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灼熱のプレリュードはかく幕を下ろす

バルパライソ沖合、USS<<ブエナビスタ>>



『アルゼンチン艦隊反転、日本艦隊も速度変わらず北上中央。機関に関わる損害はなかった模様』



 その報告を受けて、パナマ防備戦隊の1艦であるブエナビスタの艦長は胸を撫で下ろした。海戦実況は砲戦終了と降灰の激化を受けてすでに終了していた。事態は終息しつつある。あとは日本艦隊が効果があるかは別として火山への砲撃を行えば終わる話だった



『これで貸しは無しね』

『と、言いますと?』


 今回、日本艦隊の動きは常に把握されていた。無論、見られることは相手も承知の上だが、実戦で動かしているのを直接観測できる機会を逃すつもりは米国としてなかった。そしてその観測内容は十分に価値のあるものだった


『IJNの連中は十分、我が海軍と戦えるという事よ』



 私たちが導入し始めているCEC(共同交戦能力)に近い能力を観測した。という事は航空戦に於いて対空能力が劇的に上がるという事で、もし交戦状態に陥れば相当の損害が出るという事である。彼らが運用している砕風イエロートムキャットとその戦闘機空母ファイターキャリアドクトリンが合わさればなおの事、こちらの攻撃力は空母の数の差があってもどこまでその能力を発揮できるか。

 そこに加えて、わが国では冷や飯くらいの水上砲戦能力が高い艦艇らの運用能力、核兵器の全面的な運用を前提としないならばという条件はつくが、ASMに対する防御力と防空火力の持久の為に維持しているとした戦艦バトルワゴンが相当に戦力として見えてくる

 フランス海軍をかんがえなくとも彼我の戦力差はこれで大いに縮まる、さらに英国とて20in砲艦を4隻、イタリアに2隻の18in砲艦が控えている、日本ほどではないにしても空母戦力とて侮れぬ、現代戦力の復興(リカバリー)の難しさ・・・どの艦種も大型化してきている以上、そうそう増備など出来はしない。人間もそうだ。互いの身の破滅が見えている戦いとなる



『対日強硬論を進めている連中には悪夢でしょうけどね』



 この時点で彼女は知らなかったが、新型艦戦のテストで日本側の艦載機に捕捉され追い回された事件もあって、強硬派の方は恐慌パニックに近い状況になるが、全面的な避戦に舵を取ることになる・・・少なくとも10年、改修を受けたF-35Cの配備が進むことと、戦艦とも戦える水上砲戦艦艇・・・CGNとしてズムウォルト級の配備が進むまでは



『戦うべきならば戦う。けれどもこのままでは共倒れよ、だから貸し借り無し』



 利益を得る算段も付けた。アルゼンチンにしろ、この戦闘結果はもっと世代の若い戦闘艦艇や機材を入手しなければという機運は高まる。それを提供できるのは我が国だ。そうなれば米州機構軍の能力も引きあがる。火山の情報をいち早く手に入れることが出来たからこそ動く事が出来た話だが、それからすればチリ陸軍の手持ち金である銅の1%、自分たちの財布でないところから出るものなど苦にもならない



『ただ、極北の歯の抜けたライオン(A toothless lion)はどうなるか・・・』



 その視線は遠く西の方へ向けられるばかりであった



プエルトモント沖、<<足柄>>



『<<脊振>>砲撃始めます』

『ほうか』


 十文字はCICの艦長席に頬杖を突きながらそう答えた。あとは<<脊振>>の仕事があるだけだ、<<足柄>>の出番はもうない



『艦長!負傷していた二曹、意識を取り戻しました!』

『そうか!』


 立ち上がるようにして十文字は喜色を浮かべる。海戦終盤に敵弾は後部砲を貫通、装甲の無いそれを破壊して破片をまき散らしながら海へと落ちた。さらにはもう一弾、これは舷側装甲帯に命中するも貫通せず、弾かれた。その際に破片で頸動脈を切られた兵が負傷者の中でも最大だったが、一命を取り留めたのだ。これで重篤な負傷者もなく、死者を出さずになんとか海戦を終えれそうだった



