灼熱のプレリュード
プエルトモント南西、Ruta7
プレルトモントの属するⅩ州とコイアイケを州都とするⅩⅠ州を隔てるエステロ・レロンカビには架橋がなされておらず、国道7号線は続いているがそこにはカーカーゴ、いやその姿を現すにはカーバージ(艀)の方が正しいだろうか、道路をそのまま切り取ってその両端に起倒式の扉を付けたような見た目の船が泊まっていた。その中から多種多様な人々が艦内から出てくる
『いやあよかったねぇ、ようやく運航出来そうじゃん』
その様子を舷梯そばで見ていたのは、背振機関長の目白中佐である。彼女は復興計画の一環としてまずは利用可能な輸送船舶の確認を行った後、今度は道路を接続するこの船についてあれこれ手を回しているところだった。すなわち、津波の被害や家族の為などで離散してしまった船員を集めてローテーションを組み、賃金を払う仕組みを整えるという、ある意味一国一城の主のような仕事を彼女は持ち前の明るさと何とかなるさーの精神でこなしていた。今この船に来ている連中は採用試験に集まった人々(試験が必要なほど来るようになった)なので、それの最終盤といったところか。これが運航できるようになれば、プエルトモントに還流し始めた燃料をはじめ、歩留まりしていた資材も動き出すことになろう
『あ、おーい、そこの君!ちょっとこっちに来ておねぇさんに付き合ってくんない?』
出てきた男たちの中のうちの一人を目白中佐は呼び込んだ。その男はえっ!?と、呼びかけられた事に驚いたらしいが、ラテンの気質か周りの男どもはてめぇ羨ましいぞこの野郎!とけしかけられて突き出されてしまった。この人気は背振艦内でも無自覚なたらしでゆう目な彼女のせいともいえるかもしれない。プエルトモントのこの地でも彼女の魅力にやられてしまった者は少なくないようだ。男はしぶしぶの様子で目白中佐に促されるまま艦内へ、そしてそこで固まった
『その手提げリュック、君のだよね。機関室に置いたままだったけど忘れちゃだめだよ?』
『いえ、自分のじゃないです。他の人のでは?』
採用試験では艦の機材を把握してもらうために、艦内を順路立てて回ってから試験をしており、自分だけが立ち寄ったわけではない。そう言いたいのだろう
『そう?あたしってば勘違いしてたかしら。機関科の人間って殆ど一蓮托生じゃん?どの艦でも機関室に入ってきた人間の顔といでたちは忘れないようにしてんだけどなぁ』
一瞬間があき、男は後背に隠していた銃器を取り出そうとするがその腕を目白中佐はすかさず蹴り飛ばす。後背から取り出すとなると銃を片手で掴んでいたのもあり、あっさりと拳銃は男の手を離れてガシャンと後ろに落ちる
『淑女の前にいきなりそんなものを出そうとするなんてマナーがなってないんじゃないの?』
『くそっ!このアマ!・・・あっグエッ!』
武器を失った男は腕力に物を言わそうと突進するが、その力を受け流すように一歩引いた彼女は足をかけ、男を流れるように投げ飛ばす。受け身も取れず男はそのまま船内の硬い鋼鉄の床に叩きつけられて気絶する
『これでよしっと。みんなー、やっぱやばそうな物みたいだから救命いかだ膨らませてからとりあえず陸地から反対側に流しちゃお』
『『へーい!』』
と、待機していた野郎どもが姿を現し、船員らしくてきぱきとした動作で男を拘束すると手提げリュックを丁寧に持っていく。もうすでに子分のような勢いである。反対舷から流すのは、出てこないのを悟られてスイッチを入れられたり、あるいはタイマーの時限装置が起爆すると困るからである。用心に越したことはなかった
『うーん、どうにもきな臭いなぁ』
元来た舷梯の方に戻って街を眺める。先日深堀から通知のあった大使館員の移送の件の事といい、プエルトモント自体はだいぶ復興に向けて軟化してきているのに、周辺の方が硬化させる材料ばっかりだ。現場で対応するにも難しいレベルになって来てないかなぁ
『あ、流れてくや』
どんぶらこと救難ボートに乗せられてリュックが流れていく。その刹那だった
ドォーン!!!
