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グアンブリン島沖海戦・4

チリ、グアンブリン島沖<<脊振>>CIC



『艦長、入室します!』



 ミサイル戦闘が終わってすぐ、艦長の空溝は当然の如くCICへとその姿を現した。ミサイル兵装を欠く<<脊振>>にとってそれは当然の事であったが、ここからが本番である事を要員たちに印象付けた。なにより



『よし、<<親潮>>を前進部隊へ戻すぞ。合流次第<<足柄>>の十文字艦長へと繋げ』



 青白く照らされるCICの中で、彼女がいつの間にかあつらえた赤いアイラインが目立っている。以前


『なるほどなるほど、隈取りとはさしずめ<<脊振>>は千両役者という訳だ、艦長!』


 と、当人には悪気はないのだろうが、余計な言葉が多い阿久根が思いっきりたわけ!の怒声と共にゲンコツを頭に喰らっていたが、言い得て妙としか言いようがない。自然と場の空気が締まる



<<おう、いよいよどつき合いやな空溝艦長。お手並み拝見といこか>>



 繋がった回線から、十文字の張りのある声が聞こえて来る。艦長としての先任はあちらだから遠慮もない。深堀の腰巾着というイメージもあるだろう



『立て付け的にはこのように進めようかと。今、データを送ります』



 それを意に介する事なく、空溝はコンソールを動かし、事前に用意していたのであろう艦隊行動の予定図を送る。中身とは言えば典型的な同航戦と言える


挿絵(By みてみん)



<<手堅いっちゅうか、盤石っつーか、面白うはないがこんなもんやな>>


 十文字は一瞥してそう評価する。ツッコミどころがないとはそういうものだ。これまで積み上げてきたものがこれを保証している。アルゼンチン海軍側も電探性能の差を認識するのであれば、島陰を背にして接敵したいし、それが有効である事も間違いないのでなおこの形に近付くであろう


『しかしそれでも不安材料は残ります。少なくとも砲戦型の巡洋艦と本邦の防空巡が実際に砲戦を行うなど前代未聞です。同種の(フネ)として我々が撃ち合うのはある程度予測がつくにしろ』


 しかし、その不安材料があるからこそアルゼンチン海軍はこの場に現れたとも言える。判らない、なら自分達にも勝ち目はある。そこに希望を得たわけだ



<<新式巡、といってもその中の最古参に近いやっちゃけどな。まぁあれや、舐めてもろうたら困る>>



 そう言って十文字がパタパタと手元のコンソールを弄る音が漏れ聞こえて来る。示しだされたのは<<プレイエドン>>のカタログデータだ。それに計算式が載せられている


<<まあ、あちらさんとしてはこんなもんやろ>>


 彼女プレイエドンの8in砲はカタログスペックとして10発/分の射撃能力を持つとしても、それが生きるのは地上の固定目標相手や、とにかくその空域に弾を送り込むことに専念すべき対空射撃で、移動する洋上目標に命中させるとなると距離の次第ではあるが修正が必要となる。そしてその修正というのは自分が撃った弾が落着してからに他ならない。

 つまり、砲初速からおおまか1万5千~2万の距離を飛翔する砲弾が落着するのが25秒ほどかかるとしてそこから修正、再びの射撃となるわけで、修正に15秒かかるとすれば、全砲門使えるとして9発/40sが彼女の射撃速度となる。その修正が必要なくなるような状態になればいいが、現代砲戦は対砲レーダーの進歩の為そうもいかないのが現実だ。いかに相手の足を止めるダメージ、喫水線下への浸水、あるいは延焼を防がなければならないほどの火災が発生するかをいち早く加える事に尽きる


<<あちらさん、どうやってもこっちに一撃を入れればええ。耐久力しょうぶこんじょうについては絶対に負けんと思うとるやろ。じっくりと噛みついてやろうと狙ろうてくるはずや>>


