火種の元
プエルトモント、脊振CIC
<<任務部隊指揮官には火中の栗を拾って貰う>>
『やはりそうなりますか』
サンティアゴでの凶報から一日。撤収の可否を問う上申は、高松宮からの返信を以って通らぬ事を告げられる
予想は出来なくもなかった。少なくとも我々と交渉したチリ政府はまがりなりにも現存しており、この事態はチリ国内の内政問題にあたり、不干渉とならざるを得ない。そのうえ、被災者自体は方々に転がっていた
<<すまんな深堀。火中の栗は比喩表現では無いのだ>>
『と、もうしますと』
火中の栗が比喩ではないとなると、栗があることになる。この状況で我々が拾わなければならない栗とはいったい何をさすのか。電子の海の向こうの高松宮はよどみなく応える
<<日本大使館から既に大使館員とその家族が車が出ている。国道5号線に沿って南下するこれを保護しろ。護衛にはカラビネーロスが車2台でついている。大使とその家族も囮役でバルパライソに向けて出ているが、露見するのも時間の問題だ。無線機の回線は525に設定してある>>
昨日の今日で駐チリ大使の脱出を決めるとは、仕事が早い話だ。しかし、この話のままであれば大使の方を囮にしてまでいったい何を持ち込んでくるつもりなんだ
<<大使館員は、今回の派遣にあたってチリ政府と交換署名を行う外交文書を運んでいる。ま、俺たちが派遣に至った上前を保証するものだ。チリ側の署名は既に入っているが、現地の情勢としてまだ本土に持ち込んでいなかったのが仇になった。おい、紙切れ一枚と渋い顔をするなよ。中身は時限立法で5年間のチリ銅山産出分の銅3%を無償で回してくれる事になっている。世界シェアの1%だぞ>>
『随分生臭い話をなされる』
流石に深堀も話の中身に顔をしかめる。中国が核惨禍で物流結節点が被爆しているとなると、国内に流通する銅資源が減る。それが復興に合わせて回復するまでの間チリの銅で埋め合わせるという事だ
<<莫迦を言うな。吊り下げられた人参も見せずに走らせるほど俺は性根が悪くないだけだ。こちらもなんとか追加で支援を送れないか手を考える。プエルトモントまで到着したらヘリでイースター島へ、その後は任せろ>>
『わかりました。適宜対応させていただきます』
その回答に無線機の向こうの高松宮は朗らかに笑った。お気に召したようだ。そう言う御人である
<<ああ、好きに動け。吉報を期待している。以上だ>>
そう言って高松宮からの回線は切れた。今、大使館員が捕まって外交文書の中身が漏れれば、チリ陸軍側はそれこそ政府側を国を売ったと喧伝して回るに違いない。彼等からすれば分かりやすい誘致された外患に見せれるだろう
『まいったな艦長、火中の栗でクリティカルだ。栗だけに』
『司令、洒落になっていないです』
側で内容を確認していた空溝は頭を抱える。ううむ、胃がぐりぐりするの方が良かっただろうか。戦闘任務ではなかった話が、戦闘もありうる話に変わりつつある。そうなると乗員たちの心持ちも変化があるだろう。陸さんにとってもそうだ
『とにもかくにもLZの確保が問題でしょう』
そう言って空溝はCICの海図台にチリの地図を広げる。サンティアゴからプエルトモントまでは国道5号線で1000kmにおよぶ高速道路で結ばれている
『おおよそテムコまでは整備されたばかりと言うのもあって、高速道路の意を果たしてくれるでしょう。しかし、そこから南下するには時間がかかる筈です』
そこから南は山体崩落に伴う山津波で水没し、沼になっている土地が広がる。つまり、避難民は高架である高速道路にたむろしている可能性が非常に高い
『テムコ南のアラウカニア空港を使い、激甚被災地区を飛び越えてせめてオソルノのシーバート空港まで来てくれればな・・・燃料が持つならばそのままこのプエルトモントまで来てもらえばいい』
『アラウカニアまで本艦の機体と、陸軍の攻撃ヘリを直接護衛、搬送に向かわせては』
深堀は空溝の提案に首を横に振った。その案は深堀も考慮のうちには入っていた。しかし、直接こちらの機体を乗り付けて運ぶのは目に付きやすい。そして空港上空でヘリを待機させておくのは携帯SAMのいい的になってしまう
『LZの地上からの確保が不可欠という事ですね。となると』
『そうなるわけだ』
二人はモニターしてある戦況図の方に目を移す。そちらにはこの地域に展開した部隊の位置がプロットしてあり、オソルノの近くにまで陸軍の捜索中隊は進出していた。確か例の戦脚とかいうものを運用している部隊だ。戦車も有しているし、現地のチリ陸軍も手を出しにくくなるだろう
『オソルノには何が居たかな』
『第3師団第9増強連隊のアラウコになります』
オソルノ市自体も地震による被災に加え、ルパンコ川およびダマス川の山津波による氾濫により市街の西半分が水没しているから、おそらく全力は出せまい
『第3師団司令部はバルディビアで津波に飲まれていたな』
『はい。残存の下部司令部がそれぞれ現地で現地民救済に動いている形になります』
となると、指揮のオーバーライドをどれだけやれるか。軍組織はそうおいそれとは右から左には動かせない、確か民放から伝え流れてくる陸軍側の代表は将軍の孫の陸軍少佐だったか。その求心力を見る次第にもなるな
