事件は偏見によって成り立っている
今しがた、人を殺してしまった。相手は自分の彼女で、殺した理由は相手の浮気がバレたことでの喧嘩中…カッとなって首を絞めて殺してしまった。その証拠に彼女の首元は握った形で歪んでいた。
「ど、うしよう」
自分の口からこぼれた言葉は警察に連絡ではなく、隠すための方法を模索する言葉だった。よく、サスペンスドラマで何人も殺して悲しみに暮れる犯人を見て自分は一人目の時点で警察に自首すれば罪は軽くなるのに…と思っていたのにいざ、自分が犯人の立場になったときは隠したくなるのだと何処か他人事の様にそう思った。
「とにかく…風呂場に…」
マンションのワンルームに彼女の死体は思考を遮る。視界から無くすためにとりあえず風呂場に運ぶことにした。彼女の小さな身体を抱き上げる。ズシリ、と生命を宿していないことが分かる重さ…。浴槽に彼女の身体を寝かせる。生前、彼女を抱き上げたとき今よりも軽かった。その時、彼女は恥ずかしかったのだろう、とても嫌がっていた。視界がぼやける、彼女の顔に自分の涙が落ちる。あぁ、今になって哀しみや後悔が溢れてくる。もう少し彼女の話を聞けばよかった。だって、自分はこんなにも彼女を愛しているのに、
ピンポーン
無機質な家のチャイムが部屋に響いた。それで現実に引き戻される。そのまま、居留守を使おう…そう思ったとき
「おーい、小島」
「……立木」
訪問主は大学の友人である立木の声だった。そういえば、今日家に来ると言っていたのを思い出した。これで居留守は使えなくなった。俺は浴槽の扉を閉め玄関のドアを開けた。
「よっ」
「あ、あぁ…」
俺の不安をよそに呑気そうな笑顔で立木が顔を見せた。
「どうした?顔色悪いぞ?」
「いやっ…ちょっと寝不足なだけ…」
「あー!なるほどな。今日提出の課題面倒だったもんなぁ」
「ま、まぁな…」
「上がってもいい?」
「え、」
「ん、あ、誰かいる?」
「えっ!?」
「だって…ほら、靴」
「あ…」
俺の挙動と玄関に置いてあった彼女の靴を見て立木が言った。
「じ、実は彼女が来てて、さ」
嘘は言っていないが酷く心臓が煩くなる。
「はぁ!?お前いつの間に彼女出来たんだよ!大学の子?」
面白半分で聞いてくる立木。
「いや…歩いてる所を俺が一目惚れで…」
「んで、付き合えるってすげぇな!紹介しろよ!」
「あ、いや、彼女恥ずかしがり屋だから!」
立木の言葉に動揺する。
「ふーん…まぁ、しょうがねぇな。今度写真くらい見せろよ」
「あぁ…」
「あ、忘れる所だった。今日はお前に会わせたい奴がいるんだよ」
俺に会いに来た理由を立木は言った。
「会わせたい奴?」
「あぁ、外にいるんだけど…彼女がいるなら…ちょっと外出てくんね?」
「分かった」
立木が会わせたい奴って…こいつも彼女の類いか?俺は靴を履いて玄関から外に出た。すると俺の予想は当たっていたらしく女の子がいた。
「小島、こちら伏谷さん」
「こんにちは」
「…こんにちは」
立木の紹介に笑顔で挨拶をする伏谷さん。立木の彼女にしては美人だなぁと思った。染めたであろう赤みがかった茶髪が大人っぽい雰囲気にしているが笑顔が随分幼い。よって、年は近いと予想は出来るが不思議な女の子だった。何だか彼女の顔を見ると…初めて会った気がしない。記憶を巡らそうとしたが頭痛がしたのでやめた。
「俺と小島は大学で同じ学部なんだ」
「そうなんだ」
和やかに会話を進める二人。
「えっと…伏谷さん、がお前の彼女だから紹介したいのか?」
立木に聞くととても驚いた顔をして首を横にふった。
「違う違う。伏谷さんがお前に会いたいって言ったんだよ」
「へ?」
突然の言葉に間抜けな声が出てしまった。だって、俺はこの伏谷さんと言う女の子に今日初めて会ったはずだ。
「立木が小島さん、最近悩んでいるって言っていたから私が力になりたいなって思いまして」
「え?」
…なんだ?変な宗教の勧誘されるのか。少し身構えるが立木が笑って答えてくれた。
「小島、伏谷さんは探偵なんだよ」
「…たん、てい?」
「はい、これでも」
