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金銭は独立の基本なり、これを卑しむべからず

                 ー福沢諭吉ー

モンゴル・ハンブンバト



 モンゴルの平原に朝がやってくる。朝もやの中に朝餉を作る煙がたなびいていおり、整地された飛行場には銀色の機体が朝日に照らされて鈍く光を跳ね返している。ラウンデルは赤い星に八一、モンゴル共和国のものではなかった。


『同志!同志超濠大姉!どこにいらっしゃいます!』

『はぁい、ここですよ~』


 どこから仕入れたのか、かまどに仕掛けた銅鍋で超濠中校はシチーを煮込んでいる。操縦服の上をはだけて、肌着にエプロンで調理をしている。中校という階級の人がやる事ではないが、これで部隊のみな、いや、同じ基地にいる他の部隊の連中の胃袋をも掴んで結束を固めているとも言っていいぐらい上手いのがあれだ。そして階級で呼ばせてもらえないのがなんとも。平等ですからねぇ~、と、共産党にしたって一昔前の話をされるのが玉に瑕と言ったところだろうか。

 あまりにも虎の子のSu-27部隊を任されたことで出撃を控えさせられているストレスからとも言われているが、本当にそうかもしれない。今我々がここに居るのは攻勢が失敗した後に来るであろうカウンターストライクを避けるためとはいえ、ろくな出撃も出来ず同じ共産圏のモンゴルの飛行場に避退してきたのだから。同様に消耗しつくしたきらいのある戦闘攻撃機部隊も翼を並べている



『もうすぐできますからねぇ~』



 確かにそうなのだろう、鍋からはかぐわしい香りが漂っている。一瞬意識をそちらの方に持っていかれかけたが、思いとどまる


『大姉!そんなことより電話です!電話がありました!』

『そ、そんなことなんてひどいです~、て、電話?』


 あちらがわの大規模空襲の前触れか、無線がジャミングでおぼつかなくなっている。もともと自分たちの国内電話線はこれまでの空襲で寸断されて中々繋がらない事が常だったし、なにより、モンゴル国内に避退するにしてもそういう指示があったのは我々のような虎の子の一部だけで、そしてどこにというのは命令が出た時点でも確定していなかった。最悪の場合、モンゴル自体に一度接収されるくらいの覚悟すらあった。一体どこからそんな電話が。だが、そんな事よりその中身だ



『国際電話で直接。情報提供です!』



 と、聴き取った内容をクリップボードに書いたものを手渡す。中身はよく分からない。位置、方位、通信回線のコードのようなもの。そして、その情報に追加しての飛行チャートと時刻。火を落としながら超濠大姉はクリップボードに目を通す


『うーん・・・困りましたねぇ』

『場所自体は上海沖合、日帝の船の情報でしょうか』


 問題は何故こんな情報が流れてきたのか、そして途中で追加されたと思しき飛行チャート。何か行動を起こすことを期待されている。飛行チャートの方に示された時刻にはそれほど時間はない。もしかしたら大姉なら何か意味がとれるかもしれないが


『すいませんが、みなさんを集めてください。大切なお話があります。あ、ここにたどり着いた他の部隊の皆さんもです』

『ど、どういう事なんです?同志』


 話が急に前に進んだので慌てる。つまりこれは・・・!


『みなさんに悪役ヒールになってもらわなければいけないみたいなんです。それでも、私たちが欲しいもの、手に入れたいじゃないですか』


 そう言って穏やかに笑う。撃破された一大攻勢、そして行われた阻止攻撃としての反応弾の一斉投射。そのどちらにも私達はほぼ関与できないまま此処に流れ着いた。こんなのとても平等の精神に反するじゃないですか。そう大姉の顔には出ていた


『すぐに呼んできます!』

『お願いしますね~、あと、シチーのふるまいもしますのでご飯も一緒にしますから、食器を持ってくるのを伝えるのも忘れないでくださ~い』



 そして伝えられる出撃の内容。その内容は確かに悪役ヒールと言われても仕方ないようなものであった。しかし、通常攻撃でなお一矢報いたい、そう願う皆の中にためらいの吐息を漏らすものは無かった。この大姉の為ならば身をとしても構わない。誰もがそう思っていた