『動けるように応急措置を終えたらヘリを要請する、<<大瀬崎>>の方に搬送してもらうで』



 大型補給艦である<<大瀬崎>>には病院施設がある。そこでの治療を行えばもっと予後は良くなるだろう。一番の懸念材料が消失したわけだが、この<<足柄>>には独自のヘリが無い。その点だけはもどかしい話だった



『<<脊振>>側からのデータ、山体が・・・膨らんでいきます!』

『艦を立てるで!CIC操舵、面舵一杯!艦橋含め、暴露位置にあるものは艦内に退避!』



 いよいよ破局的噴火がはじまるのだ、<<脊振>>を除く全艦が同様の措置をとる。<<脊振>>は未だに射弾を撃ち込み続けている。十文字にはまるで傲慢に見えた



『けっ、千両役者かいな。今回は譲ってやらぁ』



 砲戦は、勝てるつもりだったが危うい所だった。負けるつもりは一切なかったが、もっとアルゼンチン海軍側が持久した場合、少なくとも死者無しでは終わらなかったであろう。それはつまり、全世界の砲戦型艦艇への引導を渡しそびれたという事だ



ゴォッ



 艦を立てたものの、なお1万tの船体を揺るがす衝撃波が船体を揺るがす。剣呑剣呑


『損害報告!ガス検知を怠るなや!離脱するで』



 火山性ガスの状況に気を使いつつ、被害を集計させる。が、CICでもモニター画面に欠損はない。概ね問題はなかろうとあてをつける



『<<脊振>>から連絡です』

『かまへん、読め』



 損害確認が終わったあたりで旗艦から連絡が飛んでくる



『現刻をもってJTF-31はチリ震災支援任務を終了し、イースター島、トラック島経由で佐世保に帰投する。本艦に単縦陣で続行せよ、以上です』



 任務の終わり、その報せに歓声をあげるものは居なかった。やることはやった、評価はあとの人間がやるだろう。安堵の方がより大きかったのだ



パン!



 脱力感ともいうべき沈黙に対して、十文字は柏手を打った。まだだ、まだ航海は続く。ホームスピードとはなるが、そこには危険が無いわけではない



『ほな帰るで。帰るまで気を抜かんと、事故の元や』




3日後、イースター島沖<<脊振>>



 イースター島沖合で艦隊は給油を行い、再び日本へ向けて航行を開始した。しばらくは島も無いので、艦長の空溝は詰めていたCICや艦橋から離れ、しばらくぶりに自室へと戻っていた。疲労から来る眠気が目蓋を重くしていたが、気を張っている際の脳内物質のせいもあってかなかなか寝付けずにいた。副長の藤が気を回してか、回って来ていない書類がいくらか見受けられる。あとで尻を叩いて、それから礼を言わねばな、とため息をつく。

 自分は幸運だったと思わねばならない。疾病等に対する病死人は部隊全体ではあったものの、二度の海空戦を経て死者がないのは望外だった。それだけでも肩の荷の降りたような気持ちだった。最後の火山からの衝撃も、攻撃の手段を砲撃に依るこの艦にとっては大した問題にならなかった。対衝撃の姿勢が甘かった数名が打撲程度で済んだ



『艦長、私だ。少し良いだろうか』

『どうぞ』



 軽いノックの後、深堀司令の声に応える。ただ少しは気が抜けていたのだろう。衣服が乱れていたのか深堀の目が丸くなっているが、すぐに気を取り直し


『睡眠前にすまない。邪魔をしたかな』

『いえ、お気遣いありがとうございます』



 先任の艦長は彼だ。彼には彼の仕事があるだろうに、気にして来訪してくれたのだ。手にはナイトキャップが握られている



『大きな作戦の後では、気が昂って眠れない事もある。前任者としてのささやかなアドバイスのつもりだったが』



 不要だったかな、と肩を竦める深堀に苦笑を返す。彼ならこれを言いそうだ、と続けてこう返す



艦長(キャップ)には、これがナイト。ですか?』

『まいったな、そこまで言われると私の立つ瀬がない』



 下手くそな駄洒落を言い当てられて頬を掻いている。そんな彼が面白くてつい、笑ってしまう。相好を崩したことで、場が和んだ



『寝物語、とはいきませんが周辺状況を教えていただけませんか』

『お安い御用だ。さて、ああ、今回独立を言い出したマプチェ族だが、自治州としてチリ内に収まるようだ。アルゼンチンの直接的な支援が止まった以上、自治独立を継続出来るならしてみろと言った所かな。少なくとも民族浄化(エスニッククレンジング)には至らなくて済むようだ。もうこうなると彼ら自体の資質の問題になる』



