目覚め
奈緒が件のシリンダーを設置してある部屋にたどり着いたした頃、そのシリンダー内で動きがあった。
液体の中を漂っていた霞の瞼がピクリ、と動いたのだ。それと同時にシリンダーにも動きが出た。
内部に充満していた液体。それがごぽごぽと排出されはじめたのだ。
当然、液体が排出されれば漂っていた霞の身体は重力に引かれて下へと降りていく。
そのまま彼女はシリンダーの内側に背を預けるように座り込む。
ちょうどその時、部屋のドアが開かれ奈緒が中へと入ってくる。
「流石奈緒さん。時間ピッタシだったね」
そう言うと、奈緒はシリンダー近くに設置されている機器を操作する。
すると、シリンダーの上部。ガラス部分が解放され上昇していく。
なお、霞の身体はシリンダー部分にもたれ掛かっていたこともあり、その支えがなくなりこてん、と寝転ぶことになる。
そして、その衝撃でもともと治療が終わっていたこともあり、意識が半覚醒だった霞は、目を開いて辺りを見渡しはじめる。
「……ここ、どこ? それに、寒い――」
いまいち自身の置かれた状況を理解できていなかった霞。
彼女は肌寒さを感じて己の身体を抱きしめるように踞る。同時に、自身の腕が振れる部分になにか違和感を感じた霞は、視線を下に向け――。
「――――!!」
己が裸体をさらしていることに気付き、先ほどとは別の意味で自身の身体を抱きしめる。その顔は羞恥で熟したリンゴのように赤く染まっていた。
「やぁやぁ、お目覚めかな? おはよう。気分はどうだい?」
奈緒に話しかけられたことで、はじめて霞は部屋に他の人がいたことに気付き、悲鳴を上げそうになる。
しかし、その悲鳴が上げられることはなかった。なぜなら、悲鳴を上げそうになった瞬間に奈緒の顔を見て絶句したからだ。
「……な、ぜ。奈緒、さま――?!」
「そう、奈緒さんだよ? 久しぶりだねぇ」
霞にそう語りかけながら、にやにやと笑う奈緒。
ちなみに奈緒は霞を辱しめようなどという気持ちはさらさらなく、あくまで久しぶりに霞と話すことが出来ることについて喜んでいるだけである。
それはともかくとして、流石に彼女をそのままにしておくのは、いくら奈緒でも可哀想だと思い、彼女用のパワードスーツを展開させる。
霞からすると、急にブルーサファイアとしてのパワードスーツが己に装着されて目を白黒して驚愕する。
それに、霞ではなく奈緒がパワードスーツを展開、着装させたということは……。
――まさか、パワードスーツの権限が奪われた……?!
自身の生命線でもあるパワードスーツを奪われたとなると、今後の活動にも支障が出る。
そんな霞の心配をよそに、奈緒は彼女を安心させるように話しかける。
「ふふっ、そんなに心配しなくとも奈緒さんは君を束縛するつもりはないよ?」
「どういう意味……。いえ、どういうつもりですか?」
奈緒の物言いに霞は訝しげな表情を見せる。
霞の目にも奈緒が嘘を言っているとは思えない。だからこそ、逆に解せない。少なくとも、霞は、ブルーサファイアはバベルを裏切り、結果的に彼女が心酔する先代大首領が戦死する直接的な原因になったのだ。
なのに、そんな相手に対して慈悲の心を見せる奈緒に、霞は気味悪さを感じていた。
そのことを感じ取った奈緒は少し悲しそうに顔を歪める。が、すぐにそれを悟られないように笑みを浮かべると。
「なぁに、久々に帰ってきた愛娘を出迎えようとしてるだけじゃないか。それほどおかしいことじゃないと思うけどねぇ……?」
「まな、むすめ……?」
奈緒が発した愛娘、という言葉に困惑する霞。
確かに奈緒も霞の製作に関わった研究者だ。そのことから霞のことを娘というのは、そう的はずれではない。しかし――。
急な、しかも想像の斜め上を行く展開に混乱している霞。
そんな霞であったが、ふと自身の身体に感じていた違和感を自覚する。
「……あ、あれ? 身体が、動きやすい……?」
「やれやれ、ようやく気付いたのかい?」
「奈緒、さま?」
自身の身体が不調だったことにようやく気付いた霞に奈緒は呆れたようにため息をつく。
「奈緒さんも最初見たときは驚いたよ。よくも、あそこまで自分の身体を痛め付けてたね」
「痛め付けて……?」
「なんだ、そんなことにも気付いてなかったのかい?」
奈緒の疑問にこくり、と頷くことで霞は返答する。
そんな霞の様子に、奈緒はかつての、バベルに所属していた頃の、純真だった彼女を思い出して薄く笑う。
「やれやれ、君はもう少し自身を大事にするべきだね」
そう言って奈緒は霞の身になにが起きていたのか。そして、奈緒がどのようなことを行ったのかの説明をするのだった。