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      金、手放すとき以外、何の役にも立たぬ恩恵物

                    ーアンドリュー・ビアス

新緑艦橋



もきゅもきゅもきゅ



 日が登った海上を眺めつつ、艦橋横のウィングでドーナツをひたすらむさぼる影が一つ


『おい、一応は反応兵器対応中でウィングは最小限の人員のみなんだぞ尾栗』

『むぐっ、ごくん。しかし艦長、CICからは弥生、もぐっ、ごくん。もとい藤政少佐から追い出されてしまって』


 とりあえず、食べるのをやめような、とマイペースを貫く砲雷長に多少頭を抱えつつ、CICでコンビを組んでいる藤政君、おそらく健啖家(スキッパー)で知られる尾栗がそばで食べ続けられると、折角主計科が用意してくれた陣中食のドーナツも食欲が薄れるから出て行け!とされたのだろう。それは分からんでもないが



『しかし、陣中食。そういうものもあるんだな。ふむ、戦闘があるかもしれないですが、これは悪くないです』


 あれだけ袋にぎっちり入っていたドーナツを・・・最初に艦橋に入って来た時はなんで尾栗が自ら配りに来たのかと思ったらそのままウィングに直行して要員全員があっ、と察しただけはあるが、完食するとは


『その意気で敵も平らげて貰うからな。夜は夜で主計科が水晶汁を用意すると聞いているぞ』

『水晶汁!?』


 なんだ、知らなんだか。名前を聞いて想像出来ずに固まっている。まぁ、普通なら出ないレシピだからな


『入港ぜんざい用に小豆を残したい時や、もう切らしてしまった時に夜食で出る。まぁ、水晶ってのは砂糖、上品な時は氷砂糖を使ってるからだな。そこにうちの艦のであれば、白玉を入れてレモンを垂らしてある。美味いぞ』

『おお・・・それは美味しそうだ』


 アクセントとしてのレモンの酸味が食欲を誘うに違いない。涎が溢れる。是非とも頂かねば



ビィーッビィーッ



 艦内放送のブザーが鳴ったのは、そんなしまらない会話をしていた時だった


<<艦長、尾栗、CICへ戻ってください。脊振よりEMCON解除が発令されました>>


 流れてきたのは藤政の声だ。よく透る


『居場所を秘匿しなくて良くなったとなると大事(おおごと)だな』

『尾栗、CIC戻ります。艦長も来られますか』


 ドーナツのカスをパタパタと払い、尾栗が笠松に向き直る


『いや、尾栗と藤政に任せて、俺ぁ艦橋に居る。年寄りが邪魔する気はねぇよ、と藤政には言っといてくれ』

『わかりました』


 頷いて去っていく尾栗の背を見送りつつ、笠松は棒付きの飴玉を咥える。最近娘に禁煙を言い渡されてから咥えるようになったものだ。艦橋に残るのは、笠松にとってCICでの電子的な戦争より、波風に晒されて状況を判断する戦争の方が好みだ、というだけである。ある種の見栄(バナシュ)という奴だ



『さてさて。どう転ぶかね』



 後方を進む脊振を一瞥したのち、笠松も艦橋へと入る。ここから深堀の下した判断が評価される内容となるだろう。若手の彼がどういった経験を得てその先に行くのか。



脊振CIC



『フゥん、どうやら僕たちは当たりを引いたようだよ、艦長』

『当たりくじの中身は未だ暗中模索であるがな』


 AWACSからの通信途絶にあたり、最初にEMCON解除を言い出したのは阿久根だった。藤はどうにも管制を解くと敵性勢力のみならず、味方にも脊振の位置が知れてしまうので遠慮をしていた。そうなれば深堀の責任が問われるわけだからそうだろうが、まぁ、気にしにないのが私であり、求められている事だろう。と、深堀に具申して受領されたのが先程だ。藤君は怒られ慣れてないからねぇ、と少し苦笑する。人のためにすることの出来る君らしい


