グアンブリン島沖海戦・3
空母ベインティシンコ・デ・マヨ甲板
損傷した機体がランディングコースに乗って降りてくる。ふらつく機体を押さえつけて着艦するが、脚部にも損傷を受けていたのか甲板をそのまま滑って落下防止網に引っかかって止まる。シュヴィヤールはエンジンをカットし、急ぎで降りてくるが、降りてくるなりヘルメットを投げ捨てた。火災防止の為に甲板員が放水を始めるが、火災を起こす様子はなく、急ぎ遺棄という事で甲板から海中へ機体は投棄される。直掩で上がっている機体を降ろさねばならないのだから、甲板をクリーンにしなければならないという空母の命題上仕方がないという判断だった
『全滅だ、全滅だぞ畜生!』
送り出した攻撃隊は28機中26機が撃墜され、機体損耗で言えば残り1機のみの帰還なぞ、全滅以上としか言いようがない。それでいて、攻撃の効果なし。消耗させた度合いも最低限ともなれば泣きたくもある。これが先進国相手との戦争だというのか、聞いていたマルビナスの時とは全然違うじゃないか畜生め!
『中佐!中佐こっちだ!』
甲板の喧騒に負けないよう、甲板に出てきたファラベラがシュヴィヤールを大声で呼ぶ。折れそうな膝と心に鞭を打ち、シュヴィヤールは急いで彼女の元へ行く。甲板上に居ては会話もろくに出来ない。報告の必要もあるからだ
『良く帰ってきてくれた。お前が帰ってきてくれただけでも嬉しいよ』
『全滅です、司令。歯が立ちませんでした。無念です』
世代の違い、罠の仕掛け方、上手くしてやられたとしか言いようがない
『わかっている。お前たちに落ち度はない。デマヨについては直掩を収容次第、避退する予定だ』
『全面撤退ではないのですか!?』
艦隊司令部は、この戦闘結果を受けてもまだ戦うつもりなのだ<<インディペンデンシア>>は攻撃隊を送り出す前にも話していた通り単独で戦えばまず負ける。だからこその航空攻撃であった筈だ。それが失敗に終わった以上、このまま突き進むというのか
『戦い抜いた組織としてテーブルにつくためには、まだ、な』
既に50人近い戦死者が出ているが、戦果も何もない。火山への砲撃阻止にも何も資していない。これでは出撃そのものに疑問符が・・・メンツの問題はどこにもついて回るのだ
『一体どれだけ戦えば納得がいくと言うのですか。相手は強いんです。分かっているでしょう!?』
艦隊にはあと、<<インディペンデンシア>>のほか、重巡の<<プエイレドン>>に旧チャールズ・F・アダムス級の8隻が前進するために残り、デ・マヨと旧O・H・ペリー級4隻の我々は避退する。くそっ、マルビナスの際にベルグラノを失っても戦い続けた事で勝利した事を考えればまだまだ足りないという事になるのか。その時は300人以上が死んでいる。こんな基準を作る為に先達は死んだわけじゃないんだぞ馬鹿野郎が
『我々はパンツを濡らさず退くという事を許されなくなったんだ。マルビナスのあの日からな』
ファラベラが嘆息して吐き捨てるように言う。彼女自身も納得はしていないのだ
『・・・ともかく、我々にできる事をしよう。中佐、個人的なお願いがある』
そういって彼女は振り返った
グアンブリン島沖・背振艦橋
『隊司令、経空脅威の低下と燃料からキングヘイローは本艦ではなく、ケジョンの飛行場へと避退させました。それに』
空溝は艦橋から見える先、<<脊振>>の前方を進む<<親潮>>をみやる。不知火級の1艦である彼女の艦尾から白煙と炎が上がる。順番にキャニスターから飛び出て空へと舞い上がるそれは、敵艦隊がいるであろう海域へと飛んでいき見えなくなる
『各艦6発、合計30発の投射と前進部隊の十文字艦長より報告が上がっています』
『やはりVLAは必要かな』
深堀が空溝へ問いかける。5艦合計で40発しかないASSMTはいかにも数が少なく、VLSで使えるロケット魚雷を帝國海軍は保有していない。それがあれば全て対艦攻撃に振り分けられた筈だ。そもそも統合任務部隊として、艦隊の艦艇数が少ないと言うのもある
『方法論としては現状でも幾らか選択肢はあるかと』
『聞かせてくれ』
楽しそうに深堀は空溝に続きを促す。改善出来る点の炙り出しはこういった機会でもないとなかなか出来るものではない。それに加えて、深堀はこう言う思考実験のような会話を好んでいた
『幸い我々の長槍は柄が長い訳ですので、この<<脊振>>のような大型艦に装甲ボックスで複数積載するのが一つ』
『仏海軍のレーヴァテイン方式か』
仏海軍が改リシュリュー級のフランドルから搭載された艦載SLBMのやり口を深堀は頭の中で反芻した。現在はレーヴァテインだけでなく、径の小さい巡航ミサイルの混載も進んでいる。かつ、射程の長さがあるのであれば、旗艦として中央にいるような艦でも投射プラットフォーム足り得ると言うのはそうだな、首肯出来る
