キスのある青春
「ごめんね」
とりあえず、僕は愛ちゃんにあやまった。
「この前部屋汚しちゃって」
前回、愛ちゃんの部屋で僕は噴水のような鼻血を出してしまっていた。
「大丈夫ですか?ものすごい血の量でしたけど・・汗」
だが、逆に愛ちゃんは僕の体を気遣ってくれる。どこまでもいい子だった。
「うん・・」
あれだけの失態をしてしまったのに愛ちゃんはやさしい。
今日は久々の愛ちゃんとのデートだった。あれから、なんだかんだ突然学園祭出演が決まり、愛ちゃんに会うのは練習練習で一週間ぶりになってしまった。一日でも一時間でも、一分でも一秒でも愛ちゃんに会えないことが辛い、そんな中で一週間は僕にとって相当の試練だった。
「・・・」
しかし、やっと会えたのに、今日はなんだか気まずかった。
ほんの数日前、僕は愛ちゃんとキスしてしまったのだ。しかも、勢いでディープキスまでしてしまった。そして、間が悪いことに日にちが開いてしまった。そのことが二人の間に、妙な空気を作ってしまっていた。
並んで歩いていても、なんか恥ずかしかった。愛ちゃんも同じなのだろう。今日はなんだか、二人ともうつむき加減で会話がとぎれとぎれになる。
だが、キス、キス、キス――。僕の頭の中にはキスのことしかなかった。前回のキスのあのやわらかい感触の残像が、ちょっと前に触れたかのように、今もまだはっきりと僕の唇に残っていた。
「青陵高校の学園祭に出たんですね」
「うん・・」
キス、キス、キス――。拭っても拭っても、頭の中にはその言葉がグルグルと回り続ける。当たり障りのない会話をしながら、しかし、僕の意識の中は、どうやってキスするか、いつキスするか、キスするタイミング、そのことだけしかなかった。とにかく、またキスがしたかった。愛ちゃんの、あのやわらかく、温かいあのすばらしく刺激的な唇をもう一度、もう一度・・。そして、愛ちゃんをもう一度抱きしめたかった。やわらかい愛ちゃんのその体を、思いっきり抱きしめたかった。僕は全身で愛ちゃんを求めていた。魂の底から愛ちゃんを求めていた。
しかし、きっかけをつかめないまま、時間はあっという間に過ぎ、別れの時が来てしまった。
「じゃ、じゃあ」
「あ、はい・・」
キスしたかった。このまま別れたくなかった。愛ちゃんもそれを意識しているのが分かった。二人ともなんか動きがぎこちなく、なかなか別れようとしない。路上で僕たちは、不自然に立ち尽くす。
「じゃあ」
しかし、意気地のない僕は、何も言い出せないまま背を向けてしまった。
「はい」
悲し気に愛ちゃんが答える。
「何やってんだぁ」
歩き出しながら、僕は心の中で絶叫していた。勇気のない自分に怒りが湧く。
「本当にいいのか本当にいいのか?このままで」
僕と愛ちゃんはどんどん離れて行ってしまう。死ぬほど後悔する気がした。家に帰って、一人絶叫してしまうくらい後悔する気がした。
「ううううっ」
しかし、僕の体は固まったまま動かない。愛ちゃんはどんどん離れて行ってしまう。
「愛ちゃん・・」
愛ちゃんが好きだった。堪らなく愛おしかった。
「愛ちゃん・・」
その時、臨界に達した愛ちゃんへの思いが爆発した。
僕は堪らず振り返った。あのバック・トゥ・ザ・フューチャーで、終盤、深海魚パーティー中、なかなかキスできず、ロレインを他の男にとられたジョージマクフライが、再び勇気を振り絞って男からロレインを奪い返すために振り返ったあの時のように、勢いよく、決意を込めた顔で僕は振り返った。
「愛ちゃん」
「はい」
愛ちゃんも、振り返った。ジョージがまた来てくれた時のロレインのように目が輝いている。
「愛ちゃん」
「はい」
僕の気持ちが伝わったのだろう。愛ちゃんが、向こうから来てくれた。僕も愛ちゃんに近づいていく。
「愛ちゃん」
「はい」
「キスがしたい」
一人熱い思いに盛り上がり、口下手な僕はストレートに思いを言ってしまう。
「はい」
でも、愛ちゃんはそう言って、その輝くかわいい目で僕を見た。
そして、僕たちは今まで縮めることのできなかった距離を縮め、抱き合い、キスをした。
唇と唇が触れ合った瞬間、お互いの熱い気持ちが燃え上がり、お互いどちらからともなく舌を絡め始める。僕たちは、熱く熱く口の中で深く深くお互いを求め合い感じ合った。脳天を突き抜ける快感と興奮。僕はその堪らない快楽の中に溺れていく。
「愛ちゃん・・」
僕は愛ちゃんを強く強く抱きしめる。
「愛ちゃん・・」
抱きしめる愛ちゃんのその華奢な体のやわらかさ温かさ、そして、求め合う僕たちの唇とその舌先。
「愛ちゃん・・」
愛ちゃんという存在が全宇宙の何よりも愛おしかった。堪らなく愛おしかった。
「なんだあれ?」
たまたま近くを通りかかっていた小学生たちが、そんな僕たちを目を丸くして見上げた。
「おいっ、キスしてるぜ」
男の子が指を差す。
「あれはディープキスって言うんだよ」
女の子が言った。
小学生たちは、僕たちを囲んで観察するように見始める。しかし、そんなこともどうでもよかった。というか、それどころではなかった。僕たちは熱く熱く深く深く舌を絡ませ合い、お互いの情熱が激しく燃え上がるのを押さえられず、どうしようもなく、お互いを本能のままに貪り合わなければならなかった。
「青春だな」
「青春だね」
子どもたちがそんなことを呟きながら、そんな僕たちを見上げていた。




