灰色対戦
「ん? なんだ? なんの音だ!」
「下の方で大きな音がしました!」
「それはわかってる! 様子を見てくると言ったブドウの身に何かがあったんだ!」
メロン、オレンジ、イチジクは下の階から聞こえてきた轟音に戸惑いを見せる。慌てて王の間から出て、ブドウが乗って行ったエレベーターの様子を確認しに行く。
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王の間から両開きの扉を開いて出るとビルの最上階は三分の1が広い広間になっていて広間のど真ん中に下の階へと続く階段がある。
そしてそこを降りてから、廊下を渡り数々の部屋の前を通り過ぎれば正門(西門)側とは真反対の方角の位置にエレベーター室がある。そこに入り、3人はエレベーターのある場所にたどり着いた。
「どうなってるんだ! ブドウは!」
「他のエレベーターで降りますか!」
「いや待て、ブドウは何者かの気配を感じて降りて行った。下に降りれば敵がいるのは間違いない。ここはUー00を守るために3人でこの階を死守するのだ!」
最上階へ登ってくる意思があるのなら扉の上に付いているランプが点滅し始めるはず。しかしブドウが乗ったエレベーターが右、真ん中、左のうちどれか分からないため、3人はそれぞれ別々の扉の前で待機する。
そうしているうちに、エレベーターの扉の上に付いているエレベーターがどこの階にいるのかを示すランプが3つ同時に点灯した。そして2つのエレベーターが降りて行くのが音でわかった。
「3つ動かしたのは陽動か!」
ポッ、ポッと点滅するランプを見れば、下がって行っているのは右と真ん中で、左のエレベーターだけが1階から上がってきている。3人は左に集中する。
「来る! 来ますよこれ!」
「落ち着けオレンジ! キチンと集中するんだ!」
「いいか、俺らはあの子を守るためにここにいる。オヤジさんのためにも、守るんだ。いいな」
イチジクがそう言って、メロンとオレンジは緊張した面持ちでうなずいた。
そしてチーン、と音がして左のエレベーターの扉が開く。だがしかし。
「あ、あれ! 居ないどころか、エレベーター自体がありませんよ!」
「エレベーターの箱がないのは分からない。だが、だとすると登ってくるのは左以外の、右と真ん中のどちらかからと言うことだ!」
箱がなくなっていて、ワイヤーだけがある空洞が扉の向こうに広がっていた。
慌てて残りの真ん中をイチジクが、右側をメロンが担当する。オレンジはその場で立ち尽くしている。
「右と真ん中、同時に上がってくるぞ!」
「オレンジ! もし俺ら2人に何かあればお前が倒すんだ! いいな!」
「ええっ!」
「来るぞ!」
ガー……チーン!エレベーターの上がりきった音が鳴り、2つの扉が同時に開く。だがしかし……。
「あ、あれ……」
「いない……だと?」
メロンとイチジクは同時に目を見開いて驚く。右と真ん中の扉が開いても、エレベーターの中には誰もいない。左のエレベーターのように箱がないということもなく、ただ空っぽの箱があるのみだ。
「こ、来ないのか? もしかして」
「いいやエレベーターを動かして最上階まで箱がやってきている、という事は相手は最上階へ意識が向いているという事だ。来る来ないにしても何かしらのアクションがある……はず……」
自信なさげにイチジクはそう判断して、真ん中のエレベーターの中を外から覗いて確認する。四方四隅まで確認したし、天井も覗いたが誰もいない。それは右のエレベーターを確認したメロンも同じだった。
ガンッ!