にっこりと笑う伏谷さん…働いているとなると、ますます年齢が読めなくなった。
「いや、俺は…」
「とりあえず、話してみろよ。な?」
わざわざ来てもらった手前、断るのも悪いと思って立木の言葉に折れたことにした。
「……じゃあ、実は彼女が、この前、知らない男と歩いてたんだよね」
あの光景を思い出すと今でも悲しい気持ちになってくる。しかし、解決が出来ないまま彼女を俺は殺してしまった。そう考えると頭が痛い。
「ふむ、彼女さんにはご兄弟は?」
「いや、お姉さんしかいない…」
「なるほど」
彼女は俺の話を聞いて手で口を隠す仕草をして数秒黙る。終わってしまったことをこんな見ず知らずの人に考えてもらうとは申し訳無さと真実がバレないかとヒヤヒヤする。
「え、でもお前今部屋に彼女がいるって言ってたよな?ってことは仲直りしたのか?」
「あ、そうなんですか?」
立木の救いの言葉で伏谷さんがこちらを見る。
「う、うん。まぁ、仲直りはした。でも、何か相談しないとなって思ったから。悪い…」
「そうかよ!逆に悪かったな!俺の早とちりだったわ!伏谷さんもごめん」
「大丈夫だよ。小島さんも仲直り出来てよかったですね」
「は、はい…」
「じゃあ俺、伏谷さん送ってから大学行くからまた後でな!」
「おぅ」
よし、これで帰ってもらえる。頭痛薬を飲もう。さっきから頭が痛い…そう思って俺は家のドアノブに手をかけた。
「そういえば、ずっと彼女さんを待たせてしまいましたね。御詫びを…」
「え、あ、今彼女、風呂入ってて!俺から説明するんで大丈夫です!」
伏谷さんがそう言ったが俺は慌てて誤魔化す。頭が痛い。
「風呂って~小島、お前」
「うるせぇって」
ニヤニヤと笑っている立木をあしらい、俺は痛む頭を押さえながら部屋に戻ろうとしたその時ー…
「ところで小島さん、お風呂場の彼女、どうするんですか?」
「っえ、」
伏谷さんの、その言葉に、俺の身体が固まる。
「どうするって伏谷さん、野暮なこと聞いちゃ…「警察に行きますか?」
笑う立木の言葉を無視してまっすぐと伏谷さんは俺を見つめる。そして、彼女の大きく黒目がちな瞳が弧を描く。
「な、んの、こと…?」
喉が一気に干上がる。頭が痛みと焦りが合わさって上手く働かない。
「まぁ、行かなければバレないと思いますよ」
「え、」
バレないってどういうことだ。というか何で、知っているんだ。
「ね、どうするんですか?」
笑みを浮かべ続ける伏谷さんに恐怖する。彼女を見つめていると目の奥が痛くなる。あぁ、さっきからの頭痛と合わさって立っているのが辛い。
「ちょっと伏谷さんどういうことだよ?」
俺に助け船を出したのは立木だった。
「ん?」
「突然何言ってんだよ、小島が困ってるだろ」
「…困ってるのは私の妄言が真実だからだよ、立木」
「は?」
意味がよく分かっていない立木。そのまま気づいて欲しくない。俺はまだまともな道に戻れ、
「ないよ。人を殺しておいてまともな道になんて戻れるわけないでしょ」
冷たい声が真実を告げ、俺の思いを引き裂く。
「え、」
だから、どうして、知ってる。どうして…
俺の動揺とは別の意味で立木も動揺しているようで声を震わせながら呟いた。
「人を、殺した?って伏谷さん、つまり…」
俺を見る立木の目が明らかに変わった。友人という視点から犯罪者という視点に。
「立木が思っていることの、9割方当たってるよ」
俺と立木の動揺を他所に、伏谷さんは変わらない口調だった。そして、気になる言葉を言った。
「9割…?」
俺の気持ちを汲んだ様に立木は言葉を繰り返す。
「うん、9割。後の1割は間違ってる。まぁ、その1割が全てを間違わせてるとも言える」
「……間違い?」
「そうだよ、小島さん」
何が間違い?俺は彼女を殺した。それが間違い?それを間違いと言うのなら1割ではなく10割が間違いとなるはずだ。
「She is my girlfriend.…立木これ、どういう意味か分かる?」
「え…彼女は、私の恋人です…?」
脈略のない伏谷さんの質問に答える立木。