『どうするんです?』


 一方の<<足柄>>は砲の門数だけでいえば2門しかない


<<同じようなやり方しとうたらやられるだけや、なら電探盲従射撃で弾数を稼ぐしかなかろうや>>



 電探盲従射撃、通常の射撃であれば電探のみならず光学、赤外線など複数の観測したデータを元に射撃を行うが、この場合は継続して水柱など弾着に伴う修正データを無視し、観測している電探にのみ連動させて射撃を行うというものだ。当然、観測データの多寡からいくら電探の優劣があろうと命中率的には通常の射撃より劣る。その代わり弾着まで弾を待つ必要もないわけだから、移動に伴う修正こそ必要になるため、四六式の場合、砲弾ラックが4発であるからその射耗する15秒と電探による砲門の修正を5秒程度とすれば4発/20sの性能を発揮できる。<<足柄>>はこれを2門装備できているので、8発/20s。2分間の投射弾数比は27:48、砲戦型重巡の最掉尾にして最優秀とされる旧デモイン級に対抗するにはこれしかなかろう。という話だ


『となると、相手は弾着を短くして来るとは思いますが』


 当然ながら、弾着までにかかる時間が少なくなるので、接近は相手にとって砲撃回数を増やすことにつながる。こうなってくると本当に乱打戦だ



<<それでも1万5千は切らん。2万からそこらを砲戦距離として選ぶ。それはそっちも想定済みやろ?ならさっきの図の同航戦ではなく、最初から相手はイの字の形にしてくるはずや>>

『それはまあ』



 近接してくれば、我が方は対空ミサイルを対艦用途で投入することが出来る。その用途が出来るのがおおよそ1万5千のあたりから。威力は5in砲1発とほぼ同程度、弾速としては通常の砲弾よりも速い場合あるが、それが威力に資するからまた別である(貫通してしまう可能性も高い。本来用途ではないのだ)そして巡洋艦相手となると結局は5in砲弾程度である。そこまでは相手もカタログスペック的に知悉している事であるので、寄ってこない。まあ、接近して来ない要因はそちらより


『本艦の副砲で打ち据えられる事は避ける。そうですね』


 <<脊振>>は近接防御火力として片舷に8門の5in高角砲が装備してある。これの射程に入るわけだから、相対する火力が一気に増大する羽目になる。ほぼほぼ確実に命中するだろう対空ミサイルに加える形でそれとなれば、あまりその先の展望が良いとは思えない


<<せや、タイマンが一番ええ。叩き合いや>>


 正々堂々撃ち破ったろやないかい、と小身に胸を張る十文字が見えるような回答だった


『ヴェテランの腕前、拝見させていただきますよ。私からは以上です』

<<おう。そっちも大番狂わせなんかさせるんじゃないで。通信終わり>>


 空溝は特にこれ以上こちらからあれこれ口を出す必要を認めなかったので、通話を終わらせる。モニターには<<脊振>>の護衛から離れて、<<足柄>>らの隊列に続く<<親潮>>の輝点が映し出されている


『・・・』


 不意に綾部船務長と目が合うが、ふいっと目を逸らす。会話の様子を見ていたようだが


『おい船務長。意見があるなら言え。沈黙は金、雄弁は銀とは言うが、言うほど私は完璧であると思っては居ないぞ』

『はい。いえ・・・有意な差があるとは思えないのです。どちらにしろ係数次第としか言いようがないのですが』


 実際に数字を入れてみればわかる。艦砲射撃の命中率として彼我を較べて1%に対して劣後する我を0.5%なりで入れてみると10分の投射数が135:240で1.35:1.2という数字になる訳だから有意な差があるわけではないのではなかろうか


『かつ、我々の8in砲弾は125㎏であちらは約150㎏と2割ほど重量弾である事も加味するのならば、落ちる星が穿つのは・・・』

『その懸念は正しいぞ、船務長』


 空溝は首肯する。とても余裕の持てる状態ではないと言うのは自明ではないだろうか。そう綾部は言いたいのだ。ただ、それはこれまで通りの砲戦ならば、という前提が付く。そこで空溝は気付いた


