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「呼んでよ。俺の名前を。お前だけが呼べる、俺の名前を」
アイディークの真剣な瞳がリリーアジュを見つめる。
「あ、あの…」
「俺は嬉しいよ。リリアがアークって呼んでくれるの」
「私も!私も、リリアって呼んでくれるのは嬉しい」
本当に嬉しかった。お父様以外に愛称を呼ばれるなんて想像してなかったから。
「俺の身分がバレて、魔獣討伐隊のリーダーでもあった俺のことを、もうアークなんて呼んでくれないと思ってたから」
「なんで?」
「だって、俺はお前にずっと隠してたんだぞ?嫌われると思ってた。けど、リリアに初めから言うと逃げられるとも思ってたから、申し訳ないとは思っているが、後悔はしていない」
確かに。あの時の私だったら、アークから、実は王族。実は討伐メンバーのリーダーとか言われたら、萎縮してたわ。それに絶対にアークだなんて愛称も呼ばなかったと思う。
「なぁ、リリア」
「どうしたの?」
「俺の恋人になるのは嫌か?」
はい?
リリーアジュの目は点となり、口を少し開けて固まってしまった。
間抜けな顔だと自覚しているが、あまりにも衝撃で頭の中の整理がスローモーションになってしまったからだ。と言い訳をしておこう。
「な、にを言って…?」
「好きだよ。リリーアジュ」
リリーアジュの瞳に映るアイディークは、冗談ではなく、本気で言っている。
本気で言っているからこそ、適当に返事をしてはいけないと思った。
「私、アークといると落ち着くの。とても安心する。けど、それが恋や愛なのかが分からないの。自分の気持ちが分からないまま、アークに返事をすることはできないわ。だから、ごめんなさい。もう少し待ってくれないかしら」
そう言うと、アイディークは、ふぅーっと息を吐いて、肩から力を抜いた。
「えっと、アーク?」
「いや。断られたんじゃなくて安心したわ。待ってるよ。リリアの気持ちが整理できるまで。けど、少しくらい手を出してもいい?」
「手!?」
ボンっと顔を真っ赤に染めるリリーアジュを見てアイディークは笑った。
「うそうそ。冗談だよ。けど、その反応は脈ありだな」
サンフラワー色の綺麗な瞳が細められ、こちらをジッと見つめる。
これは、あれだ。
さっきも聞いた、色気と言うやつだ。
だから、細められた目だけで、こんなにドキドキするんだ。
「さて、長くまで留めてしまったな。俺も帰るから、家まで送ってやるよ」
「それは大丈夫よ。お父様が待ってると思うから。それより家って、アークの家はここじゃないの?」
隣に寝室もあるのよね?王城に住んでるんだと思ってたのだけど。もしかすると、ここは仕事する上でのアイディークの部屋なのかも。
「こんなところに住めねぇよ。硬っ苦しい。ちゃんと俺の屋敷もある。今度招待するからおいで」
「わかったわ。ありがとう!」
リリーアジュは少しウキウキした気持ちで席を立った。
城門までアイディークが送ってくれると言うので、ありがたくお願いした。
来る時は瞬間移動したので、ここが何処なのか、わかっていなかったので助かった。
確かに助かったのだが…
外までの道のり!色んな人がジロジロ見てくる!!
城内だから、多分王族やアークの関係者とか、王城で働いてる人とかなんだろうけど!!
しかし、次第に人々と目が合わなくなってきたし、内緒話もなく、皆見て見ぬふりをしている。
急になんでだ?と思ったが、アイディークを見て、答えがすぐにわかった。
アイディークの目が怖い。
睨まれただけで心臓が止まるのではと思うほど、とても怖い目をしていた。
それは、言えば冷徹の狼モードだった。
「どっちのアークが本物?」
優しい笑顔を浮かべるアイディークか、睨んだだけで人を殺せそうなアイディーク。
「残念ながら、どっちも俺だよ」
自分だけに向けられる優しい笑顔に再びダウンさせられるリリーアジュだった。
王城の門に近づくと、そわそわしているライデンがいた。ライデンはリリーアジュ達に気付くと早足でこちらに向かってきた。
「リリア!!」
「お父様!!」
お互い抱擁している姿を知らない人が見ると、まるで何年かぶりの再会のように見える。が、実際は数時間離れ離れになっただけだ。
「大丈夫だったか?何もされていないか?」
「えぇ!大丈夫だったわ!アークがいてくれたから」
後ろからゆっくり歩いてきたアイディークにライデンが笑いかけた。
「そうですか。やっと正体を教えたのですね」
「あぁ。流石にリリアも冷徹の狼は知っていたみたいだ」
魔術のことに関しては人一倍知識があるが、世の中のことには疎いリリーアジュ。
アイディークの言葉に少しムッとしたが、事実なので黙っておいた。
「さぁ、暗くなる前に早く帰れ。今日は疲れただろ。明日も招集があるから、ゆっくり休めよ」
メンデランス家の馬車が近くまで来て、御者が扉を開いてくれたので、乗ろうとした時、アイディークが、あ、そうそう。と思い出したかのように声を出した。
「ライデン。ドロリシア侯爵に気をつけろ。特に、あそこの令嬢、ベルナーラにはな」
「御意に」
ライデンは眉間に皺を寄せながら、去りゆくアイディークに礼をした。
少し顔色が悪くなるリリーアジュ。
そして、顔をあげたライデンは爽やかな笑顔になっていた。
「リリア。何された?」
アーク!?お父様になんてことを!!
「なっ、なんでもないわ!!」
「へぇー。なんでもないのに、あの方は気をつけろと言ったのか…」
「いや、その…」
「アイディーク様は嘘つきであったのか…」
「い!いいえ!そんな!とんでもない!!」
このままだと私のせいでアークが悪者になるじゃないの!!お父様が意地悪だわ!
「なら、どうしたのかい?」
「う…うううう」
観念したリリーアジュは馬車の帰り道でホールで起きた出来事をライデンに話した。
話終わるときにはライデンの顔から怖い笑顔は無くなっていた。
「そうか。流石アイディーク様だ」
「…お父様は…アークとは…」
「そうだな。私の大切な兄上のたった1人の愛弟子だ」
ライデンはどこか懐かしそうに、寂しそうに見えた。