見ていた街の右手側の方から、いきなり吹き飛ばされそうな轟音に襲われる
『な、なになに!?一体何!?えっ!?』
その方向に向き直ると、遠雷がなんども瞬く中モクモクと灰色の雲が立ち昇りつつあった
『うそでしょ・・・』
一体この国で何が起こっているというのか
少し時を遡り、レロンカビ湾 背振CIC
『大使館員については、無事イースター島へ向けて飛びました。先行進出していた戦闘団の捜索中隊も軽傷者こそ出ましたが、国道5号線を帰還中です』
急遽本土から入電した高松宮からの通信に、深堀は少々困惑していた。任せると言った以上は口出ししないを原則では守る御仁であったので、大使館員の保護に続いてあちら側からの第二信というのは本当に珍しい事態だ。しかも、艦にいる高級幹部を可能な限り集めておいてくれという文言付きで、だ
<<おう、その件については本当によくやった。死者が出てないのも御の字だ。深堀、今回の本題についてだが・・・全面撤退の用意をしておけ。可及的速やかに>>
『撤退ですか』
それならば、政変が起きているチリ政府・・・これはどちらが正当なものになるかは置いておいて、との協議を経て話した方が良いはず。もちろん、高松宮は戦隊司令であって艦隊司令は別にいるのでそこから命令を出すのが筋だから、予備命令のようなものだ。しかし、うまくやらないと逃げ出すような形にならないか。体面はどこであっても大事だ、しかしそれを整えるのは少なくとも我々ではないはずだ
『緊急!』
文言を頭のうちに整えるより前に、通信士の乗員が叫ぶ。船務長の綾部中佐がこちらを向いたので深堀は頷く
『そのまま読み上げて』
『ハッ!第ⅩⅠ州がパタゴニア共和国を名乗り独立、第ⅩⅡ州等の領有権を求め、既にⅩⅡ州では戦闘状態に入れり、との事。また、パタゴニア共和国の独立をアルゼンチンが承認したとも!』
これは・・・高松宮が以前話していたマプチェ族の話か。御国が大変なこんな時に、いや、こんな時だからこそか!受話器の向こうにも同様に報告を受けているようだ
『宮様はこれの事を予見してのお話ですか』
<<いや、違う。しかしそうか、それでヤンキー共は手を出してこなかったのか。深堀、問題はもっと違うベクトルで発生している>>
どういう事だ?と、深堀は眉をひそめる。これ以外に何かあるというのか
<<これは東証のお嬢ちゃんの受け売りなんだがな、米国のFEMAが動いているのを観測したそうだ。この組織については知って・・・いや、自国内ならともかく、どこもかしこも組織を知っているわけがないな。この組織は合衆国の大災害についての危機管理を行う省庁だ。地震・雷・火事、おやじじゃなくて、竜巻、そして火山なんかもその一つだ。イエローストーンなんかが有名だな>>
『まさか・・・』
宮様の言いように、想像したくない想定が思い浮かぶ
<<裏を取ろうと思ってな、観測衛星での観測をねじ込んだら大当たりだよ。当たってなど欲しくなかったがな。そこに近いカルブコ山を中心に地質学的にとんでもないひずみが発生しつつあることを観測したらしい。だが、なにぶん南米のデータが我が国では少ない。その筋の学者の説明からすると、いつどうなってもおかしくないという話だった。しかも、破滅的な規模の恐れすらある、とな。早く帰ってくるんだ、深堀。俺は現代の大プリニウスを作るつもりはない>>
大プリニウス。イタリアはポンペイの遺跡が出来た時に噴火に合わせて避難の支援に行って横死した人物だ。その故事になぞらえて言いたいらしい。その時だった
ドーン
遠くからの爆発音に合わせて、艦がその音圧にか微細に振動する。CICの中にまで聞こえてくるというのは余程の事だぞ
ジリリリリ!
<<おい深堀、今のはなんだ>>
『少々お待ちください』
艦内電話のベルが鳴り、ランプがトップの航海艦橋からである事をしめしているのを見た深堀は自ら高松宮との会話を一時中断してそちらを取る
『艦長。私だ』
『市外、カルブコ山より爆発音と共に大規模な噴煙を確認。司令、今被害を確認させていますが艦内については目立った報告はありません。船務長に船外で活動している各員に帰還の連絡をさせてください。即応体制を採るべきです。それと、不躾ながら言わせていただければ戦闘団の方にも情報を共有すべきです。素人判断になりますが、規模としては雲仙ほどでしょうか』
うむ。我が有能なる右腕はするべきことを理解している。船務長にそのまま伝え、彼女はてきぱきと動き始める。となれば私が考えるべきは即応体制を採るにあたってその後どうするか、だ
『少将、時すでに遅しだったかもしれません。今、噴火が始まりました。規模としては雲仙程のようですが』
<<深堀!>>
そこで、さっと阿久根砲雷長が手を挙げた。そして珍しく美幌航海長も。彼女は基本的に航海艦橋に詰めているので、中々CICに現れない。今回は空溝艦長が詰めているので来てくれたのだろう
『まずは航海長から頼む』
『提案があります。司令がどう決断するかはともかく、少なくとも湾内からは全艦脱出するべきです。吸気の関係上、本艦はともかくガスタービン機関の艦は降灰で早期に機関に問題を起こす可能性があります。フィルターを作成、設置する場合も目詰まりと交換を考えると現実的ではありません』
そうか、現実問題としてここに留まり続ければ艦そのものが動けなくなる。機関が作動しなければ電装系がどうにもならなくなるか
