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-金を手にして良い気になるのは愚か者だけである-

-曹操-

 目の前が真っ白になった。



 ホワイトアウトした視界、硬い座席に押し付けられる感触。目を瞬いても視界は回復しない。機体が横に倒れ、機械的なメーデーの連呼が耳朶を打っている。


《キングヘイロー、高度が下がっている。キングヘイロー、立て直せ》


 無線からの声で意識がはっきりしてくる。どうやら一瞬意識を失っていたようだ。ハコフグと渾名される三菱製の自機を、身体に覚え込ませた技量で立て直す。抵抗がかなりある。大気の状況が発艦時よりよくない、離艦してから多少高度をとっておいたおかげでどうにか海面とのキスは避けられたようだ。


《キングヘイロー、状況を報告しろ。こちらも状況が錯綜している》

《ネガティブ。現在閃光によりホワイトアウト、回復まで待たれたし。計器飛行を行う、キングからの誘導を請う》


 キング・・・このヘリの所属する帝國海軍の装甲巡洋艦。空を駆ける龍馬を由来に持つ、山岳名を与えられた改白根級4番艦、脊振に与えられた符丁。そうだ、今この海域には脊振キングだけがいるわけでは無い。王には従者がつきものだ


《キング、ナイトヘイローかビショップヘイローを投入出来ないか?機体不調がこちらは見込める》

《キングヘイロー、ナイトヘイローはASW中で海域を離れている。ビショップヘイローは機器不調で修理中。誘導了解、もう暫く堪えてくれ》


 どうやらタイミングがほとほと悪かったらしい。バイザー越しであったためか、先程より視界は回復しつつある。いけなくもないか


《横合いからお邪魔するよ、キングヘイロー。砲雷長の阿久根だ、進路を現進路から30度左に向けることをお勧めする。そちらが風下になるからね》


 風下?という疑問が湧きたつが、指示に従う。航空管制自体は船務長である藤中佐の所管であるから越権になるが、あの砲雷長には底知れぬ恐怖感を感じる時がある、現に今の通信の声音も笑いを含んだ声であった。まだ日の昇らぬ朝に、大陸側には赤黒く、そして放電現象を引き起こしつつ立ち昇る雲を確認しつつ、通信は沈黙した




脊振CIC




 普段はモニター画面の反射光で青白く照らされているこの部屋は、各種警告の色を反映して赤みを増していた。窓がない艦内深くに設置された関係上、外からの直接的な影響を受けずに済んでいたのだ


『阿久根中佐』

『おおっと、横からはすまなかったがそう怖い顔をしないでくれよ藤中佐。君もおおよそアテがついているんだろう?反応兵器が使われた事にサ。僕は砲雷長として敵性兵器の推察をして余言をしたまでだよ』


 電探や通信に異常をもたらす空中放電、艦橋やヘリを襲った閃光と横風。冷房が効くのと面倒がたたって着たきりでよれた二種軍装(シロフク)に人を小馬鹿にしたような表情を崩さず、阿久根・・・海軍に於いてもまだ珍しい女性士官は断言する


『これから酷いことになるだろうねぇ、外交筋は弾頭の供給先に弾数の確認を行うだろうし、空を飛ぶ連中はやたらめったら大陸の怪しいところに爆弾を落としに行く、うちの連中はこれ幸いに緊急出航、全艦艇集結、そんな所かな?アッハッハ!蜂の巣を突いたみたいになるよ』

『・・・深堀艦長が当直から離れられていたのが幸いしたな。上の方の判断はやってくれるだろう。その代わり副長が目をやられたようだが。本艦としては洗浄は必要かな?』


 多少顔の険を緩め、藤は顎に手を当てて思案する。船務長として艦内の医療体制は、幸いながら爆発方向を偶然双眼鏡で見ていた空溝(うつみぞ)副長が閃光で視力を一時的に喪失した他は軽い日焼け程度で済んでいるため逼迫もせずに済んでいたし、ヘリも先ほどの通りだ


『フゥん・・・風向き的にも時間的にもまだ降下物は考えなくていいだろうが、気象状況には注視すべきだろうね。空溝副長は元々目が弱い方だったから、女帝の霍乱という事で休んでもらった方が早く復帰出来るだろう。目を離さないでもらいたいね』


 視力には問題がなくても照り返しに弱いタイプの人間はいる。赤道近くに艦を進めると副長はサングラスを掛けていた。それがいきなりフラッシュを浴びればこうもなろう。阿久根に先立ち、珍しい女性士官としてあるなか、さらには大艦の副長の任につき、今後海軍の先頭を担う1人であろう彼女は自他に厳しいので、無理をして医務室から出て来かねない