『陸軍航空隊、AWACSの護衛機が対処中ですが間に合いそうにありません。敵機に拘束されています。本艦隊への攻撃機動に移りつつある機影は8機、降下中です』


 藤がそう言ってCICの画面にプロットする。フゥん、完全にこちらの位置を敵は知っていたわけではないようだ。降下はしているが、海面スレスレに移動するような事はしていない。当然の事であるが、航空機であっても低く飛べばその電子の目が届く範囲も狭まる。それはミサイルでもだ。特にミサイルは航空機より大きいわけでも、そして出力面でも強くはない



『16発、かな』

『そんなところだろうね』


 阿久根の判断に藤も肯く。北方からの接近、旅客機のハイジャックからの降下、そのどれもが燃料を使う行為だ。翼下のハードポイントには燃料タンクを積む必要があっただろう、そこに重量物を搭載するとなると2発が限界だろう。機体に余裕がなければ8発で済むかもしれない。そもそも対艦ミサイル自体の保有数自体が少ない可能性もある


『本艦は単縦陣から取り舵を行い、群青を新緑に後続させる。右舷対空砲戦用意。砲雷長、あとは君の任意で撃て』

『右舷対空砲戦了解、預かるよ』


 艦長にそう言われ、両腕をクルクル回してから、機嫌良さげに二人、高角砲の射手の肩を叩く。脊振は高角砲が片舷4基あり、射撃指揮装置が2基を制御するので片舷2目標の同時迎撃が可能である。その担当だ


<<航海長、聞こえるか?取り舵30、群青に詰めさせる。右対空砲戦、両艦との距離を注意し、針路もどせ。他、航海長操艦に任せる>>

<<美幌聞こえます。了解、取り舵30、距離をとります。艦長、舵を引き続き預かります>>


 インカムで艦橋の航海長に深堀が伝えると、明瞭な声で航海長の声が響いた。


『目標の反応増大!ミサイルを投弾したものと思われます!数は・・・』

『どうした?』


 報告を言い澱んだ士官に藤が近付いてモニターを覗き込む。そこには反応が24個あった。艦長に向けて、士官が叫ぶ



『敵機、離脱しません!ミサイルと共に突っ込んできまぁす!』



 深堀が阿久根を一瞥する。凶報にも笑みを浮かべたままだ。


『1、2発は貰うかもしれないねぇ、艦長』

『砲雷長!』


 叱責するかのように藤が言うが、それも意に介さない。どうなろうと決めたのは艦長の意志で結果だ、これで揺るぐようならそれまでの資質さ、と冷めた目で藤の言葉を止める


『本艦は戦艦には至らないとはいえ、砲撃。殴り合いを意図した艦だよ?殴られたくないなんて随分と増上慢な考えとは思わないかい?』

『航空攻撃の利点はその集中性と反復にある、だったな。つまり、敵は二撃目を考える事が出来ないからこそこの様な手法を採った。そうだな砲雷長』


 阿久根が肯く。たった一度の攻撃で成功率を最も上げる手段としていえばそれしか無いという手を相手は採った


『ならば、今相対してるかの敵はその判断が出来るよき敵と言う事だ。手段の問わなさがあったとしてもな。私は砲雷長、君に任せると言ったしそれを解いても居ない。肉弾攻手、大いに結構。我々は打倒すべくここに居る』



 深堀は居住まいを正し、プロットされた目標を指差す。そうだな、この段になって薩摩で飛行長をしている成田の事を思いだす。飛行科にとっては久方ぶりの大型艦艇に対する航空攻撃の実戦事例となるか


『受けて立とうじゃないか。彼らは今、我々に並び立つ所に来たのだ』



 結構、大いに結構。これは良い戦訓になるだろう。いささかフランクに過ぎるかもしれないが、見栄と共に素敵な挨拶を返さねばならんだろう



『かかって来い、相手になってやる』



新緑CIC



『目標数24に増加。プロット。どうする尾栗』


 3倍に増えたプロットに、尾栗は頷く。この数ならばやる事は決まっている


『発射機の斉射設定を解除。やるだけやってみるさ。この海域の気象状況をより正確に、藤政、頼む』

『了解』


 斉射設定。連装発射基を装備する新緑は、一般的な防空艦と同じく一目標に対して二発のSAMを投射するという事をしていた。これがどういう事かというと、防空戦ではいかな誘導ミサイルであろうと、100%の効率で迎撃できるわけではないため、確実性を増すための行為だ。

