学園祭のステージ
「本当に大丈夫?」
僕はおどおどと隣りの凉美を見る。本番が刻一刻と近づいていた。
「おどおどするな」
「そう言ったってなぁ・・」
校舎内を歩いてきたが、明らかにロックをやる雰囲気ではない。正にマジメを絵に描いたような、音楽といえばクラシックかオペラかという雰囲気だった。
「ば、バレエ?」
僕はここに来る途中に見たそのポスターを、その時二度見した。どうやら大きい方の体育館ではクラシックバレエのステージもあるらしい。
学園祭の催し物や出し物も、シェークスピアだとか、ジャズ喫茶だとか、およそロックとかいう次元ではない。今演奏している青陵高校の生徒二人組も、さわやかなフォークソングをマジメに歌っている。それにまだ時代はロックは不良とか言う時代だった。
「恐ろしい・・」
ステージ袖から盗み見る、目の前のそのステージはやはり恐ろしかった。
「・・・」
ステージ上で、僕らが青陵高校の生徒たちにドン引きされている光景が脳裏にしきりと浮かぶ。僕の中に不安ばかりが募った。
演奏場所は校舎の中央付近にある小体育館。それほど大きいわけではないが、しっかりと、それなりの準備がなされ、演者が立つステージは学園祭のその独特のお祭りの雰囲気がしっかりと演出されている。僕はその雰囲気にもビビる。やはり、お祭り的な雰囲気は苦手だった。
緊張というか、もはや恐怖に近い緊張はマックスに達しようとしていた。僕は自分の通っていた高校の学園祭では、一人なるべく目立たないように学校の影に影に居場所を求め、日陰に生えるきのこのように過ごしていた。普段の教室でさえ教室の片隅で、窓際で太陽の光が燦燦と降り注ぐ中であるのにもかかわらず、カビの生えていた存在だった。そんな僕が、その中で一番目立つ、注目度の高いスクールカースト上位の方々の出演する花形の軽音楽のそのステージに立とうとしているのだ。
しかし、だが、そこは僕の憧れの場所でもあった。初めて中学の学園祭で見たそのステージを、僕は初めて味わう胸の熱さの中で狂わんばかりに見つめていた。あそこに立ちたい。その時、僕は熱く思った。熱く熱く思った。
幸い、一番僕の恐れていた同じ中学の同級生たちには出会わなかった。
「よかった・・」
とりあえず、僕はホッとする。
「ん?あっ」
だが、ステージ脇から客席を覗き見た時だった。
「・・・」
小山田雄一郎だった。ステージ前の生徒たちの中に混ざって小山田雄一郎がいた。
「小山田・・」
中学時代の同級生。彼は僕が何か話しかけても、いつもにやにやと笑うばかりで、僕とは話すらもしてくれない、そんなスクール内上流階級の男だった・・。
彼は勉強ができて、スポーツができて、顔もよく、野球部の花形。生活態度もよく、当然先生の覚えもよく優等生を絵に描いたような男だった。僕はすべてにおいて彼に対して劣等で下等な人間だった。
「・・・」
一番会いたくない人間だった。一番この場所で、この場面で絶対に会いたくない人間だった。
「ダメだ」
やっぱりだめだ。僕は頭を抱えた。
「どうしよう」
指が震える。ジェフも来ない。
「どうすんだよ」
僕はパニック寸前だった。今日は酒も持って来ていない。色んな事に頭がいっぱいで、酒を持ってくるのを忘れていた。
「ジェフが来なかったら、お前が歌えよ」
「えっ」
そこに追い打ちをかけるように凉美が言った。
「お前がジェフの代わりな」
僕の音痴を知っていて凉美は言う。凉美の底意地の悪さの底は、突き抜けて深かった。
「うううっ」
僕はお腹を押さえる。小山田はいるし、凉美は悪魔だし、ジェフは来ないし、ストレスと緊張で胃まで痛んできた。
「うううっ」
時間が迫る。胃の痛みはキリキリとどんどん増してくる。しかし、ジェフは来なかった。もう時間だった。ステージにでなければならない。
「ジェフ何やってんだよ」
「いいな、あいつが来なかったらお前が歌うんだぞ」
隣りから凉美が念を押して言う。
「お前歌うまいんだからお前が歌えよ」
「やだ」
「やだって」
一言で退けられた。
「お前バンマス。バンドの責任は全部お前。以上」
「おいっ」
しかし、凉美はまったく聞く耳を持たず、ギターを肩に掛けると、ステージ向かって右の自分の立ち位置に行ってしまった。
「・・・」
僕はギターを肩から下げマイクの前に立っていた。というかプルプルと震えながら突っ立っていた。ステージ中央、そこは教室の片隅で日陰日陰に生きてきた僕が一番立ってはいけな場所だった。僕の顔は自分で分かるくらい血の気が引き冷たく青ざめていた。
「・・・」
準備も整い、僕たちの演奏する時間はもうすぐそこまで迫っていた。客も集まっている。その中から小山田雄一郎が、あいつが歌うのかという、ぽか~んとした顔で僕を見ている。
「ジェフ・・」
ジェフ・・。早く来てくれ。早く。早く。僕は心の底から祈った。
「ジェフ早く」
目の前のステージ前には五十人くらいは、青陵高校の生徒たちや遊びに来た他校の生徒が集まっている。小体育館全体では百人は集まっている。その子たちが、他校から来た僕たちを物珍しそうに見ている。そして、当然その中央に立つ僕を見ている。
「ジェフ~、早く~」
僕はもう、恐怖のあまり気を失いそうだった。そんな僕を、おもしろそうに笑いをこらえながら凉美が左隣りから見ている。本当にサディズムの塊みたいな奴だった。
「ええ、それでは続いてのバンド、シルバーバックで~す」
司会進行している生徒が、ついに名前を呼んだ。
「もうダメだ」
全身から、すでに大半が引いていた血の気がさらに引いた。
「終わった・・」
僕の人生は終わった。ただでさえ半分終わっている人生がここで完全に終わる。
みんなに笑われる。僕の音痴な歌をみんなに笑われる。小山田雄一郎も笑うだろう。多分大爆笑だ。そして、今まで以上にさらに僕を見下しバカにするだろう。僕のただでさえダメな、ダメダメな人生のダメダメ伝説がさらにダメダメに上塗りされ、それがこの田舎町の隅々にまで漏らさず広がり拡散されるだろう。田舎というのはそういうことだけは光よりも速い。
「・・・」
自分の絶望の未来が頭に浮かぶ。噂が噂を呼び、もう多分、僕はこの町では生きていけないだろう・・。社会的に僕は死ぬのだ・・。
やっぱりあの時、死んでおくべきだった。僕はジェフに出会う前のあのカッターを手首に当てていた時のことを思い出していた。どだい無理だったんだ。こんな僕が、こんな僕がバンドをやるなんて・・。
バンドなど目指さなければよかった。夢など見なければよかった。後悔と、絶望の未来がグルグルと僕の頭の中を駆け巡った。




