逃走、闘争
奈緒と盛周が雑談に興じている頃、ブルーサファイアはバベルの本拠地から脱出するため、人気のない廊下を疾走していた。
「……っ、どうして。盛周さま――」
しかし、脱出のために急ぎながらもブルーサファイアの頭に浮かぶのは盛周、新たなる大首領となった彼の姿。
なぜ、あの人が。バベルのことを知らなかった筈なのに……!
そういった考えばかりが彼女の脳裏によぎる。
そもそも、先代大首領も最終的には盛周にバベルのことを教えるつもりだったが、それもあくまでもっと先の話。そして、盛周へ教える前に敗死している。
それゆえ、本来盛周はバベルについて知らない筈なのだ。なのに……。
「私は、どうすれば……」
ヒロインとして正しい道を選ぶならば、盛周を討つのが正当だろう。だが、それは――。
「出来るわけないでしょう! それにレッドルビー、なぎさだって……」
そう思いながら彼女が出撃し、バベルに捕まる前の時点で未だ意識を取り戻していなかった渚を想う。
前回は、想い人の両親を討った。そして今度は想い人自身を……。
そんな酷な話があるものか。
なぜ、こんなことに……。そんなことばかりを思うブルーサファイア。そして、それは彼女の明確な隙となった。
「――逃がさん!」
「……え? ――ぐっ、きゃあっ!」
完全なる意識外からの攻撃。それに反応できなかったブルーサファイアはまともな防御も出来ずに吹き飛ばされ、床に身体を強かに打ち付ける。
それでも、奈緒によってパワードスーツを強化された恩恵か、これといったダメージを受けることなく立ち上がることが出来た。
そして、そんな彼女の視線の先には……。
「……っ、貴女は確か。ブラックオニキス――」
「逃がしはしないぞ、ブルーサファイア。裏切り者め」
そこにはブラックオニキスのパワードスーツをまとった楓の姿があった。
――ブルーサファイアの脱走。その凶報が楓の耳に飛び込んできた時、感じたのは怒りだった。
もし、もしも。彼女が心を入れ替えてバベルに忠節を尽くす。というのであれば楓は彼女を許すつもりだった。
しかし、現実はどうだ?
心を入れ替えるどころか、脱走し、あまつさえ大首領の部屋で大立回りを繰り広げたというではないか。
脱走しただけでも許し難いというのに、それどころか大首領相手に凶刃を向けるなどと!
……凶刃云々に関しては楓の勘違いだが、それでも彼女が再び敵対したのは事実。そのことを許すわけにはいかなかった。今もバベルに所属するものとして。何より、大首領によって大幹部、バベル四天王に抜擢された者として。
そうして彼女は専用装備として拝領したパワードスーツを着込み、脱走したブルーサファイアを探すため東奔西走し、遂に彼女を見つけ出したのだ。
シャークマーの時と同じようにブラックオニキスから奇襲を受けたサファイア。
ブラックオニキスの姿を確認したサファイアは、臨戦態勢を取りながらどうするべきかを考える。
(多分だけど、戦闘経験自体は私が上だと思うけど……。でも、ここで戦い続けたら、他の怪人たちが来るかもしれない。なら――)
このまま、戦い続けるのは得策ではない。そう結論付けた彼女はブルーコメットをライフルモードへと変形。
「まずは牽制する!」
その言葉の通り、ライフルの銃口をオニキスへ向けると発砲!
オニキス、楓もまさか躊躇なく発砲するとは思わず、飛び退くことで回避する。
しかし、それこそサファイアが望んでいたことだった。
彼女は自身とオニキスの間合いが延びた途端、踵を返して走り出す。
そう、彼女の目的はあくまで本拠地から脱出。
その思惑通りの行動を取ってしまったオニキスは歯噛みする。
「……しまった!」
そしてオニキスはそう叫びながらサファイアの後を追う。
それとともに彼女はパワードスーツに装着された装置を使い――。
「各怪人はブルーサファイアを追え! バトロイドも出撃せよ!」
その言葉とともに、本拠地内にけたたましいサイレンが鳴る。それは緊急事態を告げる合図でもあった。
本拠地内を駆け巡るサイレン音。それを聞いた盛周と奈緒は――。
「どうやら、霞が見つかってしまったようだな」
「そうだねぇ……。じゃあ、こちらもこちらで出来ることをしようかな? それじゃあね、大首領」
「……ああ」
その言葉とともに奈緒は部屋を出ていく。
本人が言っていた出来ることをするために出ていったのだろう。
彼女を見送った盛周もまた……。
「こちらもこちらで行動しないとな……。確かレオーネは、今バルドルについている筈。連絡を取るか」
そう言いながら通信機を取り出して、レオーネに通信するのであった。