出陣、紫色の刀
「街の外周を取り囲んで鉄壁がそびえ立っており、ここはチュール国の魔王子キラーとの戦いのための軍事基地として使われていた場所です。中にはまだその時の名残で軍事開発のための研究施設や武器倉庫などがあります」
鉄壁に囲まれた街の跡、もとい基地跡に入るためにタールと桜は正門の前に来ていた。
人間の敵である魔王とは人間よりも体が大きく、それなりに大きな門にしないと簡単に突破されてしまう。そのため今こうして2人が見上げている西門も、人の何十倍もの大きさがある。鉄壁も含めて街を囲む壁は全て高さ20メートルは下らない。
「そして20年前のチュール国との終戦でこの場所は使われなくなり、ここにいた軍隊は一部を残してほとんどが人間界の中枢の街に帰って行きました。そしてこの街に残った一部の人間達は、新しくできた現在最も魔界に近いとされる街に移動し、結果この地に人間はいなくなりました」
けれど捨てられた基地は生まれ変わって、立派な街として存在している。その訳は、異例な事に戦後間もない頃中枢の街からやってきた1人の研究者がたった1人でここまで発展させたのだと、桜は説明した。
「依頼主の“局長”の話によると、その研究者は最近人間界でもっぱら注目されている“ロボット開発”の前任者で、そのロボットを使って街の建造物を建造したとの事。鉄壁は基地時代にからあったみたいです」
「ん? “局長”はなんでそんな事知ってんだ?」
「あの人はストロベリー街の管理者であると同時に、すぐ近くにあるこの捨てられた街も監視下に置いていました。その理由もありますが、この街から去った者たちは他の街に移動しているようで、その者達に聞いた話にもよるらしいです」
「やっぱりこの街から人がいなくなったのは、人間がここから出て行ったからなのか。でもなんでなんだ? 最近できたばかりの街で、住み始めたのも最近なはずだし、思い出とかありそうなものだけど」
「その辺りを調査するのが我々の役目です。最も10年近く調査していた“局長”がたどり着けなかった真実を解明出来るとは思えません。今回は街の様子を見るだけにして、早く帰りましょう」
門の前で説明を終えた桜は足早に門に向かって行く。一刻も早くタールをここから連れ出して、もっと安らげる場所に連れていきたい思いで一杯だった。
(タールさんは【神の力】によって弱体化している。今こうしているだけでもキツいはずだ。なんならこの街を爆弾なんかで消しとばして、タールさんの気苦労を少しでもなくすという手もありますね)
調査を依頼した、ということは先ほどから彼らが口にしている“局長”はこのからっぽの街を重要視しているはずだが、桜はそんなものよりタールの心配をしていた。街一つ消しとばしたとしても、タールが休まる時間を確保する方が何百倍もマシだと本気で思っている。
「桜〜、なんでそんな急いでんだ?」
そんな桜の心情を知らず、タールは彼の後を追いかける。だが固く閉じられている西門をどうやって開けて中に入るのかが分からなかった。
外から続く黒いアスファルトの道が街の中に繋がっていて、正門はそこから来る者を固く遮断するように建てられていて、入るには巨大な門を機械装置で動かして開けてもらうしかない。
「なあ、どーやって入るんだ? ブチ破るか? 人がいないから開けてもらえないぞ」
「少し曲がった方法で入ることになりますが、門の脇に小さな扉があるのが分かりますか」
「んー? あるな。人が普通に入れるくらいの」
桜が指さした先には扉があり、その扉の上には『門管理者専用扉』と書かれていた。
ここは門を管理する門番職員のみが出入りできる専用の部屋だった。休憩室も兼ねている。
そしてこの部屋を通って、反対側の扉から出れば鉄壁の中に入れる。
「そこの扉の鍵を局長から預かっています。ここを抜けて中に入るのです」
桜が扉の鍵を開けて、2人は中に入る。
中はそれなりに広く、20人くらいの人数なら伸び伸びと活用できるくらいのスペースがあった。机や椅子が置いてあり、壁際にはロッカーや棚、放送のための機材などが置かれていた。
そして入ってきた扉の向かい側にもう一つ扉があった。すぐ横には鉄壁の内部が見える窓。タールが部屋に入ると桜は入ってきた扉を内側から鍵をかけ、次は街に入るための向かい側の扉を開けた。
「おー! すげー! 上から見たけどやっぱビルとかたっかい建物ばっかだなー!」
外に出ると、タール自身が今までの人生で見てきた街の中では群を抜いて近代的な街並みが広がっていた。
青っぽく輝くビルのガラス窓は街を青く染め上げ、街の外からずっと続いている黒いアスファルトが街に円を描いて敷かれている。街は鉄の壁で囲まれていてその壁の大きさの悠然とした安心感たるや、そして何よりこの門から出たところからでも見える一番高い円柱型のビルが目についた。
「あの高いビルが一番怪しいですね。まずはアレを目指しましょうか」