『さぁ、今日は思いっきり全力で飛びましょう』



 自機のSu-27の前で、飛び立っていく戦闘攻撃機隊のタキシングにたなびく髪をまとめ上げながら、大姉は笑う。今我々は解き放たれたのだ


『総員搭乗!』

『忠誠!忠誠!忠誠!』


 整列していた我々もまた、自機に駆け寄る。暁の出撃、目指すは日帝海軍の旗の元にある。太陽を目指す我々は果たしてイカロスか、その真価を示すときが来たのだ



30分後、済州島沖 陸軍航空隊AWACS《雲雀(ひばり



 急遽の一斉出撃にあたって、ちょうど空にあったのは陸軍航空隊のAWACSであった。そも、一大攻勢に対する逆撃の為の航空支援(CAS)をする予定であったから当然といえば当然であるが、反応弾の投射に伴い、大陸配置の予備兵力を全部投入・・・(下手に残していて反応弾で消し飛んでは意味がない為)その規模が一気に拡大したのと、奥地への侵入攻撃まで行う事となったが為に大陸沿岸に高度を上げながら近付いていた。理由は機載レーダーの覆域を広げるためである。当然、その覆域が拾うクラッターもまた増大するため、それを処理する事にオペレーターたちは追われていた


『うにゃあ~!朝になったんで朝鮮便、満州便が増えたよ生野、いっそ北部は全部切っちゃう?』


 北側をワイドで走査しているタコ(タクティカル・コーディネーターの略)が奇声をあげる。実施されていたのが地域紛争のレベルであるわけだから、当然のこと、一般航空便は普通に飛ぶ。そうなればやはり空からの反応は増える。北部の空域は基本的に戦闘空域にはなっていない。あちらはあちらで防空網があるし、切ってしまうのも手か


『そうですね、集中した方が良いかも知れませんね』


 タコ長である生野と呼ばれた少佐が、落ち気味だった眼鏡を指で持ち上げながら答える。しかし、先ほどの話をしたタコが目を画面に戻すと、怪訝な顔をする。


『どうしました?』

『いやぁ、クラッターかなぁと思ったんですけどねぇ、これ・・・なんでしょうねぇ。あはは・・・8つ、いや、もっと、なにこれ・・・!』


 近くには大連から済州島への民間大型機、そうか、その影に機体を入れれば・・・!しかし、影に入るにしても一体何処から、いや、そんなことより・・・!


『距離は!?』

『80km切ってる!』


 AWACSはその性質上、電波を出し続けている。一番目が見えるが、一番目立つ存在であるという事だ、そしてこの距離は・・・!


<<待兼!爾後適宜に北方からの烏を迎撃!本機はこれより回避機動を行う!>>

<<う”ぇ”!?>>


『南坂機長!高度を下げてください!全員シートベルトを確認しろ!』



 護衛機のコールサインである待兼に呼びかけたあと、機長に叫ぶ。あの距離であれば、おそらくもう対レーダーミサイルを撃たれている。一秒の余裕もない


『降下します。しっかり掴まっていてください』



 機長の南坂がいつもと変わらない口調で復唱するのと同時に機体が一気に傾き、固定していない物品が一気に浮き上がる。自分は立っていた為、まだ座れていなかった生野もなんとか機材に掴まる。


『機長、電探を切ってください!いくらか欺けるはずです!』


 こちらが発するレーダー波を感知して飛んでくるそれだ。切った時点で探査方法を変えてくるだろうけれど、見失なう可能性がある


『いえ、このまま行きます』

『なっ!?』


 この鈍重な機体では!と、叫ぶ前に更に降下角度が深くなる。過負荷がかかり、機体からは悲鳴のような軋みと振動が伝わる


『うにゃあああああああ!!これじゃ、ミサイルが命中する前に空中分解じゃん!生野!はやく席に!』

『機長!一体何を!?』



 コンソール側の悲鳴に機長は答えない。そしてかけられた高Gに、既存機体に対し後から付けられた物からその限界が来た。レドームである



バリバリバリバリィ!バガンッ!



『ウワァアアアアッ!!』

『キャアアアアッ!!!』



 そして一拍遅れてレドームを支えていた天井が剥がれ、与圧されていた空気が吸い出される。座り切れていなかった生野少佐の身体が浮き上がる



ドォン・・・ 



 遠く後方から爆発音。そうか、トカゲの尻尾切りよろしく機長はレドームを囮にするつもりだったのか。吸い出される空気に持っていかれないように掴まった機材を強く握りしめるが、まずい、もう、保たない・・・!



