鷹の目
クレメンテ島沖、ヴェインシコ・デ・マヨ
大きなジェットの金切り音を響かせて、その空母の艦上へ偵察機タイプへ改修されたA-4の複座型がタッチダウンを決める。夜の入りを避けて、偵察行動を終えた最後の機体であった。機に装備されたカメラからフィルムが抜かれ、現像室へと急ぎ持ち込まれる
『写真は出来上がり次第、CICへ』
『お疲れ様です、シュヴィヤール中佐』
機体の移動を甲板員に任せ、スーパータイガーとスーパースカイホークの並ぶ甲板を降り、搭乗員待機室にたどり着いたシュヴィヤールと呼ばれた男は、飛行服を脱いで短めに切った栗色の髪を掻き上げる。この近代化改装を行ったとはいえ、今となっては古ぼけたと言っていいエセックス級空母、その前身はバンカーヒルと呼ばれた空母の航空隊を率いるのはこの男であった
『とてもじゃないが、悲惨な状況です。スクランブルの機さえ上がってこれないのは予想を超えています』
『そんなにか』
チリで起きた巨大な地震は、チリと同様にアンデス山脈を挟んだ反対側にあるアルゼンチン領の都市、村落を同様に揺らし被害をもたらした。事態を重く見たアルゼンチン政府は錯綜する情報を解析するべく、機動部隊からデマヨを送り、洋上からチリに対する偵察行動をいち早く行わせたのであった。当然、チリは主権をもつれっきとした国家であるから領空侵犯に該当するのだが、それよりも情報が欲しかったのだ
『沿岸部は津波によりほぼ壊滅、比較的被害が少ないのはレロンカビ湾の最奥にあったプエルトモントと、さらに奥のテムコくらいで、灯火がいくらか見えました。そこから北上するとエスメラルダ名義で、米第4艦隊のブエナビスタからの領空侵犯に対するアラートが来ました』
エスメラルダは、チリが入手したアラスカ級大型巡洋艦で総旗艦である。我が国のインデペンデンシア、リベルタ、ブラジルのM・テオドロ、M・フロリアーノと同様に2隻ずつの売却を受けたものであるが、チリが1隻しか維持できなかったのでワンオフとなっている。おそらく震災の際には洋上にあったのだろう。そしてブエナビスタはパナマに根拠地を置く米第4艦隊の艦でタイコンデロガ級の1隻だ。通信機器及び電子機器に劣るエスメラルダの支援で出てきてるに違いない
『どうにも米海軍も動いているのはその部隊だけのようだな。ハワイのヒロが被災しているとはいえ、随分動きが無い。サンディエゴから空母の1隻でも南下してきてもいいはずなんだが』
艦長は顎に手をあてながら疑問を呈する。米国の活動レベルが低いのは、アルゼンチン軍部の中でも疑問を呈する人数の方が多かったのであるが、その答えを得られた者は皆無であった
『現像出来上がりました!』
『よし、寄越せ!』
出来上がった写真を水兵が士官に配り、何枚かめくるうちに士官たちにうめき声があがる。映された被害があまりにむごいものであったからだ
『飛行長、確かコースはバルティビアの少し北で折り返したんだったな』
『はい。コンセプシオンが少し伺えるくらいの所、でしょうか・・・見てください、コクレーンが』
ドックで整備中であったのだろう、本艦と同級であったチリ海軍が保有する唯一の母艦であるアルミランテ・コクレーンはドックで整備中であったのだろうか、そのまま津波に襲われてタワルカノのドックから浮き上がり、敷地の横で横倒しになっている。勿論市街の方も壊滅的だ
『おお、神よ・・・』
今どれだけの被害がかの国を襲っているのか。想像するだにおぞけがはしる。死者は万では収まるまい。下手をしなくても桁が一つ増える可能性が高いとすら思えた
『何故だ・・・何故内陸部も津波のような被害を受けている』
警告を受けて偵察できた範囲、チリ中央峡谷もいたるところが泥流にあふれており、河川沿いに存在した市街や村落の残骸が撒き散らかされていた。本来であれば津波はチリ海岸山脈により阻まれ襲うはずがない場所である
『・・・』
海岸部との写真をシュヴィヤールが見較べる。何か違和感を感じる。津波が発生してから既に幾らかは時間が経過している。そうか
『地峡部の被災地はまだ水浸しですね』
破壊の度合いの差はあれど、決定的に違うのはそれだと気付く。まるで泥濘のようになっている
『確かにそうだな。引き潮で抜けて行って良いはずなのだが』
シュヴィヤールがはたと気付いて、再び航空写真をせわしなく見較べなおす。そして悟った瞬間呻いた
『なにかわかったのか、中佐』
