改良、ブルーサファイア
新年あけましておめでとうございます。本年もバベル再興記をよろしくお願いいたします。
奈緒からの説明を聞いた霞。
彼女は奈緒の口調や仕草から、本人は嘘をついていないことを悟る。もっとも、嘘をついていないだけで本当のことも言っていない可能性はあるが、それでも少なくとも彼女を信じさせる何かを感じさせられたのも確かだ。
そのことに考え込む霞。
そんな霞を差し置いて、奈緒はさらに彼女へ話しかける。
「それで、えっと……。今は南雲霞、と名乗ってるんだったね」
「……ええ」
奈緒の確認を込めた言葉に、霞は躊躇しながらも答える。
奈緒の言葉には断定にも似た雰囲気を感じさせたし、霞自身、嘘をついたところでバベルの情報網を使えば調べるのは容易だと知っている。
その状態で彼女に嘘をついても仕方ない。
もっとも、霞は気付いていないが、奈緒は彼女が自身に対して嘘をつかなかったことが嬉しかったようで、多少雰囲気が明るくなっている。
「それで霞くん? 君が今まとっているそのパワードスーツについて説明しようか」
「……え?」
奈緒が発した予想外の言葉に思わず固まる霞。
いくらなんでも自身が普段使っている物について説明される必要はない。
……その、いつも使っている物が新調、改良されていない限り。
それを敢えて行う、ということはそういうことになるのだが、それこそ普通に考えればあり得ない。
なにせ霞、ブルーサファイアは現在敵対し、なおかつ組織の裏切り者なのだ。そんな者の装備を改良する必要が、道理がどこにある?
本来であれば質の悪い冗談にしか聞こえない。しかし……。
奈緒の表情は真剣そのもの。とても霞をからかおうとか、騙そうといった雰囲気は感じさせない。
そのことを考えると、本当に……?
あり得ない可能性。しかし、同時にあり得ない現状。それ故にもしかして、と思ってしまう霞。
わざわざ霞に治療を施したことからもあり得ない、と断じるのは難しかった。
霞が悩んでいる姿を見て、奈緒は苦笑いを浮かべる。
確かに常識で考えればあり得ないことだろう。だが、同時にバベルという組織を常識で計れるなどと思う時点で片手落ちだといえた。
悪の秘密結社。先代大首領が掲げた理想。世間が把握しているラインを遥かに超えた科学技術。
そのどれもが、バベルという組織が世間一般の常識で計れないことを示していた。
もっとも、奈緒はそのことを指摘するつもりはなかった。意味もないし、何よりパワードスーツを改良した事実だけが重要なのだから。
「悩むのも結構だが、そろそろ、説明するけど良いかな?」
「えっ? ……え、あ、はい」
奈緒に話しかけられた霞は、狼狽えた様子で返事をする。
霞が返事をしたことで、奈緒は改めて説明をはじめる。
「まぁ、とは言っても基本は変わらないよ。あくまで基本は霞くんの身体能力のサポートを主眼に置いている」
その辺りは理解できているのか、奈緒の言葉に頷く霞。
霞の理解が追い付いていることを確認した奈緒は言葉を続ける。
「ただ、今までどうしても防御面が疎かになっていたからね。その部分を重点的に強化している。具体的には……。そうだね、肩や腰の部分を見てもらって良いかな?」
「……はい。えっと、これは……」
肩部分と腰部分に今までなかった機械的なパーツ。エネルギーの発振器のようなものが取り付けられていた。そして、それはレッドルビーのPDCを彷彿とさせるもので――。
「見覚えがあるかい?」
「……っ!」
奈緒に声をかけられたことで正気に戻る霞。
事実、肩アーマーらしき物と、ウエストアーマーらしき物。それらが相棒であるレッドルビーの武装に似ていたことに思考停止していたのは確かだ。
そんな霞の様子にくすくす笑う奈緒。
奈緒に笑われたことで恥ずかしくなったのか、霞の頬が朱に染まる。
奈緒としては、可愛らしい霞をもう少し見ていたかったが、まだまだ説明することがあるため、残念に思いつつも先に進める。
「ま、君も予想できたと思うけど、その肩部アーマー、ならびに腰部アーマーはレッドルビーのPDCをこちらで解析、再現したものだよ」
「……本当に?」
「もっとも、流石に完全再現するのは不可能だったけどね。だからこそ、肩部、腰部という比較的範囲の広い部分に設置した訳だしね」
その言葉に続き、それでも性能的には半分まで迫れば御の字だけど、と言う奈緒。
その言葉に霞は声こそ出さないものの、驚きで目を見開く。
単純な科学力だけでいえば、バベルはバルドルをはじめあらゆる組織を凌駕するだけの力を持つ。
しかも、奈緒はそんな組織で実質No.1の頭脳を持つ人物だ。そんな人物が再現できなかった、と完全にお手上げとばかりに白旗をあげたことに驚いたのだ。
「それでも防御するだけなら、何とかなるからね。それで何もないよりは、と試験的につけてみたよ」
「……私は、実験動物ですか?」
「まさか! 性能実験は既に終わらせてるよ!」
霞の白い目と刺々しい言い草に、勘違いされては堪らない、とばかりに否定する。
そうして必死に否定する奈緒を、霞は不思議そうに見つめるのだった。