『まもなく高度3000、体勢を持ち直して更に高度を下げます。なんとか持ち堪えてください』



 薄い酸素に意識を持っていかれそうになりつつも、確かに吸い出される空気の流れが徐々に弱くなり、足がつくようになったのが分かる。機材はレドームが無くなったのでほぼブラックアウトしてしまっている。これでは管制も出来ない。待兼の2機は上手くやっただろうか。いや、本来であればもっと全体的な事、あの敵編隊はいったい何を目的として飛んできたのか。勿論、AWACSは高価値目標であるがそれを潰すのはその先があるからだ



陸軍航空隊 待兼隊



<<生野!生野!応答して!>>



 護衛機を差し置いて、鈍重な機体を戦闘機がするような角度で急降下していったAWACSからの返答はない。高度を下げなかったのは烏の存在を生野が告げていたからだ。烏が居るのに護衛機を追っかけていくのは自機のレーダー範囲も位置エネルギーも失う自殺行為でしかない


<<待単!カラスを見つけた!いっぱいいる!>>


 今週は雲雀に乗っていた生野少佐の名前から、生野山や待兼山など万葉集にかかる山の名前をコールサインに付けていたのだが、編隊内ではそれに単・複・参・肆と順に番号を付けていた。


<<ター坊!こっち来そう!?>>


 とは言え、編隊内でいじられ役の三番機は割と精神年齢が子供なのでター坊と呼ばれていた。待複と待肆はあちらがAWACS向けに連射したらしい対レーダーミサイルに引っかかって回避行動をとったので、エネルギーを取り戻してから遅れてやってくるだろう


<<待単!二手に分かれて一つはこっち向かってくる!>>

<<迎撃するよ!なんとか向かってくるのを突破して、別れたほうを落とさなきゃ!>>


 二手に分かれて行くとするなら、それが相手の目的とする部隊だろう、それを阻止にかかる一番手はこの編隊となるだろうから、それを抑えにかかっているわけだ。先行のミサイル攻撃でこっちは一時的に数も減っている


<<逃がさないぞ!生野の仇だー!待単よろしく!エンゲェェェェジ!>>

<<う”ぇ”!?ちょっと待って!ター坊!>>


 護衛任務で滞留時間が長い故に搭載していたコンフォーマルタンクを投棄し、遮二無二に全速全開で機体を加速させ突っ込み始める三番機。何時もの手だ、その上で自分を敵に追わせた後、背後から僚機が差す。しかしだね、今は私達二機だけだよ!?そもそもの機数がたりてない。あれだよ?君を敵が追わなかった場合、私1人で向かってくる全部を相手にしろって?ああもう、迷ってる暇もない。せめてこちらも数を減らさなきゃ


<<続行する。エンゲージ、ロック。さっさと逃げなー!A・A・M!A・A・M!>>


 こちらもタンクを投棄し、いささか射程としては撃つのには遠めながら、逃げをうった3番機を巻き込まぬようにコールを行う。もう!どうなっても知らないんだから!




脊振医務室



『はぁ~い、これでオッケー、あんし~ん。一応ヨード剤もちゃんと飲んでね』


 閃光に意識を失った私が、気が付けば医務室のベッドの上とは、なんたる不覚


『安心沢軍医長、視覚も戻っているならば職務に復帰したいのだが』

『だぁからさっきも言ったでしょう?確かにそうでもデリケートな状態になってるんだから頻繁に立ち眩みを引き起こす可能性があるって。絶対安静!かんちょーからも言われてるんだからおとなしくしててちょーだい!』


 割と奇人変人(たわけ)が集っているこの背振の中でも飛びぬけて変人の軍医長であるが、言っていることは正しいのでしぶしぶベッドで渡された水とともにヨウ素剤を喉奥に流し込む。その上で横になろうと思えど、なかなか寝れるものでも無い