『わかった。機関長は出ていたな。先に航海長が整えておいてくれ。準備が整い次第火山より距離を取ろう。かかってくれ。では、砲雷長』
『それじゃあ提案させてもらうよ、司令。その降灰範囲を狭める方法があるとしたら、どうするかね?』
艦長が居たら怒鳴りだしそうな態度で阿久根が切り出した
『聞かせてくれ』
『結構。ああ、どこまで効果があるかは未知数だがねぇ』
と、説明を始める。火山の噴煙でのあれは、いわば綿菓子状になった岩石といってよく、火口から吹き上がるエネルギーと濃い岩石の噴煙を土台とし、熱煙柱として大きく立ち昇っている。だからそこのバランスが崩れるか、立ち昇る噴煙の重さを支えきれなくなったら火砕流として一気呵成に山を駆け下ってくる
『という事は、だ。この艦の主砲で榴弾でも撃ってみればどうなるだろうか』
目を爛々として阿久根は言う。つまり、先だってその土台を崩していけるのであれば、火砕流の規模を小さくは出来るのではないか。まあ、降灰の規模を小さく、あるいは狭められればプエルトモント市街で車両等の動ける時間が稼げる・・・かもしれない
『綾部くん!君のところで熱煙柱は捉えられているかい?勿論、対空レーダーでだ』
『・・・どう?』
少々不満そうに船務長は電測士のスコープをのぞき込む
『あります!空電によるプレが多少見られますが』
微細な岩石同士がぶつかり合う事で帯電し、落雷を伴う。これが火山雷であるが、そのためにノイズが走っているのは阿久根にとっても予想の範囲内であった。そこに綾部が待ったをかける
『司令、前提に問題があると思います。火山から噴出するエネルギーを考えれば、本艦のもつ榴弾の爆発エネルギー程度では効果が期待できないのでは。それに政治的に問題があります。明確にチリの国土を撃つ事になりますし、火砕流を誘引した場合確認のしようがないですが、登山客などの避難の時間を失う事になったともなりかねないです』
阿久根もその指摘に頷くが、文言を付け加えた
『前代未聞の事だから私も確定的なことは言えないが、蟻の一穴堤を穿つという言葉もあるように、あれとマグマをはじめ流体的に動くと考えるのはそう的外れな話ではないと思うよ。政治的な部分はまあ、司令の判断次第としか言いようがないね』
<<おい深堀、まさか装甲巡で火山と砲撃戦やるつもりか>>
黙っていられなくなった高松宮の言葉も、深堀にとっては刺さる言葉であったが、統合任務部隊の長として独立裁量を考えるならば、答えは一つしかなかった
『・・・本艦はこれより第一戦闘配備、カルブコ山に対する火砕流阻止のため、背振は砲撃を実施する!』
<<深堀!>>
宮様が声を荒げる。手形を得た以上、これ以上のリスクは避けるべき。それは正しいことだ。このまま退いてもそこまで悪く言われることはあるまい。だが、ここに可能性として出来ることが提示されており、それを無視したことをチリ国民、ひいてはプエルトモント市民が知らなくとも。私自身が知っている
『少将の予備命令は理解しています。しかし退避の正式命令ではありません。すくなくとも災害派遣の任は現在終わっておりません。上陸している戦闘団の撤収にも多少なり時間が要ります』
<<独立裁量権を言い出したのは俺だ。決断したのならもう何も言わん。だが、危ういぞ。相手は自然だ。それにそれだけで済まない可能性もある。観測衛星からのデータ取得の期間を延ばすよう手を回す。外野からのデータをなるべく流すようにする。私からは以上だ>>
そういって宮様からの通信は切れた。宮様には本当に頭を下げるしかない、ここまで廓然大公にしてくれる人物はそうそう居無いだろう
『では、砲撃戦を実施しようじゃないか!弾種はHE、信管はVTでやるよ』
『VT・・・着発ではなく?』
嬉しそうな阿久根砲雷長をよそに、怪訝そうに綾部船務長が呟いて、迂闊だったと顔を歪ませる。言い合いの手が来た、とばかりに阿久根に捕まったからだ
『そうだとも、あの岩石の雲、着発の場合すり抜けてしまう可能性がある。それにバランスを崩すという意味でも熱煙柱内で爆発させるよりは外縁部での爆発が望ましいという事だよ』
その間に装填が進んでいき、砲塔から準備完了の報告がランプが赤から緑に変わる事で伝えられる。そこから砲塔を旋回させてカルブコ山へ指向しはじめる。水上電探の方はというと、統合任務部隊の各艦が機関を始動のうえ、湾内から動き始めようとしている
『さぁさ、背振の諸君!歴史を作る時間だ、それは喜劇かもしれないし悲劇かもしれないが、これだけは言える。この行為は軍艦史上、前代未聞の実験的行為だ。汝ら、歴史を創るべし!司令、始めてよろしいか』
その言葉に深堀は頷く。そして艦内電話を繋げると航海艦橋へ
『うむ。艦長、CIC指示の目標でこちらで射撃を行う』
『艦橋了解。主砲射撃に備えます』
空溝は逡巡もなく応えてくれた。まったく、自分は恵まれすぎているな
『始めよう。砲雷長。撃ち方はじめ』
『了解、目標カルブコ山熱煙柱、撃ち方はじめ』
その日、噴火を始めたカルブコ山に対し雄たけびを返すように背振は射撃を始めた。ここから始まる一週間の出来事をもって、火の一週間と呼ばれる騒乱の本編が幕を開けるのである
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