すると突然、左側のエレベーターの前で立ち尽くしていたオレンジの頭上から、力強く何かを掴む音がした。
左側のエレベーターは扉が開いたままで、空洞が見えるままだ。そしてオレンジが音のした方を見上げると、そこには。
「っっっ!?!?」
逆さになった女の頭がオレンジ達のいるエレベーター室を覗き込んでいた。空洞の暗闇で顔は陰りを増し、無表情で覗き込む幼い顔はオレンジの背筋を凍らせた。
女はエレベーターの空いている扉の上部分を掴んだまま逆さになっていて、灰色の髪がだらんと垂れ下がり、黄金色の瞳がギョロリと動いてオレンジを視認した。
(まさか! 上がってきた別のエレベーターの上に乗って、やってきたのか⁉︎)
そしてこうして開いていた左の扉から覗いているのだ。
オレンジは慌てて掌に力を集中させて、自分の能力を発動させようとした。だが慌てすぎて集中し切れず、上手く力が溜められない。
その隙にタールはエレベーター室へと降り立ち、逆さまのまま手で着地すると、そのまま足を振り上げてあびせ蹴りをオレンジにくらわせた。
「ぐえでぇ!」
吹っ飛ばされて壁に激突し、オレンジは気絶した。
イチジクとメロンはやられたオレンジと、突然現れたタールに戸惑ったがすぐに自分達の力を行使しようとする。
しかし俊敏に動いたタールは、まず一番近くにいたイチジクの顎下に掌底をくらわせた。
メロンは拳に派手な装飾をされた籠手を装着して攻撃しようとするが、タールがイチジクの前に来た事で、イチジクの体が邪魔でメロンは何も出来なくなり、そのままタールにイチジクごと玉突きみたいに押し飛ばされた。
2人は壁に激突して、オレンジ同様力を失ってガクンと項垂れて気絶した。
「下に1人、上に3人……これで全員か? それにここは最上階みたいだ」
桜を残してエレベーターが行ける最上階に来たタールは、エレベーター室から出ると長い廊下を見つけた。床には赤と金色の刺繍がされた絨毯が敷かれており、迷路のように道が続いていた。
「……ん? なんだこの匂い、油っぽい匂いだ」
廊下に出た時、タールは油と鉄の匂いを感じ取った。
他にも部屋があったが、真っ直ぐ続いている廊下の先にはさらに上に続く階段があったので、全ての部屋を見ていくよりもまずはこの階段を登って行った方がいいと考えた。
「あれ、この階が一番上じゃなかったのか」
階段を上がると広間に出て、西側に大きな扉があった。
特に躊躇する事なくタールはその扉を開けた。中は最上階の3分の2を占めているためだだっ広く、ほとんど何もない空間が広がっていた。
入って正面奥には机と椅子が置かれていて、街を映す大きなガラス窓が壁一面に貼られていた。
そしてーー頭部を丸々覆うヘッドギアをつけた小柄な人間がいた。机も人間も入り口から遠い、この部屋の端から端の距離が空いている。
人間は寂しそうな背中をしていて、タールが部屋に入るとゆっくりと振り返った。窓から差し込む陽射しがヘッドギアに光沢を生む。
「……後はお前だけ?」
静かに佇む相手の全身を見て違和感を覚えた。腕の先や腰のあたりが硬そうな灰色の鉄で出来ていた。まるで鉄の人のようだ。
けれどそういうものは特に問題ではないと考えて、タールは一歩進む。
「来ないで」
タールが動いた瞬間、ヘッドギアの奥から女の子の声が聞こえてきた。小さく無機質な声だった。
タールが立ち止まれば、彼女はヘッドギアを外していく。
まずバサッと湿り気も油っ気もない白い髪が舞い、そして彼女の顔が現れた。
「………」
無機質。色も何もない無機質な顔を彼女はしていた。
腰まで伸びている白い髪。
顔には毛一つなく、半目にして開けられた目の中は白目部分が黒色で、瞳は赤。肌は日焼けも何もない、混じり気のないまっさらな肌色と、体の所々についている鉄の灰色の2色だけだった。
シャープな顔立ちと体型から辛うじて女の子だとわかるが、人間にしては顔に凹凸が少なく頰はふくらみのないなだらかな曲線で、唇はない。
さらに異様なのはおでこから顎にかけて線が書いてあり、まるでその線を境界線にパーツをくっつけたような感じ。
