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無敵の男

 だが、今の僕に観客の反応など、そんなの関係なかった。全然関係なかった。なぜなら、僕は今、無敵だったからだ。

「いったるぜぇ~」

 どこへ行くのか分からなかったが、僕は燃えていた。激しく歪ませたギターで、パワーコードを押さえ、力強いロックなバッキングを上下に激しく弾きまくる。

「ひゅぅ~、最高だぜ」

 巨大なアンプスピーカーから爆出される圧力のある爆音。部屋とは違い、音量を気にせず爆音でギターを思いっきり弾ける。恐れるものは何もない。今の僕に恐れるものは何もなかった。そう、今この時、僕は完全無欠、完全無双だった。

 そんな僕のバックで鳴る、丸ちゃんの安定したドラム、大吾くんの力強いベースライン、そのレベルは高校の学園祭のレベルではもはやなかった。二人はいつの間にかものすごい勢いで進化し、向上していた。その安定したリズムの波に乗るようにギターを弾く気持ちよさ。

「なんて気持ちいいんだ」

 激しい音の波の中で、僕は一人、その気持ちよさに身を預け溶けるように酔いしれる。

「最高だ。ロックは最高だ」

 さっきまでの緊張と恐怖が嘘のように、僕の全身を流れる血は沸騰し、脳みそにはアドレナリンがドバドバ溢れ出ていた。

「うおっ」

 ふと顔を上げ、目の前の光景に僕は驚く。

「ううおおお」

 気づけば目の前の観客たちは大盛り上がりに盛り上がっていた。生徒たちが、ステージ前に駆け寄り、これでもかと立てに飛び跳ね叫んでいた。

「おおおおっ」

 僕も叫び、さらにアドレナリンがドバドバ噴出する。マジメな進学校とはいえ、やはり若者、その溢れるエネルギーは、その内に溜まりに溜まっていたらしい。やっぱりロックはそんな若者の魂に火をつける。

「明日の~♪これからを~♪」

 そして、ジェフの迫力あるボーカルが会場全体を突き抜ける。やはり、ジェフの歌声は、何か特別な波長でもあるのか人の心を、ハッとさせ、なぜかがっしりと掴む。その腹の底から響く声量と、かすれ声でありながら抜けるような声音。ジェフの歌声はそれがそのままロックだった。「うおおおっ」

 そんなジェフの歌声が、会場の熱量を一気に増幅させる。

 そして、男子生徒たちは、全員ジェフの向かって右横のステージに立つ凉美に釘づけになっていた。その類まれまれなる魅惑的な恐ろしいほどに整った容姿。やわらかく揺れるおっぱい。絶妙な範囲で見える胸の上乳とミニスカートからのぞく足。踊るようにギターを弾く、その見る者を魅了せずにはいられない艶めかしい動き。男を魅了し、男の求めるすべてを凉美はすべて持っていた。

 凉美は、男たちを誘うように滑らかに揺れながら艶めかしく妖艶にギターを弾いていく。その中が見えそうで見えないその絶妙な極限まで短いスカートを翻し、そこからのぞく美しい二本の細くきれいな足を内股に、これまた絶妙に艶めかしく曲げ、ステップを踏むようにギターを弾いていく。そんな凉美を照らし出すステージライトが、凉美の汗の微粒子を輝くように照らし出し、それがまた、上気したその白い肌をさらなる高みへと神々しく発光させる。

 時折、コーラスで歌う声は、天使のように澄んでいた。見た目だけでなく聴覚からも凉美は男を魅了していく。

 男たちは生唾を飲み込み、まるで神か天使でも見るみたいにその姿にもう瞬きもできず、一瞬でも目を反らせないほどにさらに釘づけになる。進学校のマジメな男子生徒たちには、その姿は刺激が強烈過ぎた。

 男たちは、狂うように興奮し、悪魔に魅入られたかのように凉美に陶酔し惹き込まれていく。なんだか、ロックのノリだけではない異様な熱狂が生まれ出していた。

 そして、ソロパートに入る。その凉美が、一歩前に出る。会場はさらなる男たちの熱気が沸き上がった。

「うおおおっ」

 だが、熱気が沸き上がているのは、客席の男たちばかりではなかった。凉美が前に出たその瞬間、無敵の僕は、以前のライブの時に同じことをしてボコボコにされたのも忘れ、その凉美から奪うように凉美の左後ろから躍り出るようにしてその前に割って入った。普段、影に影に引っ込み思案な僕だったが、無敵モードに入ると、普段抑えていた承認欲求と目立ちたがりな本性が抑えがたく爆発してしまうらしい。

「なっ」

 凉美が驚いて僕を見る。

「うおおおおっ」

 しかし、僕はそれを無視して、勝手にソロを弾きまくった。

「うおおおおっ」

 無敵の僕は、普段以上の実力を出せる。実力さえ出せれば僕は技術では凉美よりもうまいのだ。速弾き、ライトハンド、スイープピッキング、ありとあらゆる身につけた技を駆使し、これでもかとロックなソロを弾きまくる。

「うおおおっ」

 凉美のソロに期待した観客を無視しての命知らずな乱入だった。観客にもボコボコにされるかもしれない。僕はギターを弾きながら恐る恐る観客を見る。下手したら殺されるかもしれない。

「うおおおっ」

 しかし、観客たちは大盛り上がりだった。

「・・・汗」

 とにかく盛り上がれればなんでもいいらしい。僕はさらに調子に乗り、様々な技を繰り出す。その超絶技巧に観客はさらに盛り上がっていく。

「うおおおおっ」

 僕はさらにアドレナリン全開で思いっきりソロを弾きまくった。

 そんな僕を、小山田が、信じられないといった目を剥き出して見ている。それはそうだろう。彼が知っている僕は、気が小さく大人しく、静かで、教室の片隅でいつも黴を生やしているような男だったからだ。その男が、ステージで滅茶苦茶目立ちまくっているのだ。

「てめぇ~」

 ブチギレた凉美が、ものすごい形相で横から僕を睨む。しかし、無敵の僕にそんな攻撃は通用しなかった。僕は無視してソロを弾きまくる。

「死ね」

 だが、とうとう怒り狂った凉美は、ブチギレ、調子に乗るそんな僕に真正面から垂直前蹴りを突き出した。

「うおっ」

 僕はそれを胸にまともに受け、ぶっ飛んだ。僕はその勢いで思いっきり背中からステージに倒れた。観客たちも一瞬息をのむ。

 しかし、無敵の僕は、そんなの全然関係なかった。仰向けに倒れながら、映画バックトゥザフューチャーのマーティンが、深海魚パーティーで調子乗り過ぎてステージに倒れ、仰向けで弾きまくったように、そのままギターを弾き続けた。しかも、それだけでは飽き足らず、さらに僕は仰向けのままマーティンがやったように、背中で泳ぎながらギターを弾き、ステージの床の上を左から右へと横に進んでいく。観客の顔がすぐ横に並行してあるのが見える。

「うおおおおっ、いいぞぉ~」

 その姿に観客はさらに盛り上がる。

 もう、無敵の僕は誰にもとめられなかった。

「へぇい、ヒロシお前は最高だぜぇ~」

 ジェフもそんな僕を見て叫ぶ。アドレナリンの出まくっている僕は、言われるまでもなく自分で最高だと思っていた。

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