 2発発射なら仮に70%の効率で迎撃出来るとして、阻止率は91%、高く見えるが別の書き方で言えばおおよそ10発に1発は抜けてくるとも言え、80%なら25発に1発と劇的に変わってくる。25発という数字は翼下に2発のASMを抱えた攻撃機が13機揃ってようやくダメージを与える可能性が出て来る(当然リアクションタイムの問題もあるので必ずしもこうなるわけではないが)という算段だ。それも近接防御砲火を考えずに

 デメリットとしては当然の事として使用弾薬数が増えるという事で、新緑にはどう弾薬庫をさらっても44発しか手元に無い。斉射設定にしていたら数がそもそも足りない



『風力1.2m、湿度60%、外気温、海水面で・・・』



 気圧を含め、気象情報を観測データから藤政が読み上げる。よし、群青も陣形変更で前に出てくるし、始めよう。糖分も十分摂った。しばらくは読み切れる・・・!


『対空戦闘撃ち方はじめ、照準基イルミネーター、預かるぞ』

『対空戦闘撃ち方はじめ!』



バシュウウウゥー!



 既にウォーミングアップを済ませていた対空ミサイルが空を舞う、二発撃つと二本の腕を縦にして再装填、そして発射、このサイクルを続けるわけだが、誘導はイルミネーターの指向次第だ



『見せてみなよ尾栗、あんたが怪物だって所を』



 そして尾栗が怪物とまで呼ばれている理由は戦技競技会で見せた、いかにイルミネーターを早く切っても命中させられるかに於いて、化け物じみた成績を残したからに他ならない。空間認識能力が段違いなのだ。最終誘導の時間が短く済めば、それだけイルミネーターが空くわけだから対処能力は向上する。最終誘導を短くするスタンスは領域防空艦、いわゆるイージス艦がやってる事だが、それを人間力でやってるわけだからとんでもない話である



『初期目標、ラウル3、続けてラウル7』



 プロットされた目標。レーダーによる探知目標はRにそれぞれ番号が付与されるわけだが、潜水目標であればソナーによる探知コンタクトであるのでS、スザンヌに番号が付与される。船舶の場合も現在では先にレーダーによる探知であるが、船舶ヴェッセルあるいは目視ヴィジュアルの意からⅤのヴィクターが割り振られる。仮にESMによる逆探知であればE・・・本来であればユージンなどで割り振られるのだが、これまでの呼び方にある通りこのコード導入がフランス経由であるためである。が、日本人にとってはユージン、という呼び方はウにもユにも通じるので判別しにくいとの事でEのみ英式にあわせてエドワードとなっているが、だいぶその件はフランスと揉めたらしい。なお、文字列的にはこの言語で日本で通りがいいのはオイゲンであり、どうあがいてもEは浮かんでこない。難儀な話である



『あんたまさか・・・』

『もう十分だ、照準器をラウル9とラウル13へ』



 藤政が絶句する。冗談でしょ、化物じみてるとは思っていたけど、敵機はミサイルと紛れるような機動を取ったので、初期にプロットされているものがミサイルとは限らない・・・もっと新型の防空艦ならばそういう欺瞞も効かなかったりするだろうけど、今こいつはその尋常じゃない空間認識能力から敵機とミサイルを選別したって事だぞ


ラウル3、ラウル7、失探ロスト

『・・・R3、R7プロットオフ、次弾の弾着確認を急げ!』


 電測員の報告に気を取り直して、船務長として尾栗が見やすいように撃墜したプロットを消す。これなら、これならいけるかもしれない。尾栗が確信は持てないにしてもミサイルを選別して撃墜できるなら、弾数も足りてくれるかもしれないからだ。ミサイルの弾着まで2分弱しかない、あとは出弾率にかかってくる。発射機は最速で8秒ごとにミサイルを送り込めるが、それはカタログスペックだし、照準器イルミネーターが目標を再捕捉するにも時間はかかる。それを現すのが出弾率だ・・・6個のプロットが消えたところで、一つの集団であったグループが動いた。これは・・・




艦隊上空、東シナ海




 この栄えある第110航空旅団の果てとして、日帝海軍を相手とすることは誇りであった。だから、たとえ燃料が持たないとわかっていてもそのままミサイルと突撃する事に、誰も異を挟むものはいなかった。話を持ち込んできた超濠大姉も護衛の任を全うし、未だ敵機は追いついてこない、だが・・・!