手も足も、見れば間接部分をくっつけたような感じがあり、所々ネジが見えた。首から下は何か着ているのかと思えば胸に『Uー00』と書かれているだけで、腕の裏や腰などに灰色の鉄が装着されているのみであり、他は肌色のまま何も身につけていなかった。
タールは彼女がなんなのか分からなかった。自分自身も異様な類ではあると自覚しているが、彼女は見たことのない雰囲気を纏っていた。
「……なんなんだコイツ? 岩みたいな、木みたいな、感情がない物と似た感じだ。しかも鉄と油の匂いもコイツからしてるし……鉄?」
ヘッドギアを持った両手を静かに見つめる彼女は、目を伏せて寂しそうに佇んでいる。ヘッドギアの直頭部分の丸いところを撫でている。
先ほどから全く代わり映えのしない雰囲気に、タールはいい知れない物足りなさを感じた。人間として決定的な何かが足りない。
「鉄……鉄の塊……もしかして、ロボットってやつか! そう言えば桜がこの街はロボットで作り上げたって言ってて、でも街の中にそんな風な物はいなかったから不思議に思ってたんだ。まさかビルの頂上にいるとはな」
「ロボット……そう見える?」
「ロボットを知らないからうんそうだとは言えない」
「そう……私も人間をよく知らない」
ロボット少女はヘッドギアを手前にある机の上に置くと、机を回り込んでタールの前に立つ。
「私の名前は『Uー00』。この街で生まれた“人間”よ」
「へ? あ、そうだったの? てっきりロボットかと思ったよ」
「いいえロボットであり人間でもある。貴女は? この“国”で暮らしてた人間の中には女の子もいて、貴女は女だと判断できる。でも両目のパックリ開いた傷痕は見たことない、来る時に怪我したの?」
「はー、どっちつかずなのか。つーかここは街とも基地跡とも聞いてるんだけど、国なのか? どっち?」
「どれでもあってどれでもない。そう言う所なの、ここは」
そう語るロボ少女の後ろには、ガラス越しに街の景色が一望できる。部屋の西、北、南の壁がガラス張りになっていてそこから景色が見える。
立ち並ぶ青いビル、黒い道のアスファルト、囲む灰色の鉄壁。そしてその中心でなんの感情もない透明で、ただただ佇んでいる灰色の少女、Uー00。
タールが見た景色は様々な色を持ってはいたが、あまりにも無色だ。人もいなければ感情もない景色が広がっている。タールはムスッと顔を歪めると一言。
「つまんね」
「そう言う評価」
「オレらはここに人がいなくなった理由を探しにきた。それを教えてくれたらすぐに帰るよ」
「私たちはここで暮らしてる。人がいなくなったのは自然と」
「いんやそーゆーのじゃなくて、証拠が欲しいんだってさ。何か聞いても無視して物的しょーこを得るまでは納得しちゃダメだってさっき桜が言ってた」
「単純に誰にも近寄って欲しくないだけよ。誰もいて欲しくない。いいえ、誰もいてはダメなの」
いてはダメ?とタールは首を傾げる。この街を作ったのは1人の研究者だとタールは聞いている。せっかく街を作ったのにどうしていてはダメなのかタールにはどうしても理解できなかった。何か理由があるとは思うのだが、それにしてもよく分からなかった。
「その理由が聞きたいんだが」
「そんな権利はない。勝手に人様の場所に土足で入ってきた貴女たちは無礼者。お前たちに聞く権利はない」
「もう分かってんだろ」
タールは笑顔のない顔で、挑戦的な顔をして大股でズンズンとUー00に近づいていく。対してUー00もそんなタールになんの感情もない顔で向き合う。近づいてくるタールを真正面から見据える。
タールの灰色の髪がなびき黒と赤のスカートが翻る。Uー00の白い髪がたなびいて灰色の体に光沢が走る。
「ここまでオレに来られた時点でお前らはもう終わってんだよ。オレも桜もこの街に人がいると言うことを知った。だから“局長”とかに報告する。だとすればどのみち聞くも聞かないもこの基地跡の事はみんなに知られるはずだ」
「…………。なら私たちがするのは」
「決まってる。本気で知られたくなかったらここでオレらをぶっ殺すしかないんだぜ」
ザンッ!
