女ヤンキー
「ジェフ」
僕はジェフを見る。僕はもう怖くて限界だった。こんな見も知らぬ子どもたちなど放っておいて、逃げ出したかった。
「よしっ」
僕は決断した。ジェフとの友情どころではなかった。僕は怖かった。とにかく怖かった。ジェフの酔狂につき合っている場合ではなかった。僕は、ジェフを置いて一人で逃げようと、人の輪の方に体を向けた。
「ジェフ、ごめん」
だが、その時だった。
「何なんだおめぇはよぉ。さっきから」
「えっ」
突然、僕の前には幼さの残る真っ赤な特攻服を着た女ヤンキーが迫って来た。十六歳くらいだろうか。まだ幼さの残るその顔は見た目は怖いが、やはり、女の子ということでどこかかわいい。
「何だって訊いてんだろ」
「えっ、いや、何だって言われましても・・」
だが、やはり、ヤンキーはヤンキー。そんなことを思っている場合ではなかった。
「さっきから何なんだよ」
「えっ?さっき?」
何を言っているのか完全に意味不明だった。
「むかつくんだよ」
「えっ、いや・・」
なぜ、ジェフでなく僕なんだ。というか何にキレているのかもまったく分からない。
「喧嘩売ってんのか。むかつくんだよ。おめぇらはよ」
「ええっ、いや、あの・・、全然売ってませんけれども・・」
全然喧嘩など売っていない。なのに、なぜだ。なぜ、僕なんだ。むしろ、僕は滅茶苦茶大人しくしていたじゃないか。何でジェフじゃなくて僕なんだぁ。僕は心の中で叫ぶ。
「死ねっ」
「うおっ」
だが、女ヤンキーはそんな事実など関係なく、いきなり僕に殴りかかって来た。
「ちょ、ちょっと・・」
女ヤンキーは、何かのスイッチが入ったみたいに、狂ったようにガンガン殴りかかって来る。
「うわぁっ、ちょっと、あの、やめて、話し合いましょう。話・・」
しかし、理屈など通じる相手ではない。女ヤンキーは、まったくとまることなく、壊れた機械みたいに、前に前に無茶苦茶殴りかかてくる。
だが、やはり、そこは女の子。それほど力はない。殴られてはいるがそれほどダメージは感じない。だが、本気で殴っているのが分かった。威嚇とか脅しではなく、本気で相手を傷つけようとするそんな殴り方だった。それが怖かった。普通はどこか手加減したり、相手の傷つきにくいところを狙ったりするものだが、そういった加減はまったくない。とにかく、本気で僕を傷つけようとしてくる。それが、滅茶苦茶怖かった。
「ちょ、ちょっと、やめて、やめて」
僕は、体を防御しながら後ろに下がっていく。多分、本気でやれば、僕でもこの小柄な女ヤンキーくらいは倒せるだろう。僕よりも全然背が低いし、何といっても女の子だ。しかし、その女ヤンキーの勢いに押され、さらに、バックにいる男ヤンキーたちが怖くて殴り返せない。恐怖とパニックで、情けなくも女の子相手に後ろに引きながら、やられるがままになるしかなかった。
「何で僕なんだぁ」
抵抗しているのはジェフの方だろう。僕は心の中で叫ぶ。
ギャラリーの前で、僕は情けなくも、弱腰で女ヤンキーに無抵抗で殴られている。もう恥ずかしいのと怖いのとで、完全に頭の中はパニック状態だった。
「うおっ」
そして、僕の無抵抗をいいことに調子こいた女ヤンキーはついにその拳を顔面に向けてきた。
「うわっ」
それは何とかかわしたが、次に来た拳が、僕の顔面を捉えた。やられる。僕は思った。
こんな聴衆の面前で僕はこんな小さな女の子に、のされてしまうのか。滅茶苦茶恥ずかしい。そんな噂はこの田舎町ではすぐに広がる。僕は人生終わったと思った。