『この地峡のアンデス山脈側には湖沼が南北に連なっています。今回の地震では山間も揺れ、各所で土砂崩れが発生しているのはご周知の通りです。では』
中佐はそこで息を継いだ
『その土砂崩れが一気にその湖沼に雪崩れ込めば一体どうなるでしょうか』
湖沼は水が貯まるだけあって、流出量は限定されたものだ。そこに大きな質量が入り込んだ事で堰を越えた形で水が下流へと雪崩れ込んだのだ。しかも高度で言えば高い方から低い方へ一気に進んでいるはずなので下手をすると建物への打撃力で言えばこちらの方の威力が高かった可能性すらある。そして、それまでに巻き込んだ土砂や材木によって自ら堰き止め湖を作って水を湛えたならば、こうもなろう。つまり、チリは海と山から二つの津波から挟み撃ちにされたのだ
『中佐、マル・デル・プラタには早急にその旨報告しよう。纏められるか?』
『さらに北の状況は推測になりますが、それで良ければ』
偵察範囲より更に北、サンティアゴなどの首都近辺とさらにその北であるが、そちらは地震の震度も南部ほどではないのだろうが問題があるのはわかる。その地理的にかの国の首都サンティアゴはチリ中央渓谷の最北部の盆地に位置するのであるが、標高はそれでも500mを超える。さらに北はアンデスの長い山脈に連なる高地だ、そこが揺れて土砂崩れが起きようものなら、交通網は寸断されている事であろう。これを復旧させる機械力の投入がスムーズにいくかは懐疑的に思わざるを得ない。
そしてもう一つの問題点、チリの国会がバルパライソという海岸の都市にあるということ。津波の被害を受けているのは間違いなく、政府自体は生きていても閣僚・議員の招集に問題が発生する事は目に見えている。そうなれば混乱は避けられない
『それから、こう言ってはなんですが、一番の不確定要素は将軍ですよ。艦長』
『それは我々にとっても変わらぬ問題だね、飛行長』
CICに入ってきた人物に、艦長を含め敬礼を行う。戦隊司令のファラベラ・アララ准将。世にも珍しい、若くて女性としてアルゼンチンで初めての水上指揮官という人物だ。程よくふくよかな体つきが制服からでも隠せていない。
こういった人事がまかり通ったのはアルゼンチンの軍事政権下で、軍の近代的な改革開放を見せつけるためのショーモデルとした事と、数年前に退役したボンゾ提督が海軍を牛耳るにあたって、新しいことに挑戦する気質・・・彼は南氷洋の探検・測量を任務としていた時期があった。を前面にだし、政権内で政敵化しないことを目的として若年層を大きく取り入れた。彼女はその第一陣に連なる将官である。ようは自分をアホに見えさせるための施策だ。ボンゾ提督がえらかったのはそうやって採用した若年層の教育を怠らなかった事で、艦艇配備に彼ら彼女らをグルグルたらいまわしにしてキャリアを稼がせていた・・・若い時期に世界を見てこい!という事らしい
『仲間外れは良くないな。SOBは話のうちに入れたくないって事かな?』
『そんなことはありませんよ』
結果、現場に多いSOB(ボンゾの息子達)と呼ばれる若手グループは軍事政権の影響が小さいまま現場で育っているため、司令部のデスクで元々国内で地位の高い陸軍高官とやりあいながらキャリアを積んできたプライドの高い中堅以上の層と折り合いが悪いという問題を抱えていた。触れてきた空気が違うため政権批判もかなり行うのもあり、余計な問題を引き起こすという意味でも中堅以上には嫌われるきらいがあった・・・もちろん、口の悪いのからはサノバビッチと言われているわけであるが
『どうかしら。まあ、報告で将軍たちがどう動くか次第だけど、それに対応して動く側も考慮に入れたほうが、前線に居る私達には重要だと思うわ。違うかしら?』
『動く側?』
面白そうにファラベラは写真をのぞき込み、そして眉を顰める。彼女からしてもさすがにこの被害は心苦しいものがあるらしい
『ああ、うん。多分ろくなことにならないかな・・・中佐、その報告に一つ付け加えて欲しい事項があるわ。上に気にしてもらえるかは難しいと思うけどね』
『なんでしょうか』
何か自分たちが取りこぼしたところがあるのだろうか。これといって思いつくところはない、それは艦長も同じようで首をかしげている
『・・・将軍もまた被災者である。という点よ』
ファラベラは嘆息して呟くように言った。それは当然であって、見逃しがちな当たり前のファクターであった
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