5メートルほど距離が空いたところにタールは立ち止まる。そして2人の視線が交差する。
しばらくの間があいた。
「…………オヤジのためにも、私たちはこの基地に、街に、国に居なくてはならない。誰にも邪魔はさせない」
「本気でそのつもりなら先手はやる」
またしばらくの間があいて、Uー00はダンッ!と足を踏み込んだ。そして勢いよくタールに飛びかかり、一足で1メートルもない距離に接近すると右腕で拳を突き出す。
右腕がUー00の体よりも後ろに引かれてタールに到達する直前、Uー00の右腕がガシャガシャと変形した。形を変えて拳が前よりも大きくなり、腕も太くなった。
膨張した右腕の拳が思いっきり振られる。だがタールはそれを表情を変えずに、左手で止めた。
Uー00の振った右腕の運動エネルギーが全て受け止められて、完全にタールの左手に止められた。
「…………」
すぐにUー00は右腕をタールから離すと、返しに体を大きくそらしてグルンとバク転して下から上へ両足で蹴り上げた。顎を狙って振り上げられたそれをタールは後ろに身を引く事でかわした。
両者距離を離す。Uー00は蹴り上げた状態から、両腕で着地すると膨張した右腕をしぼませた。するとばしゅん!と腕から空気が出てきてUー00の体は大きく飛び上がった。
そのまま天井に足をついて足場にし、タールに上から飛びかかる。飛び蹴りをくらわせようとするも、顔を狙った蹴りは難なくかわされて、逆に足を掴まれた。
タールはUー00の足を持って自分の右側にぶん投げた。投げられたUー00は手をついてズザザザと着地し、タールが全ての動きを見てから対応している事に気がついて、蛇が進むようにグネグネとした足運びでタールに詰め寄る。
右左、左右と不規則に近づいてくるUー00にタールは一瞬惑わされたが、Uー00が接近戦を持ちかけてくるのは目に見えていたので、胸の前で両腕をクロスさせて防御する。そこへUー00の真っ直ぐの飛び蹴りが突き刺さる。
だがタールはビクともしない。
「貴女も……異様な部類のバケモノ」
蹴りを入れたUー00は、飛び蹴りの体制のまま腕から空気を吹き出させて宙に浮き、二度三度と続けて蹴る。ガードの隙間や顔を狙ったが、全て防がれる。そのまま宙で回転して空気を噴射する反動の勢いを含めた回し蹴りを叩き込む。
それに対してタールは右手で左手首を掴むと、左腕で足蹴りを防いだ。ガズン!と重い音がしたがそれだけでタールは涼しい顔をしている。
Uー00は腕から噴出させる空気を使って、空中で体を翻して回転する。そして縦回転からの“かかと落とし”を狙うが、タールが飛び退く事でかわされた。
「その腕から出る空気の噴射! スピードとパワーを生み出してんだな!」
後方に下がってから、タールは踏み込んで突進して拳を突き出す。
ゴオ、と拳から猛々しい力を感じ取ったUー00は当たると危険だと察知して空中で左回転して逃れた。擦りもせずに通り抜けた拳だったが、そのまま振り抜かれた拳は空気を荒々しく乱し、Uー00の後ろにあった窓ガラスがパリンッと蜘蛛の巣状にヒビ割れた。
「魔王に対抗するために作られた高性能強化ガラスを割るとは……貴女何者?」
左側に回転し、空中から床に着地したUー00はその窓ガラスを見て一言そう言った。
「タール。TとAとRでタールだ」
タールは両腕でT、A、Rと形を作ってそう示した。
そう名乗ったタールに対してUー00は思うところができたが、どのみちタールはここで倒すべきなのだと思い直してUー00は改めてタールに向き合う。