『同感だな』



 ガコン、と装甲ボックス化されたCICの扉をあけて、制帽を被りなおしながらこの艦のトップが姿を現す。藤はともかく、流石の阿久根も艦長には敬礼して出迎える。答礼をしながら、艦長の深堀は用意されてある席に深々と座った。焦燥の念が深い


『上はよろしかったのですか?』

『美幌君が気を利かせてくれてね。自分自身は戦闘艦橋には入らんというのにな。不撓不屈な部下を私は持ったよ』


 もし、二次攻撃があると考えれば、開口部の多い航海艦橋では副長に引き続き艦長まで指揮能力を失いかねない。そう美幌航海長は説得して深堀をCICに下げたのだ。古いタイプの艦長の伝統を大事にする深堀としては、理解はしつつも苦痛であったはずだ。


『一度情報を整理しよう。有為転変な今は、情報こそが焦眉之急だ』


 そういって艦長は顔をあげ、目の前のモニターを注視した。藤が目配せし、当座目標とする敵が居ない阿久根が前に出る


『では、直前までの状況から遡るよ艦長。本艦は敵共産匪、国家として認証していない中国共産党の一大攻勢を受ける南京国民党政府及び、英仏葡の中国権益圏を支援するべく派遣され、地上支援を行ってきた。どの戦線に於いても基本的には一度前線を下げたうえで防戦、敵の侵攻を破砕した上で逆撃をかける。そういう意図を持って作戦が構築されていたね』


 極東英仏軍、及び大陸派遣軍を出している満洲国軍に朝鮮軍などがつけた作戦名は<裏拳(バックハンドブロウ)>南京国民党軍及びそれに与する軍閥の部隊間では<赤壁作戦>などと呼ばれ、古典的な中国での故事、内戦では攻め込んだ方が軍を維持し続けることが出来ずに負けると言うそれにならって立案された。反撃の停止線も一度下げた前線までと堅実この上ないものであった


『そしてほぼ、全ての戦線に於いても攻勢を破砕することに成功し、逆撃を実施しようとする所を・・・ドカン、だ。フゥん、今回の赤壁は赤壁でも燃やされたのは孔明側だったようだねぇ』

『被害はどの程度になるだろうか?いや、それよりも第二撃はあるだろうか?』


 深堀は阿久根の説明に頷きながら聞く


『攻勢に使用された敵戦力が撃破されていることは確実なので、通常戦力を用いてのであれば考えにくいと言えるだろう。被害についてはそうだなぁ。兵隊が陣地から出て移動を開始した矢先の攻撃であるからして、相当酷いと思われるよ。周辺村落や、もし大都市にも使用していたら更に。もはや地上軍は戦闘どころではないね。使われた数が1発や2発なら分からないが、これまでの通信情報によればここだけではないようだからねぇ』


 阿久根は藤の方を見やる。船務長の職責のうちにある通信は、変わらず空電混じりの雑音だらけであるが、通信に救援を求める声が入り始めていた


(おか)に寄せるのはやはり浅慮かね?』


 この艦は大型艦だから医官が乗っている、確かに治療救援が出来ない訳ではないだろうが


『規模的に自己満足以上の成果にはならないね。恐らく長崎あたりから医大と九州帝大合同の医療団と負傷者搬送用の船団を送る方がよほど救援になるんじゃないかな。まぁ、反応弾被害の知見を得る機会という意味でも、もう誰かしら動いていると考えた方がいい』



 美談の主人公になりたいなら止めはしないですが、と言いかけて流石にやめる。艦長とてそれが浅慮である事を理解している。この調子で喋っていては、艦長はともかく副長には後でこってり絞られる事請負いだ


『艦長』


 ヘッドフォンを片耳にあてて藤がこちらを見る。深堀が頷き、内容を喋るように促す


『3F司令部からは大陸沿岸部からの適宜離脱の指示がでました。集結地点は追って送るとの事です』

『第二撃の目標として宣伝材料にされる危険性を下げるためだろうねぇ、艦長。至極まっとうな話に聞こえるけれども』


 反撃の主役は大陸内の勢力である以上航空機、今の我々に出る幕は無いし、第二撃の可能性も否定できない。確かにそうだ。だが・・・


『砲雷長。ここまでの事、万事予定調和の内にあると思わないか?』

『反応弾使用に対する規定路線上にあると言うならそうとも言えるかな・・・艦長。しかし、それは我々がそう仕込まれているからそうなるべく訓練しているのであって、褒むべき事では?』