『これでも駄目なのか・・・!』


 敵艦はなんと、ミサイルを選り分けて迎撃している。相手は新型の防空艦ではないという事であったが、我々とはそこまで電子装備に格差があるというのか!だが、だがだがだが、それならばすることは決まっている。俺たちはろくに海上作戦なぞやったことはない。しかし、対空火力が強いならばそれを潰しながら進むしかない事に代わりはない


『兄弟!』

『脱出しろなんて野暮はなしですぜ!兄弟!』


 後席に声をかけるが聞くだけ野暮だったか。心苦しいが、道連れにするしかない。それも1機だけではだめだ


<<第一小隊は俺に付き合え!>>

<<了解!>>


 まだ3機とも残存している第一小隊。西側からフラウンダーと呼ばれている飛豹、我々が唯一自国で開発量産することが出来た攻撃機を駆けさせる。増槽と対艦ミサイルを積んだ我々には、残りの武器は自衛用の23mm機銃が2門しかない。これで相手の対空能力を破綻させるとなると、もうやり方は一つしかない。対地攻撃をこれまでやってきた我々だ。機銃弾ではなかなかその能力を喪失させることが出来ない事は骨身に染みてわかっている。これには手段も時間もない。俺たちが採れる最善手はこれしかないのだ


『派手に行くぞ!』


 スロットルをフルにする。燃料は既に半分以下であり、機体重量も軽い、そしてさらに降下角を深くしてのそれだ、まるで名前の通り豹が獲物に飛び掛かるがごとく、機体は一直線に、そして一気に加速していく



新緑CIC



 プロットのうち3つのそれが速度をあげてこっちに向かってくる。防空を担うこちらに攻撃を加えるつもりなのは誰の目にも明らかであった。


『主砲と機銃で対応する。ミサイルはこっちで受け持つから、みんな頼むぞ』

『はい!』


 尾栗はプロットを睨みつけながら班員に指示を下す。できうる限りミサイルの数を減らす。突っ込んでくる機体は明らかにミサイルではないから、確実にその目標から外せる。その意味では好都合だ。そんな多忙を極める中、背振からの通信が届いた


『尾栗!背振が銀幕を張れって言ってきてる』


 藤政が振り返って伝える。銀幕、チャフグレネードによる幕を展開しろというのだ。接近する航空機に対して対処しろ、あとはこちらが受け持つ、そういっているのだ。しかし、そうなると対空ミサイルに指示を出すイルミネーターからの電波も阻害されるのとバーターになる。



『藤政の判断に任せる!』

『ごめん!艦長のほうに聞くべきだった』


 帝國海軍では煙幕に類するものとして、チャフディスペンサーは航海科の取り扱いだ。煙幕が機関の不完全燃焼によって為されていた頃の名残である。しかし、先述の通り状況に影響を与えるので藤政としても咄嗟に尾栗に聞いてしまったが、任せられている本人、あるいは当人が言う通り艦長による決定が筋であったろう。藤政が首元のインカムを押して艦橋の笠松艦長に問い合わせる



ドン!ドン!ドン!