今の状況は始まりの時と比べて真逆と言える。戦いの最中立ち代わり入れ替わりで移動しているうちに、Uー00はこの部屋の入り口側、タールは机の置いてある入り口から反対側に立っていて、立ち位置が逆になっていた。
そして冷静に部屋の中にある物を確認して、Uー00はタールの後ろにある机を見た。
「ねえ、下の階には部屋がたくさんあったはずだけど、見た?」
「見たけど、沢山ありすぎて中は見てないぞ。真っ直ぐここに来た」
「一階のエントランスも見たならわかると思うけど、ここにはエスカレーターがある。でもそれは1階から4階までしか続いてない。そこから上は全部エレベーターで上がる必要があるの。なんでこんな構造なのかわかるかしら」
「??? さあ?」
「オヤジは無駄なものは作らない。全ての事に意味がある。この下の階の部屋にはーーあるものが置いてあるのよ。私のためのね」
Uー00は両腕を広げた。するといきなり王の間の扉が開いて、外からUー00の腕より一回り大きな“鉄の腕”が飛んで入ってきた。
Uー00の両腕に収まるように飛んできたソレは、彼女の身体と同じ鉄でできていて機械じみていた。ガシャン!とそれは彼女の腕に装着された。装備のようだ。
さらにまだまだ装備が飛んできて、首肩腰脚とガシャガシャガシャと音を立てて装着されていき、最終的にはゴツゴツした装備となった。
Uー00が腕の装備をタールに向けると、腕の先が八門の砲門がついたガトリングガンになっていた。タールはそれが何かわからなかったが。
「対キラー専用戦闘装備【ANTI・KILLER】var.GRAY」
Uー00は静かに装備名を言う。
全身の装備は灰色で、ギラリと日の光に照らされて怪しく光る。
「最終形態。貴女の戦闘能力を加味して私のコンピュータがこの形態でないと貴女は倒せないと判断した。覚悟してもらうわ」
「この下全部の階にそんな装備があるのか?」
ガシャガシャくっついていった装備類に、タールは興味が湧いたーー
「ここに来る前にそれを見つけて試着したかったな」
趣味のファションコーデの観点から。
それを聞いたUー00は、恐ろしい力を持っているのにも関わらずなんて呑気な言葉、と呆れた。ロボットにまで呆れられるタールの趣味への執着なのであった。
「【グレイガトリングガン】!!」
ガガガガガガガガ!!!
Uー00の右手のガトリング砲から弾が発射された。何十発もの弾丸が一斉にタールに向かって放たれるが、タールはその飛んでくる弾全てを視認できた。腕を高速で動かして、自分に当たる弾だけを全て弾いたり、掴んで止めた。
掴み取れなかった弾はタールの後方に飛んで行き、ガラス窓に当たって、窓に弾かれて床にバラバラと落ちていった。
「ほー、弾丸ってこんなになってんだ」
Uー00の攻撃が止み終わると、手で掴み取った弾をタールは物珍しそうに見る。
対するUー00はタールの常軌を逸脱した運動神経と反射神経、そして銃撃を素手で止めるパワーに、さらなる危機感を覚えた。しかしーー
(ーーこれでTARを追い詰める作戦の準備は出来た)
Uー00はそう心の中で思った。ピッ、と頭の中にあるスイッチを押して“あるもの”を作動させる。
着々とタールは追い詰められていっているが、そんな事は知らないタールは手に持った幾つもの弾丸をその場で真上に放り投げた。
ブワッ、と弾丸がタールの前で舞い上がり、そしてタールはくるっと体を回転させると回し蹴りを放り投げた弾丸のうちの一つに当てた。
ドギュン!