『場合によって、最大の敵になりうるのは・・・』
目線をオソルノから南に下げていく
『第2師団第12歩兵連隊サングラ。プエルトバラスにありながら、首都のサンティアゴに司令部のある第2師団麾下にあった部隊ですね』
『従うべき師団長が首都にあって指揮系統が断絶していない。それは喜ばしい話であったはずなのにな』
もし戦端を開くとなれば、主戦場はプエルトモントでの市街戦になる。これでは本当に復興支援に来た意味がまるでなくなってしまう。本末転倒もいいところだ
『ともかく、こうなればこちらの連携も重要だな。神幸軍団長にも直接話をつけに行く。内火艇の準備をお願い出来るかな、艦長』
『ええ、ただちに。ヘリの準備も並行して行っておきます』
有能なる右腕に満足しつつ、情報を紙に纏めて神幸軍団長に持っていくべく用意する。こちらはあくまで粛々と対応することが必要となるだろう。その舞台を整えるのだ
同刻、佐世保第三艦隊司令部貴賓室
『途中離席させていただきましたが、ご機嫌は如何ですかな?』
『ふんっだ!苗字なしがする事なんてそんなもんでしょ。用意されてたお菓子が無かったら許さなかったんだから』
貴賓室の瀟洒な机に、食い散らかしたであろう菓子の空き袋や箱が散乱している。子供っぽい受け答えの彼女に、高松宮は頭を掻いて苦笑する。深堀への連絡の為に、わざわざ東京から呼びつけたのを途中退席したのだから言われても仕方がない
『助かります。東証の魔女に参考意見を頂けるのは光栄な事です』
東証の魔女、東京取引証券所の株取引に於いて、その株捌きの才能、特に銘柄を一気に損切り(スイープ)する流星の如き才女として知られている。今回、銅取引についての情報を掴んだのは外務省筋ではなく、彼女からであった。経済界からの強い要望がチリへの派遣につながったのだ
『で、他にまだどんな話があるっての?』
『確認したい所がありましてね』
高松宮は散らかった机の、彼女の真正面に座る。従兵に飲み物のお代わりを頼み、人払いをする
『貴女なら米軍があの地域にこの期に及んで介入して来ない理由について、思いあたる節があるのではないかと私は踏んでいるのですよ』
『なんでそんな風に思ったわけ?アタシに聞きに来るだけイカしてるとは思うけど』
そう言われて知人の駿川君から手に入れたデータを机に広げる。中身は株取引に関するものだ
『東証の魔女と呼ばれる貴女も、銅取引に関する情報を知りながら安定するであろうマテリアル系の銘柄を売り捌いている。マゼラン海峡が使用しにくくなって海運系、特にパナマ運河の交通に関する株を買うなどの話はわかる話です』
『ちょっと!アタシのトレードのデータなんて法律違反じゃないの!?』
非難の言葉ににっこり笑う。そこには無言の圧力があった
『私には友人が多いもので。で、私には株取引はわからないですし、この情報を貴女を害する為に使う気もありません。ですが、あの地域に関する情報を取りこぼすのだけはいただけない。』
『・・・』
黙り込む彼女をよそに、高松宮は続ける
『もちろんマテリアル株を売ったからと言って、チリの内情が不安定なままになれば運び出しに阻害が出るなどの要因を見越して、等の判断材料はあるのかもしれない。ですが私が引っかかったのは、下がりに下がった鮭輸出の銘柄を一旦買ったうえですぐ手放している。これは日本企業の手が入っていて、復旧が始まればおおよそ状態の回復を見込める。鉱物は重量物を鉱山から持ち運ぶ必要性がありますが、これは海ですからそんな心配もない。だからこそ一度は買っている。ならば売りさばいた理由は?となる』
『・・・アンタ、船遊びをして世情に疎い連中の割には中々鋭いじゃない』
沈黙し続けていることに耐えられなくなったのか、東証の魔女は応えた
『米軍だけ見ていて情勢を判断するなんて片手落ちなのは当然よ!あたしたちみたいな証券マンは昔からのいろーんな情報を纏めて調べ上げてあって、そのうえで銘柄をどうするか判断するの。そーいう世界で生きてる』
魔法のようにお金を生み出すにはそれなりの術式が必要となる。それはどこでも変わらない、証券取引は世界共通の言語で行うそれだ
『アタシをアドバイザーとして雇いなさい!ここのお菓子もまあ気に入ったし、納入品の情報も手に入れられるし。物品調達でぼられてるならぼられてるって教えてもあげるわ!』
『取引という事ですね。いいでしょう。海軍に証券マンのアドバイザー、なかなか面白そうだ』
また宮様か、と言われるだろうが知ったことではない。海軍が政治に関わらなかった事で、欧州大戦時は破滅的な事になりかけた。そこで今度は経済にも関わらないなどと贅沢を言っている場合ではなかろう
『それで、まだ鮭の銘柄を売ったことに関する話を伺っておりませんが』
『そうね!じゃあアンタに逆に聞くけど、アンタ、FEMAって知ってるかしら?』
その言葉に、高松宮は地獄の窯の蓋が開く音がしたように感じられた
感想等お待ちしております
高松宮『ところで、今は何を買ってらっしゃるのかな?』
東証の魔女『放射能塵がやってきて汚染されるとかいって九州や南海道の地価が下がってるから、見極めて買いよ!』




