再びあゆちゃんち
「先輩」
突然、背後から、人懐っこいかわいい声が聞こえた。
「ん?」
僕は振り向く。スタジオの敷地から出て通りに出たすぐのところだった。
「へへへっ」
すると、あゆちゃんが、電信柱の影からひょこっと、いたずらっ子みたいに現れた。
「は~い、先輩」
あゆちゃんは、まるでジェフみたいに右手を上げて、小さく笑顔を作る。
「あっ、あゆちゃん、どうしたの?」
僕は突然現れたあゆちゃんに驚く。
「多分ここじゃないかなって」
あゆちゃんは、笑顔でそんな僕の顔を見つめる。
「えっ・・」
偶然じゃなく、僕を待っていたの・・?
「先輩今日も練習ですか」
「う、うん・・」
「先輩は努力家ですね」
「えっ、う、うん・・」
僕は練習というつもりはない。ただ弾きたいから弾いているだけだった。
「今日はもう練習終わりですか」
「う、うん・・」
「じゃあ、先輩うちに寄って行ってください」
「えっ」
いきなりのお誘いに僕は戸惑う。
「いいでしょ?」
「えっ」
しかし、あゆちゃんのちょっと小首を傾げた「いいでしょ?」は、かわい過ぎて健全な男子には核兵器並みの破壊力があった。
「う、うん・・、いいよ・・」
僕は頷いていた。
「よかった」
そう言ってあゆちゃんは、僕の隣りに並んで立ち、僕を導くように歩き出す。
「・・・」
僕たちはスタジオから、僕の家とは反対のあゆちゃんちの方に歩き出した。
「なんだろう・・、いきなりうちに来てって・・」
歩きながら僕は思った。僕は訳も分からず、あゆちゃんと一緒にあゆちゃんのうちへと歩いて行った。
「・・・」
二度目のあゆちゃんの部屋だった。僕はまた、前回来た時のように、きょろきょろと部屋の中を見回してしまう。そこは女の子の部屋だった。きれいに整頓されていて、カラフルでかわいい色調の小物が置かれ、飾りがしてある。その色彩感覚と装飾能力は、僕にはまったくない能力だった。
「いいのか、僕みたいのがこんなにかんたんに女の子の部屋に上がって・・」
二度目だし、愛ちゃんの部屋にも上がったことはあった。しかし、やはり、女の子の部屋はなんか恐縮してしまう。
「先輩」
「えっ」
あゆちゃんはベッドに座る僕のすぐ隣に座る。
「滅茶苦茶近い・・」
それはもう体が触れてしまいそうなくらいの距離だった。体温すらを感じる。
「先輩」
そして、あゆちゃんが、真剣な目で僕を下から見上げて来る。
「はい」
思わず敬語になってしまう。間近で見るその薄っすらと潤んだ瞳が堪らなくかわいい。
「先輩」
「はい」
これはもしや、もしかして・・。僕はファーストキスの時を思い出していた。
「ゴクッ」
あの時、あゆちゃんはものすごく積極的で、情熱的だった。
「先輩」
「な、なんでしょう?」
「私新しい曲作ったんです」
「えっ、曲?」
「はい、ちょっと聞いてくれますか」
「う、うん、もちろん」
あゆちゃんは部屋の脇に置いてあったアコースティックギターを手に取る。
「ふぅ~」
僕は大きく息を吐く。ホッとしたような残念なような複雑な気持ちだった。
あゆちゃんは、アコースティックギター片手に生声で歌い出した。マイクを通さなくても、声がよく通り声量があった。あの澄んだそれでいて迫力のある声であゆちゃんが歌う。やはり、すごくいい声をしている。その声をすぐ隣りで生で聞ける幸せと幸運を僕は思った。普段イエローバクは、エレキだが、アコースティックもよかった。
あゆちゃんの歌うその曲は、驚くくらいいい曲だった。
「どうでした」
歌い終わると、ちょっと恥ずかしそうに、あゆちゃんが訊いた。
「すごくよかったよ。びっくりした」
実際、本当にびっくりした。こんな曲を作れるなんて、本当に才能があると思った。
「ほんとですか」