銃ではなく単なる革靴での回し蹴りのはずなのに、Uー00の顔の真横を銃で放つ弾丸と同じ速度で、蹴られた弾丸が通り過ぎていった。
Uー00の白い髪を何本か掠め取り、後ろを見れば壁に風穴が空いている。
「銃ってのはこの弾丸をおもっきし叩いてはじくんだな。勉強になった」
蹴り撃ったもの以外の弾丸がタールの足元にバラバラと落ちる。
銃の真似事を人体でしようと思ったのだろうか、タールの考え方はどこかズレているとUー00は認識した。
圧倒的なパワーとスピードを兼ね備えたタールだからこその考え方なのだろう。計算外の力を持っているタールだが完璧ではない、無敵ではないとUー00は考える。
ここまでの一連の動きからタールの弱い部分はわかった。最も効果的な攻撃方法も分かっている。だからこその布石をUー00は準備してーー今、完了させた。
「【グレイガトリングガン】!」
またもUー00はガトリングガンを使って攻撃した。右手でバババッと銃弾の雨を撃ち込む。
だが今度は左手に装備されている空気の塊を撃ち出す空気砲を構えた。
ガトリング砲の放った銃弾の後ろからぶううう!と空気が噴射されて、射線が乱れた。
「うえっ?」
軌道が分かりづらくなり捉えきれなくなったが、タールはそれならガードに徹しようと腕を胸の前で交差する。
空気の流れによってバラバラの軌道から飛ばされた銃弾はタールに当たったのが数発で、残りの大半の銃弾達はタールの足元やあらぬ方向へ飛んでいった。カンカンッとタールの後ろにある窓ガラスに当たる音がした。
ガードをしたタールにUー00は、今度は空気砲を使わずにキチンと真っ直ぐ飛んでいくガトリングガンで攻撃。バババッとガードの上から何十発もの銃弾が襲いかかる。しかしガードしているタールには効いていない。風穴は空かないし、タールもちょっぴり痛いとしか感じていない。
だがそれでいい、とUー00は判断する。左手の装備を変形させて右手と同じガトリングガンにすると、両手で撃ち込む。そうなると両腕から放たれる銃弾の嵐に流石のタールも押されてしまう。
その銃撃の厚みと激しさに一歩、一歩と退がっていくしかない。
「……さっきからなんなんだ? なんか、何かを狙ってるよーな動きだな」
先ほどから意図的に同じ攻撃ばかりをしているように見えたタールは、Uー00が何かを企んでいることに気づいた。
だが少しばかり遅かった。
ガッ!
「え?」
タールは後ろ足に何かにつまづいてこけてしまった。両足が浮いて、未だ続いていた銃撃に押されて後ろに倒れ込む。
タールはガトリングガンの銃撃に押されて一歩ずつ退がっていた。つまりタールの立ち位置から考えると、どんどん後ろにあった机に近づいて行っていたという事。
そしてタールは自分の足元を見た。タールがつまづいた物とはーー
「アイツの被ってたやつ!」
Uー00が机の上に置いていたヘッドギアだった。Uー00は遠隔操作でヘッドギアを移動させ、机の下に置いておいた。そしてタールを押していけばいずれそのヘッドギアで後ろ側にころばせることが出来ると計算していた。
そしてUー00の作戦はここからだ。
「【エアグレイボム】!」
いつの間にか変形させていた左手の空気砲を使って、空気の塊をタールに向かって撃ち出す。
両足が床から離れているタールはその空気に押されて、そのまま後ろにあった机の上に倒れ込む。そして机の上を滑り机の後ろ側に落ちてしまった。机の後ろにあった椅子を跳ね飛ばして床にドテッ、と頭から落ちたタール。
「貴女の一連の行動の中に、ひとつだけ違和感があった」
ばうん!とそこへUー00が空気の反動を利用し、机を飛び越えて、タールの頭上に飛び上がった。
そして天井スレスレまで飛び上がったUー00は右足を振り上げて体を縦に回転し始めた。
「それはーー頭に攻撃したものだけ、ことごとくかわしていると言うこと」
ーー返しに体を大きくそらしてグルンとバク転して下から上へ両足で蹴り上げた。顎を狙って振り上げられたそれをタールは後ろに身を引く事でかわしたーー
ーータールに上から飛びかかる。飛び蹴りをくらわせようとするも、顔を狙った蹴りは難なくかわされて、逆に足を掴まれたーー
ーーUー00は腕から噴出させる空気を使って、空中で体を翻して回転する。そして縦回転からの“かかと落とし”を狙うが、タールが飛び退く事でかわされたーー
「つまりお前は頭への攻撃を受ける事を無意識のうちに避けている、そこが弱点」