 その言葉に少しだけ胸を撫でおろす。彼らにとっても火山までは想定の埒外だったはずだ、我々がかかわった事で計画も狂ったに違いないが、それで最悪の結果へと繋がらなかったのは本当に良かった



『統合任務部隊が解散された場合、貴方はどうなるのです?復職ですか』

『そこは宮様がどう考えてるかって所だろうな』



 統合任務部隊は臨時編成でその指揮官も臨時だが、艦内の編制を整えた以上また戻すというのもそれなりに手間であった。それからすると深堀がどこかのポストに栄転して艦を去るという流れになるだろうか



『宮様自体は今回の件で面白い相手が出来たと、なにやらご執心のようだがな』

『宮様は前線より、どちらかというと軍政の方が向いてらっしゃると言いますか、それでも前線から遠い所には居たくないと思ってらっしゃるというか複雑な方ですよね』



 あれこれ振り回す癖があるので、困った御人ではあるのだが・・・栄転。第3艦隊内なら会う機会もあるだろうが、他の艦隊となるとそうもいかなくなるだろう。帝國海軍はその主力たる第1、第2艦隊に成績優良者、そして第3艦隊や他の艦隊での勤務優良者からの異動によって整え、アグレッサーとなる事で他の艦隊を練成するという形を整えている。その面からも艦隊外、あるいは海軍省の赤レンガ勤めともなればそうもいかない



『・・・いよいよとなりますと、寂しくなりますね』

『孤影悄然、とまで言うと失礼になってしまうが、君は良くしてくれたからね』



 そんな事は、と謙遜する。深堀は深堀で良い艦長であったと思うからだ。パートナーとすら言ってよかったのかもしれない


『どうかな艦長、残務整理が終わってからになるだろうが・・・じっk』

『艦長すまない、深堀司令は居るだろうか?』



 何かを言いかけた深堀の背後から尾栗参謀の声が聞こえる。なんと言うタイミングか、と目を見開いた深堀に苦笑しながら肯く



『ああ、在室中だ。どうした』

『艦長にも聞いてもらいたい。入室しても』



 どうぞ、と促すと紙を手に尾栗が入室してくる。顔色がそこまで変わるような人物ではないが、額に汗を浮かべている。何かがあったのだ


『すまない。タス通信からの初報でワルシャワ、キエフ、そしてイルクーツクで武力衝突の話が出たんだ。後追いでロイターやAFP通信も出したからおそらく確定だ』

『これは・・・』


 とんでもない事だ、つまりそれが意味する事は。深堀と見つめあって肯く



『ソ連は崩壊する。な』

『本土は恐らく、全艦出航でしょうね』



 そこから大海令、出師準備という流れになるだろうか。これは以前なら出航前に行われる流れではあるが、戦争の近代化により先に出航せねばそのまま港で核被爆する事になりかねない状況から、各艦隊司令部、または鎮守府長官の命で出航は出来るように法整備されたものだ



『そこから規定通りに』



 第1艦隊と第2艦隊は本土から距離をとり、我々第3艦隊はソ連太平洋艦隊への対応を行う。初期対応の艦隊の任とはそれだ


『やれやれ、どうやらもう少しだけ一緒のようだな、艦長』

『そのようですね』



 これから激動の時代が始まる。その予感を感じつつ<<脊振>>は本土へと進み続ける。まだその序曲(プレリュード)は終わったばかりなのだ

感想ご意見等お待ちしております。

今回で<<脊振>>を中心としたストーリーラインは一旦終結となります

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― 新着の感想 ―
まずは祝、完結。楽しい作品をありがとうございました。 >強硬派 この世界の日米の対立っていうとやはり満州及び民国の市場開放関連なんでしょうかね? >米州機構軍 しれっと米州機構が統一軍作ってる…史実…
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