『そうか。貴様のキャリアは確か、大型艦は本艦が初めてだったな』

『はい』


 面白おかしそうに口を出したがりそうな阿久根をあっちに行け、と手でシッシッと追い払って空溝は綾部に向き直る



『砲術は算術の芸術だと言う言葉がある。さらに、命中はその奇跡だともな』



 大砲は戦場での女神というのはソ連の方での言葉だっただろうか。勝利の女神のキスこそが命中とも言い換えられるだろう



『我々はその奇跡を不意に出来るのだ。船務長』

『それはどういう・・・』



 十全な解析度の高い最新の対空レーダーと対砲レーダーの組み合わせは、発射したその弾体をほぼ即座に察知できる(そもそもが地上での自走砲や野戦砲陣地にカウンターを与えるための電探であるので当然の話ではある)その上で、風などの乱数での揺れこそあるが弾着地点も予測がつく。つまり、見てから回避が出来るのだ



『当然、それは行き脚が残っている場合に限るがな』



 転舵するわけだから当然の帰結として速度は低下する。その分落下地点から避けれる能力が低下するわけだから多用は効かない。だが、確率論の奇跡を不意に出来る能力は命中率の多寡を軽減するには十分すぎる。そこが下がるならばあとは投射弾数の違いがダイレクトに響いてくるだろう


『ましてや、船務長でも対砲レーダーは扱いが砲雷長のものだ、職務上の関りがなければ知りようもあるまい。存在は知っていてもな』

『わかりました』



 そういって綾部は引き下がる。心のどこかに、そう上手くいくのだろうかと引っかかるものはまだ消えてはいない。しかし、彼女には彼女としての責務がまだまだ残っていた。接敵は近い


『アルゼンチン艦隊、交戦開始距離まであと30分を切りました!』

『やれやれ、戦闘配食も間に合わないかねぇ』


 昼の間も防空戦闘なりで戦闘配置についたままだ、阿久根のぼやきもそれなりに理がある。昼の食事は既に採ってはいるだろうが、間食のタイミングを逃したという所だろうか


『そう急くな、そろそろ来るはずだ』

『おや?』


 実の所、上陸していた班に頼んでいたものの一つだ。合戦となれば<<これ>>と言うにはリクエストが少々凝り過ぎているのかもしれないが。連絡があった際には頬が綻んだものだ。そう間を置かず、香ばしい香りが扉を開けた水兵の盆から溢れてくる


『揚げ栗だ。どうもチリは栗の産地でもあるらしくてな。手づかみでそれぞれ食べると良い』

『フゥん、勝ち栗というわけだねぇ。鮑や昆布というわけにもいかないだろうし、良いセンスじゃないか』


 ホフホフと揚げたての栗を皆で頬張る。現地で金を使うという意向も汲んで、深堀司令らも喜んでくれただろうか。それに揚げる事で意気を揚げ、勝つという縁起にそったものだ



『・・・勝つぞ、我々は兎にも角にも日本海軍の代表として今ここに居るのだからな』



 全力を以て相手を叩き潰す。それが全てを賭してかかってきた相手に対する礼儀だからだ。頼れるものにはなんでも頼る。恥をかくわけにはいかないのだ、海軍大国として名を馳せる我々が


(ヴィクター)1交戦距離まで進出!』

『よろしい。目標(ヴィクター)1、一斉撃ち方、撃ち方はじめ』


 <<脊振>>を支配する女帝は掲げた手を前へ振り下ろした



『テェ!!!』



 確率論の女神は、果たして一体どちらに微笑むのか。その全ては鉄量のみによって示されるのか。新時代の水上砲戦を告げる号砲は今、撃ち鳴らされた

感想等お待ちしております

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― 新着の感想 ―
[良い点] まさか、23年中に新しい話が読めるとは思っていませんでした。更新ありがとうございます。しかも、見やすい戦況図までつけていただいて感謝しかないです。 [気になる点] いよいよ、決戦というとき…
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