飛び上がり無表情でタールを見下ろすUー00は“かかと落とし”の攻撃に入る。
だがタールはそこでUー00の動きの中に隙を見た。タールは机の上を滑って、その下に頭から落ちた。体の向きは頭が下にあり、足は机の上に乗っかっていて、胸から下は机に寄りかかっている状態だ。
これが何を意味するのかと言うと、タールの頭部に“かかと落とし”をくらわせるためには、Uー00が机の向こう側から飛び上がりかかと落としの体制まで移行するのに体の向きを空中で逆向きに調整する必要があった。その隙をタールはつく。
ダンッ!と強く両手で床をつくと、逆さの体制で起き上がった。そして足を伸ばして瞬時に蹴りをUー00に向ける。
Uー00は右足を振り下ろしてタールの頭部を狙っている。そんなUー00に向かってタールは蹴り下ろしている右足を合わせて蹴り上げた。
ガンッ!とタールの蹴りはUー00の膝に命中した。このまま力を込めて蹴りをかわそうとした。だがーーだがしかし。
「そのくらい計算のうちーー私が狙ったのは貴女の頭への攻撃“ではない”。貴女の蹴る動作そのものが“必要だった”」
「⁉︎」
Uー00は振り下ろした右足とは逆の、左足を伸ばすと膝を蹴っていたタールの足の上に添えて力を流すように操作し、そのままタールの蹴りをタールの後ろにあったガラス窓に向かわせた。
蹴った動作のまま体が伸びきっていたため、Uー00に足をガラス窓の方へ動かされたタールの体は引っ張られて、手が床から離れて、体が宙に浮き、ガラス窓へ向かってすっ飛んでいく。
魔王対策のためにより頑丈に作られてそんじょそこらの生半可な力では到底壊せない強化ガラスに、先程ガラスにヒビを入れたタールの力を加えれば、おのずと。
ガシャーーーン!!!
タールの蹴りはUー00の操るままに後ろの窓ガラスを叩き割った。タールの足がガラスを貫いて飛び出す。
「なっ!」
蹴った勢いのまま、自分で割ったガラスの向こうへと飛び出しそうになるタール。ここは推定200メートルもの高さのあるビルの頂上だ。
タールは慌ててもう一度床に手をつき、力を込めて落ちないようにする。しかし。
ぐらっ!とタールの重心が傾いた。見れば床についた手の下には先ほどUー00が放った銃弾が転がっていた。その上に手を置いてしまったため手元が滑った。
タールは体制を立て直すことができない。
「くっーー!」
タールの体が窓の外に放り出される。直下200メートルの空中へと投げ出された。
対して、タールが膝裏を蹴った事で少し体制を崩していたUー00は両腕から出した空気で無理やり立て直すと、追い討ちにと腕のガトリングガンをタールに向ける。
「!!」
その時、Uー00はタールの目がギラリと光っていて、200メートルもの上空から落ちようとしていると言うのに、まだ戦いの目をしているのを見た。
ガキュン!
Uー00が撃とうとしたガトリングガンの砲門の一つに銃弾が撃ち込まれた。見れば落ちていくタールが床に転がっていた銃弾をいつの間にか手にとっていて、親指で弾いて撃っていた。そして見せつけるように指の間に銃弾を挟んでいる。
「ふん!」
そしてタールは大きく体をそらすと頭をビルの外壁にぶつけた。その衝撃と反動でタールの体は落下スピードを上げた。
そのままタールは体を丸めて膝を抱えると、くるくるくるくるくる回りながら落ちていった。その落下スピードはさらにグングンと上がっていって、あっという間に落ちていく。
「……一体何……アイツは」
Uー00は空中に飛びながら窓の外に出る。そしてくるくる落ちていくタールの姿にさらなる注意の念を向けた。
「この高さから落下しようと言うのに、追い討ちを防ぐために銃弾を撃ち込み、こうして落下スピードを上げたのは私が空を飛べるから空中戦は難しいと判断した上での行動。そして行動に一切の躊躇いがないから、200メートル上から落ちても平気だとわかっているのね」
Uー00はタールをビルの最上階から落とすしか、あの場面で勝つ手段はなかった。しかしそれすらも効かない様子。この様子だと平然と地面に着地してまた最上階まで登ってくるだろうと言うことは想像に難くない。
Uー00は静かに見下ろす。
「……やはり、アレしかない。この最終武装にはもう一つの戦い方がある……それを使うしかない」
武器のガトリングガンが問題なく動く事を確かめると、Uー00はタールを追いかけて落下して行く。