「そう、正解。しっかし英語って良いよね。ちゃんと恋人を表記する単語が分かりやすくて」
「へ、」
「日本語はその点、表記が多い。恋人、ガールフレンド、ハニー、連れ、好い人、パートナー、交際相手…そして、【彼女】」
心臓が大きく揺れる。
「…そして、【彼女】」
伏谷さんが言ったその言葉に小島の肩が大きく揺れた。顔色はさっきから悪かったけどより一層青ざめていった。
大学の友人である小島に会わせてくれ、なんて突然言ってきたから何かあるとは思っていたが…どうやら目の前にいる友人ー小島は彼女を殺してしまったらしい。それを初対面である伏谷さんにズバズバと当てられて動揺している。
「【彼女】ってさ女性の恋人を指す意味でもあるし聞き手以外の女性を指す意味でも使われるじゃん?」
笑みを浮かべて俺を試すように見つめる伏谷さん。その話で一つ思い浮かぶ仮説があるが、それだと、俺の友人である小島が、
「…見ず知らずの女の子を誘拐して殺したってこと?」
「違うっ!!!」
俺の言葉を掻き消す様に小島は否定した。
「彼女とはっ!「小島さんが彼女に一目惚れして、想いが伝わって彼女は【彼女】になった。幸せだったある日、【彼女】が自分以外の男と仲睦まじく歩いている現場を見てしまった。問い詰めようと自宅に呼んで口論となり、ついカッとなって【彼女】を殺した、でしょ?」
「そうだっ!そう…「まぁ、それは小島さんの脳内でだけの話しなんだけど」
小島の言葉を遮ってすらすらと喋る伏谷さんの目は冷ややかだった。
「小島さぁん、真実を見てよ。本当は解ってんでしょ?だから彼女を【彼女】なんて言ってんだよ。あなたみたいなタイプは本当に付き合っているのなら【恋人】って言うはずだよ」
「っ、【彼女】は、俺の、俺の」
小島の口調は重くて言うのを躊躇っているようだ。
「言わなくていいよ。その言葉は間違ってるから」
「違わない!違わないんだ!彼女は俺の、【彼女】だ!」
頭を振り乱し小島は叫ぶ。
「ほら、言えない」
伏谷さんは小島に詰め寄り、彼はそれから逃れられなくて地面に座り込んだ。
「小島さんが勝手に一目惚れして勝手に脳内変換で恋人にして勝手に義父と歩いているだけで浮気と見なされて勝手に逆上して勝手に誘拐して勝手に殺した。これが真実だけど?」
「違う、違うんだ…違うんだよ…」
小島は頭を抱え、震えた声で否定を続ける。
「小島さんが殺した彼女、角田綾子さん…のお義父様から依頼がきたんだよ。娘を殺した犯人を探してくれって」
小島と目線を合わせるために伏谷さんは屈む。
「私、探偵って紹介されたけど…実は違うの」
歌うように楽しそうに喋る伏谷さんは小島を追い込んでいく。
「私は国家安全相談室の相談員…って知らないよね。要は犯罪者を特殊な力を使って自首、もしくは逮捕等に持ち込む公務員なんだ。裏方だから表舞台に出ることはないけど、大事な仕事だよ」
警察手帳と似ている形状の白い手帳を取り出し伏谷さんは小島に見せる。しかし、小島はそんなのを悠長に見られる状態じゃないことは一発で分かる。
ー国家安全相談室、職務内容はさっき伏谷さんが言った通りで職員採用方法は現役職員の推薦のみとなっている。そして俺、立木辰吾の幼なじみである伏谷舞は高校卒業してすぐの18歳で推薦された最年少相談員であり、22歳となった現在は自首率ナンバーワンの実力を持っている。
「さぁ、警察に自首しに行こう?私は警察官ではないから自首扱いになる…」
小島の肩に手を置いて、そう促す。
「う、るっさいっ!!!」
肩の手を乱暴に払い、小島は伏谷さんの首に掴みかかった。
「お前に!お前に何が分かる!?俺は【彼女】を愛していた!それなのに!知らない男と手を繋いで、繋いでいた!俺というものがいるのに!悪いのはあっちだ!俺は悪くない!悪くない!」
「いや、悪いよ?殺しちゃってるし」
「それは!【彼女】が!」
「殺したら、ダメだよ」
「っ、」
俺は伏谷さんの言葉に怯んだ小島の顔を蹴りあげ、彼女から引き離した。
「大丈夫?伏谷さん」
「平気」
短くそう言うと伏谷さんは小島に近付いた。