 いよいよ主砲が射撃を始める。その空気を震わせる振動がこの部屋にも伝わってくる。近づいてくるプロットが一つ、二つ、と消えていく。しかし、最後の一つが消えずに自艦のプロットに重なっていく。微かにジェットエンジンの音が聞こえたかと思った刹那



『総員、衝撃に備え!』



 立ったままイルミネーターでの誘導を続けるためにモニターを見ている尾栗を、藤政が叫びながら無理矢理飛びついて押し倒す。破局はすぐ訪れた




脊振CIC



新緑ナイトからの応答途絶!IFFの反応も弱くなっています!』

『空中目標の反応、全失探』


 結果的に新緑はミサイルによる迎撃で15目標を迎撃し、その身に3目標を引き寄せ、1機を迎撃しきれず、突入された。残りの6目標はそれから30秒のうちに3目標を前進してきた群青が、残りをこの背振が防御砲火で撃墜し、それで終わりだった。


『ワッチから、新緑は前部マストが基部から折れて消失、炎上中との報告を受けています』

『わかった。藤船務長、発光信号でも構わない、新緑への呼びかけを続けてくれ。おそらく、マスト基部に突入されたとなると、艦橋やその直下のCICに詰めていた乗員はなかなか動けまい。群青には救援を行えるよう準備を要請してくれ』


 深堀は沈痛な面持ちで深く椅子に座りなおした。敵機の攻撃は本艦には届かなかったものの、随伴艦の新緑に大きなダメージを与えた。おそらくマスト基部への突入は防空力の低下を狙ってのことであろう。敵ながら見事というしかない。そういえば


『藤船務長、たしか新緑のほうの敵機のベイルアウトを確認していたな』

『はい、ですがそれは・・・おそらく無意味じゃないかと。規定高度以下ですし、生存本能からのコース離脱を避けるため、あえてのベイルアウトとみられます』


 藤が少し逡巡しつつ答えた。死体を回収するだけになるだろう。という事だな。言わんとすることはわかる。ここまで彼らがしてきたことを考えれば脱出したかどうかもわからない、無駄な作業をさせることになるかもしれない。それはわかっている


『だが、陸軍の航空隊に落とされた機もあるだろうし、新緑による迎撃で落とされた機から脱出した者もいるかもしれない。新緑の問題が優先であることは確かだが、群青の搭載機を利用したとしてもSARサーチアンドレスキューを周辺海域で行うようにしたい』

『そんな事より艦長、私の班員はきちんと役割を果たしてくれたよ。まず労ってはくれないだろうかねぇ。撃ち方止め、砲戦終了。警戒態勢に移行で宜しいかな?』


 阿久根の言葉にも頷く。この場に空溝うつみぞ副長が居たらこの言葉遣いに怒鳴っていた事だろうが、順番的に言えば彼女の言っていることが正しい


『皆よくやってくれた。第二撃を警戒し、引き続き頼む』

『阿久根中佐、顔が怖いよ。スマイルスマイル、そんなに新緑に袖にされたことが気に入らなかったのかい?』


 意趣返しにか、今度は藤のほうから阿久根に顔が怖いと茶々をいれる


『とーぜんだよ、信用してないといわれたわけだからね』


 頬を膨らませる阿久根。そういう所は子供っぽいやつである。新緑に自艦の防衛を優先するようにとチャフ散布を勧めたのに袖にされた結果がこれであるから、まあわからんでもない



ガコン


空溝うつみぞ、戻りました』



 CICの装甲ハッチをあけて空溝うつみぞ副長が入ってくる。入ってきたと同時にCIC内の空気が締まる。艦長の元に向かい、敬礼するが、戻ってきたといわれても、これには深堀も困惑している。くれぐれも安静にさせてくれと安心沢軍医長に頼んでいたはずだが


『大丈夫なのかね』

『視力も回復しましたし、御心配をお掛けしました。戦闘にも参加出来ず、不甲斐ないと自省するばかりです。戦闘体制の解除に合わせて軍医長には悪いのですが無理やり出て来ました。どうしてもお耳に入れておきたい話がありましたので』


 さっき耳にした袖にされたじゃないが、深堀は嘆息する。だが、この有能たる我が右腕が話したいことがあるとなると、聞いた方がいいことも理解している。新緑の状況把握等にも少々時間がかかるだろから、このタイミングは確かに良いタイミングだった。次の行動を考えねばならない


