な視線に苦笑を漏らす千草。
対するレオーネは千草の様子にため息をつく。
「はぁ……。千草さん、性格悪くなった?」
「まさか、レオーネちゃんが幸せそうで嬉しくなっただけよ?」
「まぁ、良いけど……」
そう言って再びため息をつくレオーネ。そして彼女は本来もっと早く言うつもりだった本題に入る。
「それで、本題なんだけど――」
彼女は千草に本題を告げながら、渚が相談に来た時のことを思い出していた。
あまりにもだらしないレオーネの格好に渚が激怒し、怒髪天を衝く様子で説教を始めて四半刻。ようやく落ち着いた渚とレオーネが本題、渚の悩みについて話していた。
ちなみに、説教が功を奏したのか、レオーネは普段の格好。とはいえ、バルドル基地には私物を置いていないこともあり、ヒロインコスチュームを着ていた。
そのことで渚が、今度はレオーネのために私服をともに買いに行こう。と、いう決意を固めていた。
「それで、悩みだったよね? どうしたのかな?」
二人は部屋に設置されているベッドに並ぶように座っており、レオーネは横に座る渚の顔を覗き込むように見つめながら問いかける。
覗き込まれた渚は、少し恥ずかしそうにするも、精神を落ち着かせるように深呼吸。意を決したように話し出す。
「……怖いんです」
「……? なにが?」
「戦うことが……。いえ、殺すことが」
そう言う渚は俯きながら己の手を見つめる。その手は微かに震え、彼女が本心から吐露していることをレオーネも理解する。
しかし、同時に疑問も抱く。
彼女は一年以上、ヒロイン【レッドルビー】として死線を潜り抜けてきた。
それ故、彼女の実力は本物であり、今さら戦うのが怖い。と言っても腑に落ちないのだ。
もちろん、怖いと思うこと自体悪いことではない。むしろ良いことだ。
なぜなら、戦いでは恐怖心。言い換えれば慎重さを失った者から死んでいくのだから。
レオーネとしても、戦いを制する者はいかに恐怖に打ち克ち、我が物に出来るかにかかっていると思っている。
何せ彼女自身、以前己の驕りから手痛い敗北を喫し、盛周に助けられるまでなぶられた経験があるのだから。
だからこそ、レオーネは渚が恐怖心を抱いていること自体は問題ない、と思っていた。しかし、それがある種の勘違いだということに気付かされることになった。
「わたし、知らなかった。……ううん、違う。ただ目を逸らしてたんです。怪人たちももとは人で、それぞれの幸せが、成したいことがある。そんなことから目を逸らして――」
そこで渚は吐き気を催したようで慌てて手で口を塞ぐ。その顔には脂汗が浮かび、青ざめていた。
……そう、彼女が怖いと言った理由。それは自身が負ける、ということではなく、今まで無意識のうちに多くの命を、希望を己の手で摘み取った。知らず知らずのうちに手を血で染めてしまっていたことだった。……己が盛周を、大切な人を守りたい。そう、決意を固めていた手で、だ。
そのことに気付いたレオーネは、なんだ、そんなことか。と、安堵のため息をつく――ことは出来なかった。
何せ、彼女に現実を直視させたのは他ならぬ己自身。行きすぎた悪戯で本人が知らなかった想い人の、盛周の両親を殺したのが渚自身である、と知らしめたのだから。
そこでレオーネは違和感を覚える。たしか千草の話では、渚は真実を知って倒れた前後の記憶が無くなっていたのではなかったのか?
それなのに、今の渚の物言いはまるで――。
「……なぎさちゃん、覚えてたんだね」
「……はい」
レオーネの問いかけを肯定する渚。そう、彼女は記憶の封印などしておらず、すべて覚えていた上でしらを切っていたのだ。
「でも、なんで……」
「起きた時、二人とも深刻そうな顔をしてたから……」
「心配をかけたくなかった?」
レオーネの言葉に、こくんと頷き肯定する渚。
その渚の返事に今度こそレオーネは深々とため息をつく。
ある意味レオーネ自身の自業自得であるが、それでも今まで以上に面倒になった状況にため息を抑えることが出来なかった。
渚にとって今まで怪人は盛周の、想い人の安全を脅かす敵であり、駆逐するべき存在であった。しかし、それが先代大首領と副首領の正体を知ったことで身近な存在になってしまった。
しかも、正体が盛周の実の両親だということもいただけなかった。それはつまり、盛周ももしかしたらバベルとなにか関係があるかもしれない、と考えるのは当然の帰結だ。
そして怪人たちもまた……。
そう考えれば戦うのが怖い、と思うのは当然だろう。
今まで倒してきた怪人の中に他にも知り合いが、親しくしてきた人たちがいても不思議ではないのだ。
もしかしたら友人だったかもしれない、もしかしたらご近所さんだったかも、もしかしたら、もしかしたら――。
一度でもそう思ってしまえば、もう拳を握るのは無理だった。
それでも、もしかしたら盛周は無関係かもしれない。そんなことを自身に言い聞かせ渚は無理矢理闘志を奮い起たせていた。
しかし、それもロブラスターを消し飛ばしたことで萎えてしまった。
――また、殺してしまった。奪ってしまった、と。
そこで渚の心は折れてしまった。なんでわたしが戦わないと行けないのか、と……。
ヒロインは自身の他にも霞が、レオーネがいるのに。精神を磨り減らしてまで戦う必要があるのか、と。
同時に彼女の中には親友に、先輩にすべて押し付ければ満足か、と己を責める意識もある。
戦わないといけない、戦いたくない。二つの意識が渚の中でせめぎあって、彼女自身の精神を翻弄する。
なにが正しくて、なにが間違っているのか……。
渚の中では、もはやそれを判断するだけの余裕も、意思も持てなかった。
「……わたし、どうしたら――。ううん、どうすれば良かったんでしょう……?」
そう呟く渚の瞳は不安に押し潰されそうに揺れて、救いを求めるようにもがき苦しんでいるように見えた。
そして、救いを求められたレオーネには――。
「……それ、は」
それに答える言葉を持ち合わせていなかった。当然だ、彼女にとって盛周だけが味方であり、他は有象無象でしかない。
少なくとも、渚の悩みに共感することも、嘲ることも彼女には出来なかった。
レオーネにとって大切なものとは盛周であり、彼女にとってはそれがすべてだったのだから。
彼女に、レオーネに家族という存在はいなかった。だから、渚の悩みについて本質的に共感することは出来なかった。
彼女にとって、世間一般における当たり前、が当たり前ではなかったのだから。
だから、どうすれば正解だったのか。というのはレオーネ自身にも分からない。
……いや、これはたとえ他の人間でも分からなかっただろう。
なぜなら、これは正答のない問い。哲学に近いのだから。
「そう、そんなことが……」
すべてを聞いた千草が悩ましそうな声をあげる。
結局、レオーネは渚の問いに答えることが出来ず、彼女は悲しそうな顔をしながら困らせちゃってごめんなさい。と言って部屋を去っていた。
「……ねぇ、千草さん。ボク、なんて言えば良かったのかな……?」
力なく呟くレオーネ。そんな彼女に千草もまた答える術を持たなかった。
二人の合間に、部屋の中に痛々しい沈黙が降りる。それがどうしても歯痒かった。
しかし、それも答える術を持たない以上仕方ない。そう思ってため息をつく千草。
ここに歩夢がいればまた違ったのだろうか?
他力本願であるが、彼女はそう思わずにはいられなかった。それが現実逃避であったとしても……。