カフェ・ホワッ?のステージ
「では、本日のトップバッターは」
妙にテンションの高い司会者がステージに立つ。僕たちはその声に導かれるようにしてステージを見る。
「清水靖ぃ~」
「えっ」
そこに出てきたのは、ミュージシャンではなかった。
「誰?」
「芸人よ」
涼美が言った。
「芸人?」
「スタンダップコメディ」
「スタンダップコメディ?」
初めて聞く名前だった。
「何それ」
「見たら分かるわ」
「・・・」
そうこうしている間に、その清水靖なる人物が舞台に立った。そして、話し始める。
「・・・」
政治や社会風刺、時には日常のちょっとした小話など、初めて見る笑いだった。
「・・・」
おもしろかった。テレビなんかでよく見る誰かをバカにしたりいじめたりといったお笑いとは全然違っていた。
「こんな笑いがあったのか・・」
僕は驚く。どこか知性を感じた。僕自身いじめられた経験が数々あり、テレビのいじめをメインとしたお笑いはあまり好きではなかった。だが、これはすごくいいと思った。
「ここに出られるってだけで、その業界では結構箔になるのよ」
食い入るようにステージを見る僕に涼美が言った。
「そうなの?」
僕は涼美を見る。そうだったのか。それも知らなかった。ここは、僕の知らない世界だった。
「さあ、次の芸人は、アナル田淵」
「ん?」
今何か、変な単語が聞こえた気がしたが・・。だが、それもつかの間、ステージ上は、すぐに何やらおかしな空気になる。
「ア、アナル?」
名前がなんかおかしかった。
「ちゃんちゃら~ちゃんちゃん~♪」
何やら変な小歌を口ずさみながら、今度は何やら異色の男性がステージ上に出てきた。その小柄だがなんか異様に毛深くガタイのいい男は、真っ赤なレスラータイツに身を包み何ともコミカルな笑顔を振りまいて独特の動きでステージ上に出てきた。
そして、男はいきなり客席にケツを向けると、割り箸を取り出した。
「な、なんだ?」
そして、何をするのかと思っていたら、男はやおらいきなりケツのタイツを両脇からまくり上げ、Tバック状にすると、そこに割り箸を横に挟み込んだ。
「んんん?」
一体何をするんだ?
「ふんっ」
と思っていると、アナル田淵はケツに力を込めた。
バキッ
ケツの圧だけの力で割り箸が見事に折れる。
「・・・」
ケツで割り箸を割るというほぼ宴会芸みたいな芸だった。でも、それは滅茶苦茶ウケていた。隣りの涼美も爆笑している。
「・・・」
なんだかんだこういう低俗な芸が一番ウケるらしい。
「さっきまでの高尚な笑いはどこ行った・・」
一瞬で急に、ステージ上は恐ろしく低俗になった。その後も宴会芸が続き、アナルの次も、奇人変人みたいな芸人が次々出てきた。
「やっぱりここも変人ばかりだな・・汗」
そこはライブハウスハワイアンパラダイスと変わらなかった。
「やっぱり、目立ちたがり屋ってのは圧倒的に変人が多いんだな・・汗」
僕もまったく人のことは言えなかったが、そう思った。
「ありがとうございましたぁ」
そして、最後の出演者のライブパフォーマンスが終わった。
「さあ、私たちの出番よ」
涼美がバーカウンターから立ち上がる。
「おう」
久々のライブだった。みんな気合いが入っていた。
「おおっ」
涼美が舞台衣装に着替えて控室から出てきた。この日、凉美は、真っ赤なピチピチのミニのワンピース姿だった。
「どこまでセクシーなんだ」
真っ赤な服と対照的な、艶めかしいその真っ白い肌の露出とその胸の膨らみ。
「・・・」
凉美は、まだ高校生だった。しかし、その色気は高校生のそれではない。性格は最悪に悪いがその容姿は、それに激しく反比例して、やはり恐ろしく美しい。今までの理不尽で傲慢なあれやこれが全部吹っ飛ぶくらいに、やはり、その美しさは凄まじかった。
「・・・」
僕は思わず見とれてしまう。悔しいが、やはりその圧倒的美しさは認めざる負えなかった。
「今度私の前に出たらマジでぶっ殺すからな」
ライブ直前、涼美が僕に睨みを利かせてきた。それは般若のような恐ろしい形相だった。さっき見惚れたことを後悔するほどに、やはり、どれだけ見た目が美しかろうが、その性格はやはり恐ろしく悪い。いや、美しいから悪いのか。
「お前は私の後ろで、冷蔵庫の奥の片隅で存在を忘れられてカビを生やした消費期限切れのチーズみたいに静かにしていればいいのよ」
「誰が消費期限切れのチーズだ」
僕は、そう言い返しながら顎を押さえる。前回殴られたところが、まだ痛い。
「本気で殴りやがって」
マジで手加減なしだった。
「・・・」
だが、僕は今回も前に出る気満々だった。
「出るに決まっているだろ」
今日もライブ前に酒を飲み、気の大きくなった僕は、一人心の中でほくそ笑んでいた。
「出ないでか」
出る気満々だった。涼美に弾かせないぞという勢いだった。あの傲慢な鼻っ柱を今日もへし折ってやる。日頃の涼美への怨念も含め、僕はやる気満々だった。
「ちょっと」
そんな僕に涼美がまた声をかける。
「なんだよ」
「ここは目の肥えた人たちばかりだからへましないでよね」
「うううっ、いちいち、しかも、そんなこと言ったら僕はよけいに緊張するじゃないか」
本当に嫌な奴だった。
「それではぁ、本日のトリを務めますぅ、まだ十代のバンド、シルバーバックぅ」
陽気な司会者の呼び出しで僕たちは舞台に立つ。
そして、僕たちはカフェ・ホワッ?の初めてのステージに立った。こじんまりとしたステージだったが、数々の有名ミュージシャンの立った舞台と思うと酔った頭でも少し緊張する。僕はポケットに忍ばせていたウィスキーを飲み足した。
「へいへいへへ~い。みんな元気か~い。オレさまは元気だぞぉ~」
「・・・」
「オレさまたちがシルバーバックだぁ。どうだ、まいったか」
「・・・」
そして、いつものようにジェフの奇妙な日本語とテンションで、観客がドン引きし戸惑いながら、僕たちのステージは始まった。
まずはいつものように、ジェフのおかしなキャラに観客は驚き戸惑い、その次にその隣りにいる涼美のその容姿に驚き、釘づけになる。
そして、そん亜観客の空気を打ち破るように演奏が始まった。
広大な大地のように、どこまでも安定した丸ちゃんのドラムのリズム。そして、この世界そのものを破壊してしまうかのような、大吾くんの弾くベースの重低音。本当に大地を揺らしそうなほどの、地鳴りのような重低音。腹の底から魂まで揺らす重低音。
そこに僕と涼美のギターが乗る。僕たちは個々の演奏のレベルも、バンドとしての息も各段に向上していた。演奏にも観客が驚いているのが分かった。ジェフのキャラと涼美の容姿だけではないことを感じる。バンドがバンドとして成長し、完成してきているのが分かった。
演奏が始まってすぐに、客の心を掴んでいる。それが確かな感触として分かった。