入って来た扉を外から鍵で閉めた桜は、目的地を一番高いビルにした。地図も土地勘もない状況で目標にするのなら高いビルが一番いいと判断したからだ。
しかしタールは全く別のところに目を向けていた。西門から少し遠い場所にある店を指差して。
「なーなー! 桜! あそこの店のウィンドウに飾ってるのってベルトドレスって言うベルトでぐるぐる巻きにしてる幻のワンピースドレスじゃないか⁉︎ 界隈ではベルトしか体を覆う布がないパンチの効いたファッションだから存在ごと闇の中に消されてされているんだが、あれ見たの初めてだぞ、オレ!」
「……タールさん? 今日はショッピングしに来たわけではありませんよ? それに買う時どうするのです? 店員はいませんよ」
「か、金を置いてけば文句はないはず……」
「タールさん?」
「う……わかったよ……」
幻なのに、と拗ねてしまったタールを連れて桜は一番高いビルに向かう。途中店々が並んでいたが、やはり誰一人住人はおらず、さらには車や自転車など乗り物類も見受けられ無かった。
「生活していたという痕跡をなくしたような……ここにいた事を隠したいような、逃げ出したようなそんな感じがしますね」
「むう……」
「けれどビルに老朽化が進んでおらず、人がいなくなり出したのがつい一年前だと言うことから、一年の間に何かがあったんでしょう。けれどこの間ここを監視していた街の局員から、中に人がいて攻撃されたとの報告があり、その調査をするために我々がこうして出向いているわけです。もっともこうしてみると人がいなさすぎて本当にいたのかどうかも怪しいです。けれどももしそんな人間がいるとすれば危険人物として我々の街まで補導しなくてはなりませんね」
「ふんだ、知らないぜそんな事」
「……はあ、この件が済んだら買ってきていいですから。あんな服着るのはオススメしませんが」
「ホントか! ならさ、桜! ここに来てずっと疑問に思ってたんだけど、どうやってここの奴らって生活してたんだ? 街の外は荒野が広がってて、上から見た時には田んぼとか見えなかったし、食料をどうやって手に入れてるのかが不思議なんだが」
桜は歓喜しながらも依然として笑顔のない表情で言ったタールの疑問は最もだと考えた。
「ここは使われなくなった場所ですので、物流による補給は乏しいはず。品種改良や室内栽培による野菜や食料の確保が主な食料源でしょう」
「肉は? 動物が見当たらないけど、人間は肉を食べないと生活できないってバルっちが言ってたぞ」
バルっちとはタールの仲間である。
タールは腰まで伸びた長い髪を背中からかきあげて、顔の前に持ってくると、顔面を覆った髪の隙間から顔を覗かせてから髪を長ーい髭に見立てて、その髭(髪の毛)を撫でながら物真似した。
ちょっと低い声を出して胸を張り、偉そうな雰囲気を出す。
「バルっちは、こう……人間は何でもかんでも食うから好みもそれに応じて無限にあって、一人一人の好みを判断できねぇんだわ。だからしょっぱな初対面で人間に料理を振る舞うとしたら鍋で人間の食をまとめたものを入れるだろーな。とりあえず肉入れときゃ喜ぶ……ってさ」
髪を戻すとバサッと灰色の髪がタールの体の周りを舞う。
「ふむ、家畜がいるとして、人間がいなくなった状況で育てるのは難しいでしょう。家畜も共に街から出て行ったか、それとも……いや想像は難しいですね」
「……家畜?」
「この街の生活は我々では到底想像できないもののはずです。最初は軍事基地で、それを街として居住スペースを作り上げた。食料なども我々が考えている以上の技術があるのかも知れません」
「オレらの想像もできない、技術の食料?」
考えてみるがタールには何も思い浮かばなかった。
そもそも人間界の食事情を未だに理解しきれていないのだから、人間達が何を食べているのかとかタールには理解しきれないが。
「技術っていえば、そー言えばさっきロボット開発とか言ってたよな? その、ロボット? てのは食べられないのか?」
「食べられませんよ。鉄の塊です」
「そもそもロボットって何?」
「人の形をした機械で動く人形です。主に人の世話などが使用理由ですが、中には腕や足に兵器を装着している戦闘兵器がいるらしいですよ。まあ人形兵器ロボットは17年前に人間界政府の中枢から禁止されているので、ここで使われていたのは建設用のロボットでしょうね」
「へー、人間界もどんどん進化してってんだな」
「“人間が進化した”、という訳ではありませんけどね。それよりも着きましたよ」
話しながら結構長い道のりを進んでいると、2人は一番高いビルにたどり着いた。
ビルの周りは円状に道が作られていて、完璧な丸を描いていた。2人はその道を越えてビルの玄関口前に着いた。
「およそ200メートルほどの高さですね」
「たけー」
「入り口は自動ドアですか。動いてはいないと思いますので、こじ開けて行きましょう。タールさんは私の後ろについてきて下さい」
「オレが前じゃなくていいのか?」
「ええ」
桜は黒いスーツの胸ポケットから拳銃を取り出すと、弾を確認してからまず自動ドアのガラスから中の様子を伺う。
