母と娘
必死に弁明する奈緒を不思議そうに見つめていた霞。彼女にとって、裏切り者である自身の装備を奈緒が改良したことも不思議であったが、それ以上に今も必死に、霞に対して弁明している奈緒の姿が不思議でしかなかった。
彼女の裏切りによって奈緒が崇拝する大首領と副首領。霞がかつてお父様、お母様と呼んだ二人の実質的な敗北、死亡の原因となったのに。
それなのに、その本人に対して憎悪を募らせる訳でもなく、むしろ気遣う奈緒の姿に困惑した霞は、思わずといった様子で言葉を漏らす。
「……なんで、奈緒さま。私相手にそこまで――」
その無意識の言葉が奈緒に届いた結果。奈緒は、今までの弁明していた姿が幻だったかのように黙る。
そして彼女は無言のまま霞に近づくと。
「私が、奈緒さんが君のことを気に掛けることがそんなに不思議かい?」
「……あっ」
奈緒の言葉が聞こえたことで正気に戻った霞は、目の間にいた奈緒から逃げるため、離れようとする。
しかし、その行動よりも奈緒の動きの方が速かった。
霞に覆い被さるように動いた奈緒。彼女の行動に回避できないまでも、と身構える霞。
しかし、奈緒の行動は霞の危惧するものではなく――。
「――――う、んぁ……」
ふわり、とまるで壊れ物を扱うかのように奈緒は、優しく、優しく霞を抱きしめる。
暖かい彼女の体温を感じ、また無意識のうちにもっと嗅ぎたいと思ってしまった、心がぽかぽかするような安心を感じさせる奈緒の匂い。
身体の奥底から、もっと彼女に身を委ねてみたい。と考えてしまった霞の顔はとろん、と惚け、まるで揺り籠で揺られる赤子のように安心しきっていた。
そんな彼女の耳に囁くような、優しい音色の奈緒の声が響く。
「ふふっ、親が娘の安否を気遣うのは当然だろう? 違うかな?」
「……娘? でも私は――」
いくら奈緒が真摯に接しても、霞自身がガイノイド。機械の人形である事実は覆らない。そのことを言おうとする霞だが、その前に聞こえた奈緒の言葉で驚き、目を見開くことになる。
「ふっ、母娘だとも。……そもそも、君の生体部品。それらの遺伝子情報は奈緒さんのものを用いられているんだからね」
「……えっ?」
「おや? 気付いてなかったのかい? ……寂しいねぇ、私と似たきれいな青系統の髪色なのに」
……彼女の、奈緒の言うように霞の青色と奈緒の水色。完全に同じとまではいかなくとも、確かに二人の髪色を似たような色合いであった。
さらにいえば顔のパーツ。それらもよく見ると二人は――意図的に似せているのでなければ――何となく似ていると感じさせる。それこそ、母娘と他人に名乗れば信じられそうな見た目をしていた。
……ただし、顔に対して肉体の方は豊満とスレンダーという明確な違いが見て取れたが。
それはともかくとして、彼女の口から発せられた驚愕の事実に動揺する霞。しかし、その後に発せられた奈緒のさらなる言葉に、今度こそ彼女の思考は完全に停止することになる。
「それに、奈緒さんとしても、いずれ先代と、大首領と血続きになれるかもしれないともなると、俄然やる気が出るものさ」
「血続き、……先代。それに大首領?」
「だってそうだろう? 君が産み出されたそもそもの理由はなんだい?」
「それは、池田さん。……いえ、盛周さまの――」
そこまで言葉にした霞の顔は真っ赤になり、ヤカンが沸騰したかのように湯気を上らせる。
彼女が産み出された当初の目的、それは盛周の護衛、そして伴侶としてともにあることを求められたのだ。
そのことを改めて自覚させられた霞は羞恥のあまり、一瞬とはいえ思考停止に陥った、が――。
その時、彼女の頭にふとよぎる奈緒の言葉。
――いずれ先代と、大首領と血続きになれるかもしれない。
その言葉に違和感を覚えた。
先代、大首領、なぜ二つの言葉を敢えて別けた?
普通に先代の、お父様のことを指すのであれば別ける必要はなかったはず――!
そこで霞は一つの可能性にたどり着く。
奈緒の言葉、彼女が敢えて二つに別けた理由が、それぞれ別の人物を指すのであれば。それを示すように、その後不自然に触れられた霞本来の製造目的。
それらを加味すれば――!
「ま、さか――!」
確かに今まで不思議だった。バベルという組織は、本来先代大首領のカリスマ性によって成り立っていた組織だった。
だというのに、先代を失ってこうも速く復興できた理由。新たな旗頭、新たな大首領の正体。
それは霞も危惧していた可能性――。
「――くっ!」
新たなる大首領、その正体は先代の息子にして渚の想い人である池田盛周。そのことを察してしまった霞、ブルーサファイアは奈緒を振りほどくと駆け出す。己が察した可能性を確かめるために。
そんな娘の後ろ姿を見送って、奈緒はくすくすと嗤う。
「さぁ、我が愛娘。君はどうする、どう動く? 己のためか、それとも友のためか? ……まぁ、どちらにせよ。楽しいことになるのは間違いない、かねぇ」
奈緒は霞を見送りながら、楽しそうに、愉しそうに嗤うのだった。