 これが全面的な反応兵器の撃ち合いならば、現状の各方面の動きはまったくもって正しい動きだ。だがしかし


『うむ・・・だが私はこれに反し、現海域に留まろうと思う』


 この言葉には藤の方が先に反応した。


『3F司令部からの命令は如何にします。それに風向き次第では降下物により被曝の可能性も高まります。さらには権制上の問題もあります』


 彼の性格らしく、深堀の判断で問題となる部分を明確に示しつつ問うたものだ。もっともな話であると深堀は頷きつつ問題点への回答を行う


『司令部命令としては適宜とあり、そこには裁量権が認められていると考える。降下物による被曝については甲板上作業を控え、汚染が確認された場合洗浄を行うとする。頻度として三度目が必要となるような場合は海域よりも離脱する。新緑と群青の笠松、水沢両艦長には私から説得を行う。これでどうかな?』


 特に問題であるのは、お互いが第二分隊での編成であった事であろう。それで戦隊司令あるいは駆隊司令が居ないために判断の責は各艦長に及ぶ。深堀だけにこの問題は留まらないのだ。しかし、脊振(キング)には新緑(ナイト)群青(ビショップ)が居なければ盤面は整わない


『各艦長の説得が不順に終わった場合はヘイローの運用に問題が生じますので、私としては離脱を再申いたします』

『それで構わない。両艦へ通信を繋げてくれ』


 藤は了承し、両艦長と深堀との間で短時間ながら協議が行われ、深堀は同意を取り付ける事に成功した


『仮に救援船団が長崎から来るとなりゃあ、護衛を手配しないわけにゃあいかんでしょう。ここで艦隊集結しちまうとそこから艦を割いて再移動となりゃ時間ばかり掛かっちまう。予備行動って奴できりぬけましょうや』


という笠松艦長と


『まぁ、先ほどASW中に探知していた不明目標がいる以上は、本部隊は何かしらの観測下にある可能性がある。艦隊集結地点にわざわざ誘導してやる義理もない。戦術行動として、耳目を主力から引きつける効果を期待するならば深堀艦長の判断は効果を見込める可能性はある。ならば離脱を急ぐ必要は確かにないですな』


 水沢艦長の理解には通信の先でありながらも深堀には頭を下げるしかなかった




2時間後、東京



『ハァーイ、こんな時間から駿川ちゃんの方からドライブのお誘いだなんてお姉さん嬉しいわぁ』


 朝方の首都高で赤いスポーツカーをかっ飛ばしながら、本当に嬉しそうに駐日ソ連大使館付き武官であるマルゼンスキー大佐は語りかけた。外交官ナンバーで高速各地をかっ飛ばしまくるスポーツカーの噂は車好きの間では相当広がっており、良く本国が許しているものだと半ば呆れるしかない。だが、彼女こそが怪物と呼ばれる大物スパイであるのも事実であるのがややこしい


『お仕事の話をさせて貰えますか?』

『やっぱり?まぁそうよねぇ、駿川ちゃん真面目なんだから』


 本当に残念そうな顔をしながら、彼女は正面を見据え、車を加速させる。車を飛ばすのは盗聴対策であるのだ・・・それを名目に走らせてる可能性も大ではあるのだが



『グローブボックスの中に資料が入ってるわ』



 一定の速度を超過してからか、彼女はそう言って目配せする。ボックスを開けると整った資料が出て来た


『これ、マルゼンスキーさんが作ったものじゃないでしょう?』

『ばれちゃったか。でも安心して、それピウスツキ君の作ってくれたやつだから。彼、軍大学(フルンゼ)にも友人が多いそうだから重宝しているのよ』


 情報源ソースを明かしてくれるという事は、ある程度信用しても良いのだろう。ページをめくる、そして該当する項目にたどり着いて呻いた


『譲渡された弾頭は16発』

『そう。そして使用された弾頭は15発、1発足りないのよねぇ・・・譲渡したフルンゼの頭でっかち達でも使用にあたっては使い切るように指導してたのよ』



 しかしそれは果たされなかった。だからこその情報提供でもあるのだろう。中国共産党はソ連の上前をはねたのだ。攻勢に失敗して大損害を受けた彼らにとって政権を担保するものとして確保しておきたかったのかもしれない。しかしそれは続けられるものではないだろう、核弾頭がどうなるかわかったものではない


