悪魔の契約……?
渚が親友を助けるための闘志を燃やす少し前、当の本人はというと……。
「……」
霞、ブルーサファイアはバベル敷地内の物陰に隠れ、息を潜めていた。
――やつめ、どこに行った!
――貴様らは別区画を探せ、私はもう少しこちらを探す。
――了解しました!
「本当、しつこいですね」
彼女は複数の怪人、並びにブラックオニキスに追われていた。
しかし、少しの隙を付きオニキスたちの目を逃れると逃走。現在は彼女らの目を掻い潜って基地内を進んでいた。
だが、運悪く近辺でオニキスたちに再捕捉されてしまい、何とか物陰でやり過ごそうとしているのが今の状況だった。
「……でも、怪人たちは別の場所に移動した。なら、上手くやれば……」
先ほどの会話からすると怪人たちは分散し、今はオニキス一人。なら、上手く奇襲できれば、と考えたサファイア。が、即座に頭を振り、その考えを捨てる。
先ほどの会話や捕まる前、アクジローとの会話から察するにオニキスは指揮官。ないしは幹部クラスの可能性が高い。
そんな相手に奇襲を成功させたとしても、即座に増援を派遣。結果的に包囲される可能性がある。流石に今の状況でそのような冒険をするべきではない、と判断した。
その時、一人になった筈のオニキスの話し声が聞こえてきた。
――こちらオニキス……。奈緒さま?! ……分かりました、これより向かいます。
そのまま何故かオニキスの気配までもが遠ざかっていく。
そのことに安堵し、深く息をつくサファイア。
そんな時に、彼女の耳に聞き覚えのある。そして聞こえる筈のない声が聞こえてきた。
『はろはろ、元気かな霞くん?』
「……奈緒さま?!」
驚き辺りを見渡すサファイア。だが、当然奈緒の姿は見えない。
そんなサファイアの様子が見えているのか、もしくは予想していたのか奈緒は軽く笑いながらさらに言葉を紡ぐ。
『ふふっ、探しても無駄だよ? これは、君のパワードスーツをハッキングしての通信だからね』
「……っ!」
『そんなに驚くことはないだろう? なにせ、奈緒さんはそれを創った人間の一人だし、強化もしたんだ。なら、その程度仕込むのも朝飯前というものだ』
奈緒の言葉はあまりにも当然といえば当然だった。しかし、サファイアからすれば看破できないのもまた事実。
通信が出来る、ということは最悪発信器が仕込まれている可能性や、自爆装置などで生殺与奪を握られている可能性すらあり得る。
そんなサファイアの心配をよそに奈緒は気負いのない、楽観的な声色で話しかけてくる。
『まぁまぁ、奈緒さんのことを少しは信用してほしいな。現にオニキスくんもそこからいなくなっただろう?』
「オニキス? ……先ほどのパワードスーツ?! まさか、奈緒さまが――」
『そう、私がちょちょい、とね』
オニキスが去ったのは自身の指示であることを明かす奈緒。そして彼女はサファイアに向けて一つの提案を告げる。
『さて、で。一応の危機は脱した訳だけど、まだ去った訳じゃない。そこで、だ。もし奈緒さんのことを信じてくれるならここから逃がしてあげるよ?』
奈緒の脱出の手伝いをする、という提案に息を呑むサファイア。
しかし、だからといって信用できるかといわれると……。
そう考えたサファイアは奈緒に問い掛ける。
「なぜ、そんなことを……? 貴女に私を逃がすメリットはない筈――」
『メリットならあるとも。もっとも、君からすると不可解なのだろうけどね』
「なにを……?」
『君を逃すこと自体がメリットだと言ってるんだよ?』
君を逃がすこと自体がメリット。そう断言する奈緒に二の句が継げなくなるサファイア。
そんな彼女の事情など関係ない、とばかりに奈緒は返答を迫る。
『さぁ、どうする? 私を信じて脱出するか、それとも自力で脱出しようとして再び捕まるか。どちらでも好きな方を選んで良いよ?』
選んで良い、と言ってはいるが、彼女の声色からは提案を呑まなければ、捕獲部隊を派遣する。という意志が透けて見えた。
そのことに実質、選択肢がないことを悟ったサファイアは――。
「……分かり、ました。それで私は何をすれば――」
奈緒の提案を呑む、という返答をした。その返答を聞いた彼女は――。
『それは良かった、それじゃあ、まず――』
喜色のこもった声でサファイアに対して指示を出す。そして、サファイアも奈緒の指示に従うように動き出すのだった。