「小島さん、話は少し変わりますが顔、痛いですか?」
最初の丁寧な口調に戻り伏谷さんはそう尋ねた。
「は、ぁ?痛いに……?」
蹴られた場所を手で触ると異変があることに小島は気づいた。そうなのだ、俺に蹴られた顔はこの世界では痛くない。感情以外俺達が小島を攻撃することは出来ないのだ。
「実は、小島さん。綾子さんを殺害した時に早々と警察に自首しに来たんですよ」
真相を話し出した彼女は変わらない笑みを浮かべている。
「……え、」
小島は顔を上げて伏谷さんを見つめる。
「で、取り調べをして出た結果が心神喪失の為有責性が無いと判断。治療のため罪には問われない…という形になりました。よくある話しですよね」
「…ちょ、ちょっと待てよ!どういうことだよ!」
「ですが、ご遺族の方がそれに異を唱えました」
「っ…」
「まぁ、そうですよね。自分達の可愛い娘が殺されて犯人は精神が狂った奴だったから罪には問われません…なんて『そんなの間違ってる』…そう言われました。その為、私達に話が回ってきたのです」
「…私達、」
「さっきも言いましたが…国家安全相談室は特殊な力を使って犯罪者を自首又は逮捕等に持ち込む職員です。で、私の特殊な力というのが《催眠術》です」
「催眠、術…」
「はい、小島さんに催眠術をかけて真相心理の中に私達が入り込みました。今、この世界は小島さんが造り出したモノです。小島さんが見ているこの光景、大学の友人だと思っている立木も私の姿もあなたが住んでいたマンションの廊下もお風呂場にいる綾子さんの死体も全部小島さん自身が造り出したモノなんですよ」
「…ぅそだ」
「嘘なわけありませんよ」
「立木とは、大学の友人で…」
「確かに立木は小島さんとは大学の友人ですが立木も私の推薦で国家安全相談室の職員です。強いて言うならそこは本物ですね」
「お前とは、初対面で、」
「いいえ、検査の為に8回、小島さんと面談をしています」
「俺はさっき、さっき【彼女】の首を絞めた」
「正確には35日前ですね」
「俺は…俺は…」
「他に質問が無ければ補足ですが、小島さん、私を見てからずっと頭…痛そうでしたよね?その理由は8回の面談をした結果私のことを恐怖の対象と認識してあなたの脳が私と話すことを拒絶していた合図だったんですよ。気づきました?」
「……そ、だ」
小島の虚ろな目に光が宿り出す。
「嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だぁ!!!催眠術で造り出した世界?俺は自首をした?!そんなわけない!俺は、俺はぁ!彼女を彼女のことを、愛していた!今も愛していて、裏切ったから…だから殺した!それには絶対、絶対に、後悔していない!」
小島は自分の想いを伏谷さんにぶつけた。その姿は凛としていて端から見ればかっこいいとも思われるのだが…
「そこは、どうでもいいんですよ。話をすり替えないでください。聞いていました?小島さん、あなたは角田綾子さんを殺害しました。その事について私は異常な精神と結果付けられたあなたの思考を正常なモノなのかそうでないか、そこがあなたに催眠術をかけて出したかった答えです」
伏谷さんの反応は冷たく、鋭かった。
「結果は、小島さん…被疑者小島敦は正常な精神のもと被害者、角田綾子を絞殺したと判断しました。よって、あなたにはきっちりと法の裁きが下ります」
「……いやだ、いやだぁ」
再び頭を抱え込んでしまう小島。
「駄々をこねないで下さい。あなたは幸せですよ。生きて罪を償えるのだから」
「………やだ、やだよ」
「さぁ、私が指を鳴らしたら現実の世界に戻れます。それでは」
パチン、と空虚な音が響くはずのない世界に響き渡った。
「………あ、ぁ」
外で伏谷さんと立木と話していた筈なのに二人の姿はなく、今俺の目の前に広がるのは薄暗い病室だった。俺はベッドで眠っていたらしく、目からは大量の涙が溢れていて枕を濡らしていた。…窓から月明かりが射し込み、白いシーツを照らしている。