『以前長崎で沖縄海洋都市開発についての会合に参加したことを艦長はお覚えですか?』

『沖縄県が主導で、メガフロート・・・浮体式の構造物を母体とした洋上都市構想だったね』


 東シナ海を活動域として動くことが多い我々第3艦隊にも会合に出席要望があり、偶然日程に都合がつく人員として出席したのだ。正直なところを言えば中身は計画のみの資金集めのパーティであったが、今後東シナ海上だけでなく南シナ海でも増えつつあるガス田などの洋上構造物を、艦隊・艦艇運用でどう利用するか知見を得るのに活用しましょう、と言ったのが目の前の空溝副長であった。それで私も彼女に対する認識を改めたのだ。もちろんナイトドレスを着た彼女にも見惚れたせいでも、いや、それは脱線だな。説明のために技術者の出席が多数あったため、技術論や機材の有無、設置について話すのは有意義ではあったが、規模が大きいのでおおよそ不可能という感触だった。

 なにしろ、それを造るには瑞鶴級原子力空母の3、4番の建造、続いて増編を目的として雲龍級空母の建造が各企業や工廠に流れる事になっているので、その合間にメガフロート建設を引き受けられる企業をとなると少なくなる。ブロック工法を謳ってはいたが建造費用の高額化と長期化は避けられない


『だが、それがどうしたのかね』

『沖縄県はその資金力を今回の核惨禍で退避してくる富裕層、成立する可能性のある自由政府の統治機構を受け入れる事で入手しようとしています。その移動はこちらの航空攻撃の合間を縫って航空便で行うつもりはないでしょうし、余裕もない。であるならば海路で行われるでしょう、安全上も含めて』


 最初期に移動する人員は富裕層、トップはメンツの都合上ギリギリまで持ちこたえるだろうが、その次席に近い政府首班にその官僚スタッフ、積み荷は外貨準備金にはじまり、国璽などの未だ満州国と帰属でもめている故宮の収蔵品に、徴税のための行政資料、etcエトセトラetcエトセトラ・・・


『敵にとっては一番忌むべきものか』

『はい。それでいて政府首班を消し飛ばすわけでもないのは交渉の為とすれば納得はいきます。なぜなら彼らは攻勢を失敗し、今また切り札の核弾道弾をおそらくはほぼ使い果たしています。継続して戦闘を行う余力はありません。現在行われているカウンターの浸透爆撃によりインフラも壊滅するのが目に見えています』


 インフラへの攻撃はTELの移動を阻害し、弾道弾の第二撃を抑制するためでもある。対水上の攻撃を今から行うには確実性に欠ける。となると


『すでに核弾頭は上海入りを済ませているとみるべきだな』


 呻くようにつぶやく。なんてことだ、どういうルートを使ったのかまではわからないが、大陸側は脇が甘すぎる。してやられっぱなしではないか


『ええ。ですので、このまま急行というのは避けるべきです。阻止に失敗したとして自暴自棄になって上海で爆発させられては目も当てられません』

『副長は閃光が苦手だものねぇ、あいた!』


 茶々を入れた阿久根の頭を空溝うつみぞがはたく


『一度逃げを打つべきです。しかるべき時に反転し、水上で連中が起爆スイッチを押す前に処理を行う。これしかありません。加えてSARサーチアンドレスキューの合間にソノブイを投下させるのを具申いたします』

『ASWをじっくりやるには手が足りないが、している事を錯覚させる材料を与えたいわけだな。わかった。君がいると本当に助かる』


 相手には洋上の我々を捕捉し続ける能力が乏しいことは間違いない。今回の攻撃もおそらく情報の出元の可能性を考えるなら、途中で切り上げたASWの際にすり抜けた艦が居るとみるのが自然だろうな、確かに。その牽制をしたいのだ。


『はい。いいえ、艦長のご理解のあってこそです』

『・・・』


 艦長とのやりとりをしながら副長の浮かべる笑顔に、やれやれ、どうにも副長は見てると恋する乙女のようだねぇ、と言葉に出さないでニヤニヤをこらえる藤であるが、空溝うつみぞはこっちを見る、やばい