『または、艦尾の発射器をそもそも増量する事です。現状4×2ですが、6×2にする事は地上設置や車載用で架台自体は存在するので不可能では無いですし、重量でもそこまで増とはなりません。これも船体規模が大きい艦ほど有利になるでしょう。それが二つ目』
『排水量でいえば、米海軍の駆逐艦や巡洋艦より大きい艦が多いのが資するか』
性能面で多少足りてないからこその排水量増であるが、良い方向に働く事もあるのだな。そうであるが故に数の整備では後手後手に回らざるをえない部分もある
『あとはヘリの方に積載出来るようにするかです。航続距離とのバーターになるでしょうが、短魚雷、こちらも諸外国の短魚雷よりは径が大きいものを我が国は使用していますが、混載すればその対応も求められるので、敵潜側からすればイヤな話にはなります』
『なるほど、しかしまるでかつての瑞雲を彷彿させるような万能性を求めることになるか』
そもそもこの様になっているのも昭和初期に利用した口径をそのまま使い続けている事が原因だ。九三式魚雷の61センチ、航空魚雷の45センチ。あるいは海外の魚雷に多くみられる53センチなら対応出来ようものだが、短魚雷となるとやはり34センチ程度の物が手頃なのは言うまでもない
『ところで艦長、CICにはまだ降りないのかな。私がここに居るのはある意味、見栄のようなものだ、付き合う必要はないぞ』
『これで終わりとは思えませんので』
あくまで阻止のための対艦攻撃であるが、空溝はこれで戦いが終わるとは思っていないのだ。そしてそれは深堀にしてもそうだった。出ると決めた相手に多少のダメージを与えたところで退くはずが無い。撤退のタイミングは航空攻撃が終わった時点であったが、そこで彼らは退かなかった。となるとどちらかの主力艦が決定的な状況になるまで戦闘は終らない。同意見だった。相手の士気を削るにはそれしかない。目に見える結果がなければ、それにこの攻撃はおそらく足らない。こんな事は相手も想定内だ、彼らは彼らなりの解を持ってくる。生物とは、組織とはそういう物だ
<<低空域より敵直掩機!攻撃、迎撃されます!>>
CICからそんな報告が上がってくる。敵艦載機は戦闘機を除きほぼ壊滅した筈だ。ここで出してくるのはリスク以上の何物でもない。離脱を図りつつある母艦からの低空侵入及び迎撃となると未帰還になりかねない覚悟の上での出撃だ。余程腰の据わった、アルゼンチン海軍航空隊の面目を大いに施す行動といえる。敵ながら見事、むしろ敵と言わねばならぬのが悲劇か
『・・・攻撃は尚早だったか?』
『いえ、被害による撤退を促すという意味では先ほどのタイミング以外ありませんでした。接敵からのそれは完全な撃滅以外なくなるでしょう』
損害と言うものは相互に判断させる時間がいる。近接の戦闘が始まってしまえば相手が沈黙するまで殴るしかない。なぜなら派手な爆発をしていようが、戦闘能力を本当に失ったかどうかはまた別の問題であるからだ。火力集中と相手のアルゼンチン海軍の保有する世代の古い艦での迎撃能力、対応できる時間を考えるならば決定的な被害を与えてしまう可能性すらある。あまりやり過ぎると米国が出て来てもっと巨大な外交問題ともなりえる。段階を踏むべきだからこそこの攻撃に許認可を深堀は与えたのだというのを空溝は理解していた。自分でもそうする
<<目標のⅤ(ヴィクター)7から9、停止!Ⅴ(ヴィクター)10、減速していきます!>>
そして訪れる破局、水上目標の外郭に付けられた数字から落伍していくのもまた、彼ら彼女らがその義務を果たしたからであろう。これで前進してくるアルゼンチン艦隊に残された艦は6艦、あと1艦減らしておきたかったが、航空機による迎撃が予定外であった。これで数的に言えばほぼ半減、だが、隻数の上ではイーブンとなった。対等、いや先方のアダムス級は砲門数に於いてこちらの駆逐艦と違い2門を保持しているし、アスロックに短魚雷も持つ。近接されたら一気にこの状況もひっくり返される。返す返すももう1艦・・・
『では司令、CICに降ります』
『うん。任せるよ』
頼りになる我が片腕がCICに降りるという。ここからが雌雄を決する戦い、決戦になるという確信があるのだ。任務部隊の司令として決断できるのは、撤退と追撃の中断の決定のみである。泰然自若、ここに座り続ける事で余人を鼓舞する事が責務だ
秋が来る。この戦いを終わらせる、全てを決する鬨が
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