俺は伏谷さんの言う通り本当に自首をして病院送りになっていたらしい。俺自身の手で殺ったくせに【彼女】はもういないと今改めて知ってしまった時に俺の中には【彼女】に恋い焦がれた思いと殺した事実しか残っていなかった。
「は、ぁ………」
俺はこれから刑務所暮しが待っているのか、そんな事を思っていた。
「小島、敦、」
突然、男性の低い声が俺の名を呼ぶ。その方向に顔を向けると息が出来なくなった。
「が、げっ、……!」
苦しい、息がしたい、俺はそう思い腕をもがくが無意味と分かる位びくともしない。
「お前が…お前が綾子を殺しやがった!俺の綾子を!可愛い綾子をぉ!死ね、死ねぇ!」
恨みのこもった声色で俺にそう言いながら身体の上に馬乗りになって首を絞めるその相手は、【彼女】と仲良さそうに歩いていた相手だった。しかし、その時の様な笑顔はなく鬼の形相で俺を睨み付けていた。
「お前の狂った妄想で綾子は殺された、俺はお前を許さない。お前を安全に刑務所になんか連れていかない。殺す、お前は私の手で殺してやる」
首を絞める力がどんどん強くなる。苦しい、【彼女】もこんなにも苦しかったんだ。
知らない人間が突然自分を誘拐して、意味の分からないことを言われて…苦しかっただろうなぁ…怖かっただろうなぁ…
「…………ご、め、」
頭が回らない。もう、何も、考えられ、
…あぁ、彼女の笑顔がもう一度見たいなぁ…
「伏谷さん、警察は後10分後にはここに来るって」
「そっか」
「…角田さんのお義父さんを病室に連れて行く必要はなかったんじゃね?」
「そんなことないよ」
にっこりと微笑む伏谷さん。
「どっちみち、依頼主には結果報告をしなきゃだし…最後まで要望は叶えてあげないと」
「でも…」
「それに娘を殺した人に会って殺しちゃうような人は逮捕されるべきでしょ?それが私達の仕事なんだから」
「会わせなければそうはならなかっただろ?」
「綾子さんのお義父様、中学生の頃、幼女に性的暴行を加えて捕まったらしいよ?それは未成年だってことで軽い罰で終わったけど…結果的にそういう傾向があったんだよ。遅かれ早かれ綾子さんは殺されてただろうねぇ」
呑気な口調で語る。
「…あっそ」
「拗ねないでよ。私だって好き好んで犯罪者を作り出そうだなんて思ってないよ。ただ、類は友を呼ぶと言うか…毎回携わった事件は真犯人の他に別の犯人も出てきちゃうんだって」
「不幸な星のもとに生まれましたなぁ」
「皮肉言わないでよねー」
「…はいはい。じゃあ、明日は平和に終わらせましょうね?」
「努力はしまーす」
サイレンが聞こえてくる。もうすぐ表舞台の人間がやって来る。俺達、裏方は奥に引っ込まなければならない。
「私はねぇ…罪を犯したくせ心神喪失だったり、未成年だったり、動機が不憫であったり…何にしてもそれによって罪が軽くなったり問われなくなったりするのはおかしいと思うんだよね」
暗闇に進みながら伏谷さんは語る。
「罪を犯す人間は何処かしら頭のネジがないんだから全員一律に法の裁きを下すのが単純明快…そこでいきなり犯人の人間性に着目しだしたら罪に問われる人とそうでない人と分かれて不公平なモノになっちゃう。だから、ざっぱざっぱと罪には罰で終わらせた方が効率的だよね。死刑囚だって早く殺しちゃえばいいんだー…って言ったら色んな人達が怒り狂いそうだねぇ」
「まぁね…法に関わる人皆が伏谷さんみたいに偏見たっぷりな見解の集まりだと多方面で問題が出てくるからそうならないんだろうね。世の中上手く回ってるよ」
「こんなんだから私は"あの人"に推薦されたんだろうね、この…国家安全相談室。別名、偏見相談室に」
"あの人"の事を思い出したのか一瞬、彼女は眉間にシワを寄せ険しい表情をした。しかし、すぐ元の表情に戻った。
「何で…俺を推薦したの?」
日頃言えない疑問を彼女にぶつけてみた。
「んー?内緒」
「え、??」
「相談員になれたら解るよ、立木補助員?」
「…さいですかぁー、伏谷相談員」
伏谷さんの気の抜けた言葉に俺もどうでもいいと思ってしまった。
そして、俺達は静かに舞台を後にした。
1話終了