『とりあえずかんちょーは(おか)に寄って医療支援を行うのは無いみたいよ』


 こちらの意識が無いうちにヨード剤の在庫についても艦長は確認に来ていたらしい。くっ、そんな事は率先して私が調べて報告すべき事なのに


『他には何か言っていなかったか?あるいは艦内の事でも良い』

『あらーん・・・(かんちょーは貴女を心配して見にきたって事わかってなさそうねぇ)』


 ため息を吐く、これは手強そうだ。どちらに関しても


『私は安静といったわよん?医務に関しては副長さんといえど従ってもらうわん。まぁ、そんなに外部が気になるならテレビでも聴いてたら?』

『ぐっ・・・情けない』


 ポチッとな、と小さいモニターの付いたテレビを点けてやる。民放の電波が届くときは食堂などでもつけられている。ラジオの方を好んで聴く兵も多いので嗜好は五分五分といったところかしらん。一応外電傍受の名目で衛星テレビの受信アンテナもあり、医務室のテレビはそれだった。メンタルケア上、故郷の映像と音声が流す事が可能というのが重要だからという言い訳もあった。という事もあって、チャンネルは日本の公共放送であったわけだが、あまり見ない顔が映っていた


<<えー、沖縄県知事と致しましては早朝の惨事につきまして中華民国国民の皆様に深い哀悼の意を捧げるとともに、今回、情報発信の場を些か強引なことを自覚しながらも、設けさせていただいた次第であります>>



 ・・・何故こんな放送を沖縄県が。一都ニ道三府四十三都道府県のなかでもかなり経済的に不味いところというイメージが強い。どうしても南海道や南洋府に観光業を取られがちで、かつ、人口、第一次産業を行うにも耕地面積でどこにも及ばず、鳴かず飛ばずと言ったところか。海軍基地として我々第三艦隊の基地を那覇に置く話もあったのだが、元々海軍は奄美大島を泊地として利用していた関係もあり、その計画は頓挫していた覚えがある


<<我が沖縄県としては、中華民国が喫緊の事態に陥った際にかの政府の臨時政府の樹立、及びもっとも近い自治体として難民の受け入れを開始する事を事前に協議しており、これに従って支援の開始を宣言致します>>



 待て待て待て、外交は国家の専権だぞ、それを一地方自治体の長が勝手に。一体どういう事だ。それに事前に協議だと?しかもそれを衛星放送という国際的な放送で流すだなんて


<<然るに、中華民国国内から脱出される方の受け入れを那覇空港及び那覇港を含む、これから読み上げます沖縄本島の各港で明日より実施いたします。なお、混乱が予想されますので、第一陣として受入期間を設け、整理がつき次第第二陣、第三陣と分割しながらの実施となるのもご了承ください>>


『・・・手際が良過ぎる』


 港の読み上げに移った放送から意識を逸らす。昨日まで状況がこんな事になるとは誰も思っていなかった。臨時政府の立ち上げなんかは、万が一の想定で考慮していた可能性はあるが、それをぶち上げる事でどう言った事になるか。考えろ・・・


『まさか』


 たどり着いた一つの推論に空溝は顔を歪ませる。当然の事ながら、外務省がそういう話を進めるなら候補地をいくらか選定していたはずだ。であるなら候補地は沖縄を含んで南海道、台湾島がもっとも有力な候補であった筈。そこを抑え込んだ上で、受入期間を設けるとしたのは、この段階に到ってすぐ大陸から動ける層を優先して受け入れる為ではなかろうか。

 そして、空路は地上攻撃の為にも早晩大陸発の航空便は封鎖されるに違いない。動けるのは殆ど一部の富裕層に絞られる。海路で動ける市民なぞごく一部だ。あちらの政府が本当に移転して来るつもりなら、おそらくすぐに移送可能な高価値物品を動かしてくるだろう、例えば外貨準備k



ポーンポーンポーン



 唐突な警報音が空溝の思考を遮った。そして対空戦闘用意のラッパが鳴り響く。馬鹿な、一体どこから・・・いや、こうしてはいられない!


『軍医長!』

『駄目です』


 即答か!対空戦闘は展開が早い、一刻の猶予もないというのに艦長の元へ馳せ参じる事も出来ないのか・・・!焦燥が無駄を知りつつも軍医長の肩を掴み、感情を口走らせる



『私を・・・今すぐここから出せーッ!』

次回、灰被りの尾栗

爆逃げの心臓部

ぴすぴーす!このつまんねぇ世界、この黄金船様が面白くしてやんよ!

の、3本立てで続く、のか?


   

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