学園祭打ち上げ
「うううっ、うううっ」
その日の学園祭での打ち上げ。僕はいつものガード下のホルモン屋のカウンターで泣いていた。
「何で泣いてんだよ」
凉美が隣りから、僕をいぶかし気に見る。
「うううっ、ううううっ」
夢が叶ったのだ。僕の長年の夢が叶ったのだ。僕は拳で次々と溢れてくる大粒の涙をゴシゴシと拭った。中学のあの学園祭の時に見た、当時の僕からしたら遥か遠い、宇宙の果てよりも遠いあの憧れのステージに僕は立ったのだ。引きこもりで、スクールカースト最下層の、一生を日陰で生きることを宿命づけられたような人間が、あのステージに立ったのだ。あの輝く、光り輝くステージに僕は立ったのだ。僕はうれしかった。堪らなくうれしかった。
「教室の片隅でカビを生やしていた人間の気持ちなんてマリーアントワネットには分かんねぇよ」
僕は叫ぶように言った。
「カビ?マリーアントワネット?」
凉美が、眉間に皺をよせ、怪訝な顔で僕を見る。そもそも僕みたいな立場の人間の世界観など凉美にはまったく分からなかった。凉美はキョトンしている。まあ、分かろうはずもない。貴族が貧民の気持ちなど・・。
「大将、ビールお代わり」
「はいよ」
僕が空のジョッキを掲げると、今日も熱い鉄板の前で顔を真っ赤にした強面の大将が愛想よく答える。
「しかし、それにしてもすごい盛り上がりだったなぁ」
あの熱狂を思い出すだけで興奮してしまう。あの狂乱に近い盛り上がり。それを自分たちが作り出したという手応え。それは、何とも言えない高揚と興奮を感じさせた。
「私の魅力と曲のおかげだけどね」
隣りから凉美が言った。
「ううっ、お前なぁ」
確かにその面はあったが、それを自分で言うところが、なんかむかついた。
「お前一人だけで、演奏ができるわけじゃないんだぞ。少しは他のメンバーにも感謝の念てものは持てないのか」
「感謝されたいのはこっちの方よ。私のおかげで、ステージが盛り上がってるんだから」
「うううっ、お前なぁ」
どこまでも自己中な奴だった。
「お前の中には謙虚という文字はないのか」
「ない」
言い切った。
「曲を書いているのは誰?」
「うううっ、あなたです」
「男たちが見ているのは誰?」
「あなたです・・」
僕が悔し気にそう言うと、凉美は、思いっきり胸を張り、上から目線の満面の笑顔でドヤ顔をする。
「ううううっ、悔しいぃ」
よくお笑いコンビはネタを書いている方に頭が上がらないと言うが、バンドも同じだった。そして、こいつは恐ろしく顔がいい。
「ていうか、お兄ちゃん、ライブの前、気失ってなかった?」
その時、隣りから、おでんの大根をパクついていた千亜が、ふいに言った。このホルモン屋はなぜかおでんもやっていた。
「う、失ってねぇよ」
「じゃあ、何で倒れたの?」
「えっ、・・・、持病のしゃく?」
「そんなのあったっけ」
「貧血的な?」
「お兄ちゃん、今まで貧血で倒れたことなんてあったっけ」
「こいつはさ」
そこで、凉美が横からニヤつきながら話に入って来る。
「緊張で・・」
「わあわあ」
僕は必死で凉美の声を打ち消した。一応もうないに等しいが、兄の威厳というものを僕は保たねばならなかった。
「こいつ顔面蒼白になって・・」
「わああわあ」
僕は必至で凉美の声をかき消す。
「?」
千亜は、その様子に何ごとかと首を傾げている。
「私、人が気絶するところ初めて見た」
千亜の隣りの席に座っていたマチが、おでんのちくわを食べながら言った。
「だから、気絶じゃねぇ」
僕はむきになって言った。
「ほんと?」
疑わし気にマチが僕を見る。
「ほ、ほんとだよ」
「あれはねぇ・・」
と、僕がマチに関わっていると、その隙をついて凉美が、また兄の醜態を千亜に吹き込もうとする。
「やめろよこの野郎」
僕は凉美に本気で怒った。
「せっかくもうちょっとで、お前のすばらしい歌声が聞けると思ったのにな」
しかし、凉美はそう言って笑う。
「どこまで悪魔なんだお前は」
こいつの意地悪の底はどこまでも抜けていた。
「みなさ~ん」
その時、突然ジェフが、椅子の上に立ち、声を上げた。
「どうしたんだジェフ」
みんながジェフを見る。
「すばらしい報告があります」
ジェフが言った。
「すばらしい報告?なんだよすばらしい報告って」
「あそこには永久に出入り禁止になった」
ジェフが腰に手を当て、ドヤ顔で言った。
「えっ」
そういえばジェフは、ライブの後、主催者の生徒と一緒に、教師たちにどこかへ連れていかれていた。
「出禁になったの?」
凉美が訊く。
「そうだ」
相変わらず何で威張っているのか、ドヤ顔でジェフは言う。
「・・・」
驚いたが、しかし、よく考えれば当たり前だった。あれだけ派手に、ロックをぶちかましたのだ。しかも、酔っぱらった僕に、無茶苦茶セクシーな凉美。狂乱のステージ。マジメな校風の進学校であれだけ派手に暴れれば、出禁になるのは当たり前だった。
「まあ、いいんじゃないの。ロックなんだし」
凉美が言った。
「う~ん、確かに」
理屈になっていない凉美の言葉だったが、ロックという言葉に妙に納得してしまった。ロックとは、何かそういったものがあった。
「それにしても・・」
僕は屋台の周囲を見回す。屋台の周辺の地べたには、ものすごい数の青陵高校の生徒たちが、僕たちと一緒に制服姿で打ち上げをしていた。中には酒を飲んでいる者も多くいる。
「大丈夫なのか・・」
僕は心配になる。
「大丈夫だって」
凉美はかんたんに言う。
「お前はビビり過ぎなんだよ」
しかし、大丈夫ではなかった。
次の日、このことが学校の知るところとなり、百人以上が停学処分になるという青陵高校始まって以来の大事件となった。翌日の市民新聞にも大きく記事になるほどだった。後に、この事件も、青陵高校の伝説になる。