不登校に引きこもり、そこにさらに恥を上塗りして、僕の人生は終わる。我ながら情けない人生だった・・。
「ううっ」
僕は目をつぶった。
「コラッ、何やってる」
その時、その場に迫力ある大音声が轟いた。
「ん?」
そこにいた全員が一斉にその方を見る。
「おおっ」
誰が呼んだか、警察官が二人聴衆の輪をかき分けやって来ていた。
「助かった・・」
僕は心底ホッとした。ありがとう国家権力。時々不祥事も起こすが、やっぱり、頼りになるのは庶民の見方、お巡りさんだ。
ヤンキーたちは、続々と応援に駆けつけてきたお巡りさんたちに囲まれ、少年たちも、お巡りさんたちに保護された。ヤンキーたちも、警察に囲まれては僕たちどころではない。さっきまでの騒ぎが嘘のように、その場は、収まった。
「ヒロシ、オレさまたちの役目は終わった。帰ろう」
そんな状況を見てジェフが言った。
「うん」
まだ、野次馬たちは大勢いたが、僕とジェフは並んで家に向かって歩き出した。
「何であんなことになったんだよ」
歩きながら、僕が隣りのジェフを見る。
「あの子たちはあいつらにいじめられていた。だから、俺は助けた」
「そうなのか」
多分、カツアゲかなんかしていたのだろう。小学生相手に、あんないかつい奴らが、大勢で、なんて卑劣な奴らなんだ。そう考えると、僕もなんだか腹が立って来た。漫画やドラマではヤンキーをカッコよく描いたりするが、実際のヤンキーなどあんなものだ。実際は、弱い者いじめをする卑劣でどうしようもない連中だ。
「ジェフはあの小学生たちを庇っていたのか」
「そうだ。オレさまは、いつも弱い方の味方だ」
「・・・」
僕はジェフの横顔を見る。
「何でジェフはそんなにやさしいんだ?」
僕はビビってしまって小学生どころではなかった。同じ場面に出くわしても、自分を誤魔化し見なかったことにして通り過ぎていただろう。
「オレさまはウルトラマンになりたい」
「う、ウルトラマン?」
ジェフは、幼稚園児のようなことを突然言い出す。ジェフのこういうとこには慣れていた僕だったが、それでも、思わずジェフを二度見してしまった。
「正義のヒーローだ」
「それは知ってるよ」
「だから、オレさまは弱い者の味方だ。オレさまはウルトラマンになる」
「なんでウルトラマンになりたいの?」
「オレさまは小さい時にテレビでウルトラマンを見た。それでオレさまはウルトラマンになると決めた。オレさまはウルトラマンのように地球を救うんだ。地球には悪い奴らがいっぱいいる。困っている人がたくさんいる。オレさまは、そいつらみんな助けたい」
「・・・」
ジェフの目は冗談を言っている目ではなかった。真剣そのものだった。心の底からそう思っているのが分かった。
「俺はヒロシが困っていても助けるぞ」
そんなジェフが僕を見た。
「・・・」
実際、ジェフは僕が困っていると知って、十日も歩いて僕のうちにやって来た。多分、本当にジェフは助けてくれるだろう。
「・・・」
だが、一方僕は、恐怖のあまり、ジェフを見捨てて逃げようとしていた。僕は自分が情けなくてしょうがなかった。
「そうなのか。ジェフは偉いな」
日本のウルトラマンが、海外でこんな影響を与えていたとは・・。円谷さんも、知らなかっただろう。
「そう、オレさまは偉い」
「う~ん、そういうとこがなければな。ほんとすごい奴なんだけどな」
「ん?」
ジェフは僕を不思議そうに見る。
「いや、なんでもないよ」
「そうか」
多分、ジェフには一生分からないだろう。ジェフはいい奴だけど、同時にちょっとめんどくさいそういう奴でもあった。