『コントロール下にあると思っていたらそうでなかった。本国では人生が変わった人も多いのでは?』

『それはイランの時のお国でもそうだったんじゃないの?まぁ、皮肉のひとつやふたつ言いたくなるのはわかるけどね。問題はその残りの1発がどう使われるのか』


 核弾頭を持ち出さずとも、中国共産党の兵器体系からして管理下にあって輸出していたのだ。政権を担保している軍事力はソ連の後ろ盾あっての事だ。そしてこれから中国共産党の手持ちのものは後方インフラから何から根こそぎ叩かれるだろう。それを復興させるにはソ連の支援が必要不可欠。だからこそ


『その1発こそが、あの政権にとっての意思を持った一撃として使い切るはずよ。そういう約束だもの』

『意志を持った一撃・・・』


 それを予見するのがお互いの仕事になるだろう。他にも2、3案件をやり取りして迎えが来ている所まで送り届ける


『一応、今のうちにお礼だけ言っておきます。しばらくは激しい季節になりそうですから』

『あたしは駿川ちゃんのお誘いならいつでもバッチグーなんだけどなぁ』


 そう言って別れ、狸穴まみあなと称される麻布の大使館へ帰還すると、車庫に1人の青年が迎えに来ていた


『待ってなくて良かったのに、ご飯は?ザギンでシースーいっとく?』

『最新情報が届きましたから、それだけお伝えして私も着替えを取りに帰ります。大使のウォッカの量が増えてきたので、逃げて来ただけですよ』


 と、紙面に纏めた資料を手渡す。ペラペラめくっていくうちにマルゼンスキーの眉がよる


『うわ、予測はしてたけどこれはチョベリバね・・・最大警戒している相手に接近したんだから当たり前だけれど』

海軍(フロト)はほぼ全滅したようなもんです。唯一接触出来たのは津軽海峡沖で沈降待機していた艦だけで、それも発見されたらしく避退の具申が来ています』


 反応弾攻撃に対して行われた日本海軍の全艦出航にあわせ、急遽ソ連極東艦隊では音紋の取得や集結地点のデータを取ろうとする命令が下達されたわけだが、その主体たる潜水艦をはじめとした艦艇はその哨戒に、発見されるか威嚇または警告を受けたのだ。実戦に近い状態にあるので無理押しするなとされているのが幸いか。逆に相手に対して情報を晒したようなものだ



『だからやめといた方が良いって言ったのに〜』

『ああ、あと一艦だけ、中国大陸沿岸に居たアクラ級のアハルテケは唯一追跡に成功しています。ASWを途中で打ち切ったようで、現在も沿岸から離れていませんね。17ページです』


 マルゼンスキーはページをめくる。追跡していたのは日本艦としては低烈度紛争で顔馴染みの重巡洋艦ね。うちのクロンシュタットやスターリングラード級のカウンターパート。戦力価値としてはそこそこ、大陸沿岸から退がらないのは何かあるとみたからかしら?賭けのベットとしても安い方とみたのかしらね。ふぅん


『ピウスツキ君、これからあっちの協力者(ペアレント)にこの情報流せるかしら?』

『可能です、あちらに情報を渡すんですか?』



 マルゼンスキーは妖艶に笑みを浮かべる



『そうよ、邪魔な存在とみなせば動きがあるかもしれない。それを観測するの。場合によってはこの脊振とかいう艦への一突きには協力をしてあげても良いわ』

『わかりました。鈴鹿御前の所に食事に行ってみようかと思います。しかし・・・気が乗りませんね』



 珍しくピウスツキが不満を漏らした。こういう事で何かを言う人物ではなかったのに



『何か問題でもある?時間外なのはどこかで埋め合わせしてあげるから』

『あ、いえ、大した事ではないんです。その艦の副長、データ入れてますがその・・・大変美人ですので、なんとも勿体ないというか、その・・・行ってきます!』



 マルゼンスキーは目を丸くして、顔を赤くしながら出て行くピウスツキを見送った。ちょっと人事考課を変えてあげないといけないかもしれない。



『さぁて、どうなっちゃうのかしらね』



 朝焼けに眼を細める。人工の太陽を初めて人の上に齎らした最初の一日が始まる。そこは人類が初めて経験する世界となるだろう。誰もそれからは逃げられない。どれだけの人がそれを理解しているだろうか

次回、超濠大姉遂に立つ!

敵機に向けてA・A・M(えい・えい・むん)

始動!ネ号計画

の、3本立てでお送りしていきます・・・たぶん

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[良い点] 出だしがとても引き込まれます。内容も特濃で堪りません・・・
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