学園祭
そして、学園祭のその日は来た。
「・・・」
初めて入る校舎だった。学校自体入るのは、不登校から半年以上振りぐらいだった。学校自体に恐怖を感じる僕は、入っただけで緊張してしまう。学校全体に、やはり、学園祭のどこかお祭り的な雰囲気が漂っている。明るい雰囲気が苦手な僕は、その空気にもビビる。
僕たちはどこか場違いな存在だということを意識しつつ、楽器を手に持ちながら、会場である小体育館へと歩いていく。
「やっぱ違うなぁ・・」
やはりどこか雰囲気が違った。田舎ではあるが、県内一、二を争う進学校。東大生も毎年数々生み出す正に名門エリート校だった。僕が通っていた基本金さえ払えば誰でも入れる三流四流の私立の高校とでは雰囲気というか空気が違っていた。
「ここでロックやんのか・・」
廊下を歩いている生徒たちを見ても、そのビシッとした紺色の制服の詰襟をきっちり喉元までとめ、マジメそうな髪型で、見るからに賢そうだ。
僕はコンプレックス丸出しでビビる。
「ビビんじゃねぇよ」
凉美が隣りから、そんな僕のケツを蹴り、僕を睨みつける。しかし、ビビるなと言われて、ビビらなくなれば苦労はしない。
「そういう厳しい態度が僕を人間恐怖症にしたんだ」
「じゃあ、もっと悪化させてやろうかな」
すると、凉美は楽しそうに言う。
「お前はどこまで悪魔なんだよ」
凉美には人の心は欠片もなかった。
「お前は絶対に人格に何か重大な欠陥があるぞ」
「人格なんてクソくらえだね。世の中見た目だから。かわいければ全部許されるから」
そう言って、凉美は勝ち誇ったように自分の前髪をさらりと横に払う。
「うううっ」
実際、悲しいかな世の中そうなだけに、僕は何も言えない。
「く、悔しい~」
滅茶苦茶悔しかったが、今の世の中顔だった。顔さえよければ、どんなに性格が悪かろうが、無茶苦茶しようが、いい人間に見えてしまう。
「でも、いつかあいつは地獄に落ちる」
僕はそう自分に言い聞かせ、無理やり自分を落ち着かせた。
「絶対に落ちる・・、地獄の底の底の、そのずっと奥に――、ん?どうしたの。大吾くん」
ふと隣りの大吾くんを見ると、何だかやたらとあちこち見回している。
「いや、僕にはまったく縁のない場所だから・・、なんか・・」
恥ずかしそうに大吾くんが言う。
「そうか・・」
僕にもまったく縁のない高校だったが、大吾くんは、その遥か彼方にいる感じは僕にも分かった。彼の人生は進学校的な世界とは対極のところにいた。
「暴走族だもんなあ・・」
大吾くんは、やめたとはいえ、元暴走族だった。
「多分、オレ高校自体行けないっす」
「えっ、そうなの?」
高校に行っていない僕が驚くのもなんだが驚いた。
「はい、中学もほとんど行ってないし、それにうち、金ないんで」
「そうか・・、そうなのか・・」
「弟たちもいるし、働かないと」
「そうか・・」
大吾くんは、僕が当たり前と思っている生活すらも対極にいる子だった。
「それにしても、ジェフはどうやってこんな進学校の学園祭のライブ出演をとりつけてきたんだ」
ふと僕は思った。ジェフのその行動力というか交渉力というかの高さが異次元過ぎて、訳が分からなかった。
「あいつは、ほんとすご過ぎるな。というかジェフがいないんだけど」
僕は隣りの凉美を見る。ジェフは、「現地で落ち会お~う」と元気いっぱい言っていたがまだ来ていなかった。
「知らないわよ。そのうち来るでしょ」
「そのうち来るわよって、来なかったらどうすんだよ」
本番まで、もう一時間もない。
「そん時はあんたが何とかしなさいよ。あんたバンマスでしょ」
「ええっ」
そんな無茶苦茶な。普段、凉美が女王様よろしくバンド内で一番威張っているくせにこういう時だけ、僕をバンマスにする。
「バンマスはあなたよ」
凉美は力強く僕に指を差す。
「それは決まったことでしょ」
「うううっ、何とかしろってどうすんだよ」
「何とかは何とかよ」
「なんて無責任な・・」
凉美のその無責任さに僕は呆れる。
「もう、ジェフは来ないわ、緊張はするわ、学校は怖いわ」
そして、どんどん会場は近づいて来る。もう僕の頭の中は、緊張と不安でしっちゃかめっちゃかのぐちゃぐちゃで、もうこの場で爆発してしまいそうだった。
そして・・、
そして、さらに、ここには、もう一つ僕の最も恐れることがあった。ここには僕の中学時代の同級生がいた。彼らに会うのが、僕はさらに怖かった。
「どうか彼らに見つかりませんように」
僕は祈った。
「まだ緊張してんのかよ」
凉美が僕を睨むように見る。
「ああ・・」
僕たちは本番の舞台であるステージ横に来ていた。
「いい加減慣れろよ」
「う、うるさいなぁ」
学校恐怖症と、対人恐怖症と、上がり症と、同級生に会うのではないかという不安と恐怖とで、僕の頭は大パニックになっていた。
「いつまで緊張してんだよ」
「うううっ」
生来の気質に、学校でのいじめ、孤立、からかい、そんな生い立ちの中で培ったこの気の弱さをそんなかんたんに克服できるわけないじゃないか。まして、自慢じゃないが、僕は学校そのものが死ぬほど怖いのだ。
「お前になんか一生分かんねぇよ」
分かるはずがない。容姿にも恵まれ、順風満帆に女王様のように生きているこの女に僕の苦しみなど分かるはずがない。
「分かりたくもないね」
「ううっ・・」
スクールカースト上位のマリーアントワネットは、分かろうとする気さえなかった。




