桜VSメロン
「お前が灰色髪の仲間か……冷たい顔しやがって、ムカつくな」
門管理者専用の部屋にメロンが入ってきた。
地図を見つけたばかりの桜を睨みつけている。
桜は地図を折り畳んでポケットにしまうと、薄ら笑いを浮かべて飄々とした面持ちでメロンを見る。
「おや、タールさんとの戦いから逃げてきた負け犬さんですか? なんの御用で? ここは関係者以外立ち入り禁止ですよ?」
「お前を始末しにきたんだよ。つうかお前も無関係者だろうが」
後ろ手で扉を閉め、鍵をかけてメロンは首を鳴らす。
対して桜は飄々と笑っている顔は崩さず、あっけらかんと言った風に話す。
「いえいえ、私はこの街の管理人から鍵を預かったれっきとした関係者でありましてね。あなたとは立場も権限も違うのですよ、違法侵入無断滞在人の負け犬さん」
「やかましいな、お前」
メロンは左腕につけた籠手の手の甲部分についている半透明で半球体のオーブに触れた。するとオーブは淡い緑色の光を放って、輝き始めた。
桜はそれを見て眉をぴくりと動かした。
「神の力……それと【神器】……それなりの格はお持ちのようで」
「人間相手にはあんまし意味ないが、威力を込めた拳は痛いよな!」
殴りかかろうとしたメロンに対して、桜は拳銃を突きつける。
それを見てメロンは動きを止めて立ち止まる。
「神器を持っていると言う事は中央政府との関わりがある方ですか。それともどこかの名家の出ですか? この基地跡を街にしたと言う研究者も中枢からの流れ者らしいですからね」
「…………」
「ん? ……いや、落ちぶれた若い神官が確か3年前に消息を断ち、次に目撃されたのは『色の違う者達』を引き連れ……そしてーー……なるほど」
「なんだお前、したり顔して。どーでもいいからお前はすぐに帰れ。灰色頭も後で帰すから、この戦いに無関係なお前はすぐに帰ったほうがいいと思うぞ」
「関係ありますね。この街の隣には大事な弟の住む街があるのですよ。貴方がたは危険です、今ハッキリとわかった。今ここで私が分かろうとした瞬間帰らそうとしたことからも、貴方がたはこの街に寄生して暗躍し目的を果たそうと言うわけですか。貴方達が落ちぶれた原因である【人間】への復讐のために」
ほう、とメロンはため息をついた。
そして桜に向かって拳を振るう。
ブゥン!と籠手をつけた左腕が振るわれるが、桜はそれを後ろに飛び退く事でかわす。
そしてーー
「貴方達の仲間の中にイチジクという名の魔法使いがいますよね」
「っ⁉︎ な、なんで名前までーー」
「歳も言えますよ、魔法使いのイチジク21歳、元神官のメロン23歳、超能力者のオレンジ23歳、そして街の武装組織を一つ潰して警官をも殺した戦士のブドウ39歳」
「な、なんでそこまで……ブドウのも……」
「確かブドウが武装組織を潰したのは娘を殺されたからで、警察署に乗り込んだのはそんなギャングを放置していた警察に対して責任を取らせるため『半分死ね』と言い放ち署や寮で寝ていた警官を半数殺したという。あの時顔を見てまさかとは思いましたがエレベーターに乗って降りてきていたのがそのブドウか。どうやら私と貴方達は人知れず深い関係があるようだ。だがしかし、貴方達はタールさんと戦うつもりらしい、そしてタールさんも退く気はないでしょう……状況が状況だ、あの人なら貴方達との“決着”を望むはず。ならば私も思う存分付き合いましょう」
薄ら笑いを浮かべていたのをやめ、キッと顔を引き締めて真剣な眼差しでメロンを見据える。
「なんだよ! なんで俺らの名前を知ってんだ! それにお前らストロベリー街から来たんだろうが! 俺らの事を話そうと……あれ?」
その時、メロンは不思議に思った。
この西門の門番専用の部屋で桜を捉えたのは良い。だがなぜ桜はここにいた?
地図を探して先程手に入れていたのをメロンは見た。
だがなぜ地図が必要なのだ?
メロンがここに来るよりも先に門の外から出て、情報を持って戻れば良い。メロン自身も桜が門の外に出ているものだと思っていて、追いかけてから仕留めようと考えていた。
なのにどうして桜は地図を探しここに留まっていたのか。
「……そこまで、あの灰色髪が心配なのか」
「そうですね。間違いなくその要素はありますが、私はタールさんの意向に従っているまでです。あの人が最上階から落ちてきた時、あの人の考えは分かりました。だから私はそれに応えるのみ」
メロンはさらに追撃を加えるために攻撃する。
しかしそれも軽くかわされた。
「くそ! ちょこまかと!」
拳を振り抜き、かわした桜の姿を確認しようと桜の方を見た瞬間。
「え?」
メロンは驚愕した。
なんと桜の体がスーッと消えていくではないか。桜の後ろにある窓から差し込む日光が、桜の体を突き抜けて部屋の中に入ってくる。
そして桜の影も形もあっという間に消えてしまった。
「ど、どこいった! まさか透明化の能力者か!」
メロンは部屋の中を見渡すがどこにも姿はない。
消えていった桜のいた場所を殴りつけても感触はない。
慌てて外に出ようとしたが、メロンは押しとどまる。そして出口に背を向けて部屋の中を目を凝らして見続ける。
「透明化しているだけならまだこの部屋の中にヤツはいるはず。俺がここで扉を開けて出ていけば、その隙に黒ハットもそこから逃げ出すはず。ならば俺は扉を開けずにここでヤツが姿を現すまで根気強く待つしかない……!」
「本当に良かった」
その声を聞いてメロンは背筋が凍り、思考が停止した。体が硬直すると言う感覚を覚えた。
振り返るほどの時間はなかった。振り返って攻撃するほどの反応はできなかった。
ただメロンは後ろの、部屋のガラスの向こうの外に桜がいると言う事だけを察した。
「ば、バカな! 俺は開けてない! ドアを開けてないし、開いた気配もないのに……なんで外にいるんだ!」
ガチャ、と窓越しから桜は拳銃をメロンに向ける。
メロンの装備している神器に銃が向けられる。
タールは【神の力】で体が弱体化している状態。すなわちタールは神の力に弱く、それは神器に宿った力も例外ではない。
桜は引き金を引いて、ガラス窓越しに神器の手の甲部分に付いているオーブを撃ち抜く。はじめにパリンとガラスが割れて次にガシャン!とオーブは割られてその力を失った。
「本当に、あの人と本気で戦う前にこうして貴方に会えて良かった」
「テメェ!」
メロンは籠手を壊されたのも気にせず、真っ先に外に出る。
しかしその時にはもう桜は居なくなっていた。どこにも、なにも失くして桜は消え去ったのだ。この世から存在ごと消えたかのように、足跡も何もなく、ただ桜がいないと言う事実のみを残して。