「うん、本当だよ」
「よかった。先輩に最初に聞いてもらいたかったんです」
「えっ、そうなの」
「はい」
そして、何か意味ありげに、訴えかけるようにあゆちゃんは僕を見る。
「?」
しかし、その意味が僕には分からない。
「ど、どうしたの?」
「先輩」
「え、何?」
「先輩って鈍感ですね」
「えっ?」
何のことか分からなかった。
「どういうこと?」
「ほんと鈍感ですね」
戸惑う僕に、あゆちゃんはもう一度言った。
「・・・」
その日の帰り道。
「そういえば・・」
そういえば、あれはラブソングだった。切ない思いを抱えた女の子の歌だった。ある年上の男性に対する・・。
家に帰ると、夕食も終わり、千亜、マチ、涼美、丸ちゃん、大吾くん、今日は珍しくうちにいるジェフたちが、みんなでリビングでくつろぎながらテレビの音楽番組を見ていた。
「あんた夕食あるわよ」
「うん」
台所から母がそう言うのも聞き流し、僕も何となしに、そこに混ざる。
「仲間がいたからここまで来れました」
テレビの中では今人気絶頂のアイドルグループのメンバーが仲間への感謝の意を述べていた。
「ふん、甘っちょろいわね」
それを見ていた凉美が鼻を鳴らしながら毒づくように言った。僕は横の涼美を見る。
「こういうの見てると気分が悪くなるわ」
「仲間は大事だろ」
僕は反論する。涼美は僕を睨むように見る。
「なんでよ」
「なんでって・・」
僕はその返しに絶句する。
「仲間なんて、所詮はライバルよ。世の中は弱肉強食、食うか食われるかよ」
「何?じゃあ、俺たちはどうなるんだよ」
「添え物」
「は?」
「私がいれば十分よ。後は添え物」
涼美はきっぱりと言い切る。
「な、な・・」
あまりの物言いに言葉も出て来ない。
「俺たちは弁当のおかずか」
「たくあんね」
「たくあん・・」
あの食べ終わった弁当のクズの片隅に、食べられることもなく残っているあの薄くスライスされた存在感の希薄なたくあん・・。
「それかカレーの福神漬け」
「福神漬け・・」
あればおいしいが、なくても特段困らない存在の代名詞福神漬け・・。
「オレさまは福神漬け好きだぞ」
ジェフがドヤ顔で言った。
「そういう話じゃない」
僕はジェフにツッコむ。
「添え物よ」
「添え物過ぎるだろ。せめておかず、いや、そういう話じゃない」
僕は自分で自分にツッコんでしまう。
「私が輝けばそれでいいの。その他はみんな私の引き立て役に過ぎないわ」
涼美は、目を輝かせて言う。
「お前マジですげぇな・・」
僕はその姿に怒りを通り越し、呆れてしまう。
「私が有名になったら、従者くらいには使ってあげるわよ」
涼美がそう言って僕を見る。
「従者・・、いつの時代だよ。お前は中世の貴族か」
「私だけを見ているの。私がすべての中心にいて、何万人ていう巨大なコンサートホールの中心にそびえ立つステージの上に立って、みんなが私だけを見ているのよ」
「お前はカルト宗教の教祖様か」
「世界中のすべての人間が私の美しさにひれ伏すのよ」
「お前は女王様か」
涼美の自己中レベルは恐ろしいものを感じる時がある。
「家来として、存在は許してあげるわ」
「何でお前に存在を許されなきゃいけないんだよ。お前は神か」
「やったぞ。存在は許される」
だが、隣りのジェフは、一人喜んでいた。
「喜ぶなよ。めっちゃバカにされてるんだぞ」
「そうなのか?」
ジェフはキョトンとする。
「そうだよ」
「そうだったのか、早とちり早とちり」
そう言って、ジェフはまたいつものようにコミカルに後頭部を手の平でぺシぺシと叩く。
「・・・」
ジェフは、やはり、天然だった。もうなんだか涼美にしろジェフにしろキャラがぶっ飛んでいて、僕は目の前がくらくらした。