『船務長、何か意見はあるか?』

『はい、いや、僕からは何もないよ。どちらかというと・・・』


 艦長の方を見やる。艦長は頷いてコンソールの受話器を取りあげる。通話先は


『はい!機関室だよ』


 快活な声がこっちまで聞こえてくる


『私だ』

『艦長がわざわざかけてくるなんて珍しいね!どうしたの?』


 こちらも海軍内で珍しい女性士官かつ機関科、背振の心臓部を預かる目白中佐の声だ。海軍一家である目白家の生まれであるが、やはり目白家の家人としては傍流の機関科に進んだ背景をもつ。六甲の副長が今は目白家でも出世頭であろうか。彼は彼で甘味に目が無い事で海軍内でも有名である


『状況から見て、機関を酷使することになる。やってくれるかな?』

『・・・いいよ!必要なんでしょ?任せて』


 一瞬考える間があったのち、快活な答えが返ってくる。気持ちの良い女史だ、機関科の科員がファンクラブ化するものもわからんでもない。燃料や機関、発電機の調子など、機関科として言伝たいことが無いわけではなかったろうに


『新緑から発光信号あり・・・艦長重体、火災鎮火のため後進で長崎へ退避したいと航海長名で連絡』

『笠松艦長がか・・・!許可すると返信、艦の維持と負傷者の治療に努めてくれ。負傷者の搬送にヘリを使用することも適宜行ってよろしいと加えてくれ』


 嘆息しつつ、制帽を深くかぶりなおす。つい先刻話した相手が倒れている。これが戦闘か、軍人稼業というものの虚しさだな



『艦長』


 心配そうな副長の視線に気づき、微笑む。そして決意を込めて命じる。こんな核を利用した目論見を成功させたままにさせるわけにはいかない、ここまでされて意図を通させるような事を我々は許しはしない。勿論、副長の推測が当たっている保証は無いが、私は彼女の推測と私自身の感を信じる


『私は大丈夫だ、副長。本艦はこれより、迂回針路をとりつつ上海を目指す!』


 幕を下ろすのは我々の手によって成るのだ



同刻、上海



『ぴすぴーす!よぉしおまえらー、そろそろ出航だぞー、気を付けて行けよー!』


 銀髪にサングラスをかけた赤い服の女が大声で岸壁から作業中の船員達に檄を飛ばしている。そのあまりに明け透けな物言いに周りはうろたえるばかりだ


『騒がないでください!官警に目をつけられたらどうするんです!』

『あぁ?来やしねぇよ、こんなとこにさ、何のために小さめの船を選んだってんだよ!馬鹿かおめぇは』


 彼女の言う通り、周りもまた上海を脱出するべく乗り込む市民・・・自身の貴重品を持ち込んで騒々しく蠢いていた


『でかい船じゃそれこそ人が乗れるから乗せてくれ、だか、乗れるだけ荷物を載せてくれ、なぁんて言ってくるに決まってくるだろうが、お巡りさんだって注意するならそっちにするに決まってんだろ。それに海渡るんだぞ?真っ当な奴だったらちいせー船より大きめの船に乗るって、絶対。んじゃあそういうわけだからさっさとのりこめー!』

『ギャアアアアー!』


 と、話しかけてきた同志をドロップキックで蹴り飛ばす。彼はそのまま気絶した


『検尿だよ検尿、わかるかー?最初に出るのは濃くて汚ねぇんだよ、えーんがちょ』


 なら、汚いなら汚いで黄金垂れてやらないとな、この黄金は汚くてくっさいぞ、そのうえ目一杯重いと来た


『世の中をもっと面白楽しく、愉快痛快する方にこの俺様ちゃんは付くんだよ、じゃあな!』


 そうして彼女は雑踏の中に消えていった

次回、尾栗よ中央へ行け

   背振、咆える

   総括、高松宮


で、続きます。たぶん、きっと、めいびー

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[良い点] まさかの更新! 素敵なクリスマスプレゼントをありがとうございます。 [気になる点] ドーナツと言えばアメリカな気がしないでもない食べ物ですが、この世界の帝国海軍がアメリカについてどう思って…
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