ガラスごしから見えるビルの内部は、だだっ広いエントランスと受付カウンターがあり、広間の中程にエスカレーターが上の階に繋がっていて、ビルの高さからして奥の方にはエレベーターがあるだろうと予測がついた。
奥の方に目をやればそこにはドアノブ式の両開き扉があった、そこがエレベーターがある部屋だろう。そこは自動ドアとか近代的な物ではないのかと桜は心の中で突っ込んだ。
ガパッと開いた場所なので遮蔽物も少なく、完全に視認できないのはエレベーターがあると思われる奥の部屋の中くらいだ。エスカレーターの影やカウンターの影などに注意しつつ自動ドアに近づく。
桜は誰も人間がいないので自動ドアも動くはずがないと思い込んでいた。しかしドアに足を近づければウィーンとドアが自動で開いた。
「っ! タールさん! 走りますよ!」
自動ドアが開いた瞬間、桜は目を見開いて驚き、すぐに次の手を考えついてタールの手を引いてエレベーター室があると思われる奥の扉に向かって走る。
「え? なんで?」
「自動ドアが開いたという事は何者かがこのビルにいるという事。しかしエントランスには人影が見当たらず、という事はつまりこのビルの別の場所に居るという事! ならば先手必勝! あのエレベーター室まで走って辿り着く! 自動ドアが開いた事は向こうも感づく! その意表をついて先に行動します!」
銃を構えながらエントランスを索敵しつつ、走り抜ける。そして桜はエレベーター室の扉のドアノブに拳銃を向けて銃弾で撃ち壊すと、タールの腕を引っ張って自分より前に行かせた。そして桜はそのままくるりと反転し、後ろ走りで背中でタールを押す。
引っ張って前に行かされた勢いと、押される勢いでタールは扉を威力ある張り手で開け放つ。
タールが中に入り瞬時に素早く索敵したと同時に、桜も後ろを索敵し警戒しつつ中に入る。一瞬のうちの連携ののち、中にも外にも人間がいない事を知った上で、タールと桜はエレベーター室に辿り着いた。
入るまではまだエレベーター室だと確証はなかったが、部屋の中は案の定奥側にエレベーターが3つあるエレベーター室だった。エレベーター室の入口の扉は開け放ったまま、桜が拳銃を構えて警戒しつつタールと話す。
「タールさん。まずはエレベーターで最上階に向かいます。情報を探るにも、このビルにいるであろう人間を探すにもまずは上から探して行きます」
「前いたやつがあのドアの装置を動かしたままだった、って言うのは考えられないのか?」
「どうでしょう。確かにそれはあり得そうですが、このエレベーター室の扉は色あせてはいるものの、錆びれなどがありません。それに走りながらエントランスの防犯カメラを確認しましたが作動しておらず、まるで生活のための必要最低限の物だけを活用できるようにしている様子。……とにかくエレベーターさえ問題なく動けば良いのですが」
ガシャン!
「でもこのえれべーたーって言うのどうやって使うんだ? 扉開けても中には空洞と紐がぶら下がってるだけだぞ」
「違う違う違う違う違う違う、エレベーターはそうやって使うのではありません」
エレベーターの扉を力づくでこじ開けて中を覗いている人間界の常識が通じないタールに、桜は使い方を教える。
「横にあるボタンを押してから、エレベーターが来るのを待つのが乗り方の基本です。ほら、勝手に押さないで下さい。私が押しますから」
ピッ、ピッ、ピッとエレベーターの上部分にあるエレベーターの乗り込むための箱がどの階にあるのかを教えてくれる点滅ランプが段々と降りてきている。
これ以上勝手にされてはどうなるかわからない、と桜は外の警戒をやめてエレベーターに近づく。しかしタールはキョトンとして。
「へ? いや、何も押してないぞ?」
「? 上がるボタンを押したのではないのですか?」
「押してない」
2人は顔を見合わせる。
その間にもエレベーターは降りてきている。確かにタールがこじ開けたのは3つある内の真ん中で、降りてきているのは左側のエレベーターだ。
桜は全てを察した。タールが何もしていないのなら、エレベーターを動かしているのは相手側と言うこと。
「30階も上からすでに12階まで降りてきている……⁉︎ 最初から12階にいたとしても、相手は1階に降りてきてる! 我々が気づくよりも先に相手方の方が行動が早かったのか⁉︎」
「なあ桜、ちょっと聞きたいんだが」
「な、なんですか?」
「ここに人がいるとして、それってオレらが戦う必要がある敵なのか?」
「間違いなくここにいる人間は危険です、しかし……」
桜が答えに窮している内に、エレベーターは到着した。
そして扉が開くと、そこには2メートル越えの上半身裸の大男が腰に刀を携えた格好で立っていた。刀の男はタールと桜に気づくとすぐに刀を抜いて激昂した。
「お前ら誰だ! お前らが新手の侵入者か!」
「……タールさん」
「とりあえず倒せ、だな!」
一瞬のうちに、男の持つ刀とタールの拳が交差する。