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悪魔の囁き

「・・・」

 僕は、悩んでいた。あゆちゃんとキスしてしまったこと・・、僕は愛ちゃんとつき合っていて、そして、愛ちゃんのことが好きだった。でも、あゆちゃんもかわいい。

「モテるって辛いことだったんだな」

「ブーッ」

 僕がそう呟くと、隣りでビールを飲んでいた涼美が噴き出した。

「おいっ、何やってんだよ。汚いな」

 僕は慌てて、ティッシュの束を箱から抜き取り、畳と壁を拭く。いつものように、夕食後、僕の部屋で凉美はビールを飲んでいた。もちろん、うちのビールだ。

「ビールがもったいないだろ」

 凉美がキレる。

「なんでお前がキレてんだよ」

「お前が変なこと言うからだろ」

「いや、モテるって辛いことだったんだなって・・」

「お前ね、そういうセリフは言っていい人間とダメな人間がいるんだよ」

「どういう意味だよ」

「お前が言うな。そういう意味だよ」

「なんでだよ」

「死ぬほど似合わない」

「うううっ」

 確かにそうだった。自分でもそう思った。

「でも・・」

 しかし、実際にモテてしまっている自分がいた。自分でも不思議だが、そうなっているのだ。

「お前がモテるとはねぇ・・」

 凉美がそんな僕を見ながら言った。

「ん?」

 僕は凉美を見る。そういえば、凉美は事情を知っているのだった。

「両方いっちゃえば」

 そして、凉美が僕を見た。

「・・・」

 悪魔が悪魔の囁きをした。

「ぼ、僕はじゅ、純情なんだ」

「どもってるぞ」

「うううっ」

「両方いっちゃえ」

 悪魔が僕の肩を叩く。

「両方・・」

 凉美が、僕の耳に顔を近づけ囁く。

「二人とも・・」

 さらにその顔を近づけ悪魔は囁く。

「・・・」

 二人とも・・。悪魔が僕の心の隙間に入って来た・・。


「おおおっ」

 僕は大吾くんのベースの音を聞いて思わず声を上げる。大吾くんが、気づかぬうちにものすごく腕を上げていた。

 今日は久々の全員集まってのシルバーバックの練習だった。珍しくジェフもいる。

「すごい」

 あの地響きのようなパワフルな演奏に、さらに技術が加わっていた。

 大吾くんは、意外と地道でマジメな性格らしい。コツコツと練習して、いつの間にかベースに必要な基礎的な技術を身に着けていた。そこに天性のパワーが加わる。 

「すごい・・」

 マジですごかった。その堂々とした巨躯から繰り出される低音の響きは、体の芯までズシリと響き、その奥までをも震わせた。

 さらに丸ちゃんも、その腕を上げていた。どうやら丸ちゃんは最近駅前のドラム教室に通っているらしく、そのマジメを絵に描いたような性格で毎日せっせと練習に励んでいたこともあり、その腕前は短期間で相当のものになっていた。元々の過集中という特殊な能力もあり、丸ちゃんの叩くドラムは、基礎的な部分だけを見ればすでにプロレベルに達しようとしていた。

「こ、これは・・」

 これはもしかしてすごいことになるのでは・・。僕は思った。

「このバンドは・・」

 このバンドは大化けするかもしれない。僕は興奮し、そして、震えた。

「マジですごいぞ」

 隣りの凉美もそれを感じているらしく、同じように二人の演奏を見て興奮していた。

「偶然なのか・・」

 この時、僕は、ふとジェフを見た。

「もしかしたら・・」

 もしかしたら・・、ジェフには何か才能を見抜く特殊な能力があるのではないのか・・、と、ふと僕は思った。

「まさかな」

 ジェフは今日もいつもの天然呑気面で、これから練習だというのに、最近お気に入りという、コンビニスイーツのカスタードクリームパイを呑気にもしゃもしゃ食べている。

「じゃじゃ~ん」

 その日の練習が終わり、みんなが、楽器を片付けている時だった。そのジェフが突然両手を広げ声を上げた。

「なんだよ」

 みんながそのジェフを見る。

「お知らせがあるね」

「お知らせ?」

「おうっ」

「・・・」

 なんか嫌な予感がした、大体ジェフが突然何かを言い出す時はろくなことがない。

「ライブやるぜ」

「ライブ?」

「ライブならやってるじゃない」

 僕がイエローバクの応援に入り、最近少し間が空いてはいたが、ライブハウスハワイアンパラダイスで、僕たちは定期的にライブをしている。

「学校でやる」

「学校?」

「そうだ」

「学校?」

 僕は意味が分からなかった。

「もしかして学園祭?」

 凉美が言った。

「えっ、学園祭」

 僕はジェフを見た。

「そうだ」

 ジェフは、腕を組み大きく首を大きく縦に振る。

「どこの?」

 僕が慌てて訊く。

「せいひょう?」

「製氷?なんだそれ」

「もしかして青陵じゃないの」

 凉美が言った。

「そうその青陵高校だ」

「青陵って、滅茶苦茶進学校じゃない。あんなマジメなとこでロックやるの」

 僕は驚く。

「まじめな所だからやるんじゃない」

 凉美が言った。

「えっ」

「反体制がロックなんだろう?歓迎されるロックなんてロックじゃないだろう」

「・・・」

 確かにそうだった。

「燃えるわね」

 凉美はなんか燃えていた。

「・・・」

 しかし、僕はビビっていた。僕は学校そのものが怖かった。学校にはまったくと言っていいほどいい思い出がなかった。というか、いじめられたとかそっちの経験しかなかった。

「・・・」

 そんな僕がこれからその学校の、しかも、ステージに立とうとしているのだ。さらに、青陵高校には、僕のことを知る同じ中学だった連中も多くいる。

「マジか・・」

 イエローバクの応援で、夏祭りのステージに立つという試練を終えたばかりなのに、すぐにまた新しい試練が僕の前に立ちはだかった。

「ていうか、バンドやってれば当たり前のことなのだが・・」

 それが嫌ならバンドやめろよという話なのだ・・。だが、ギターは弾きたかった。目立ちたかった。カッコいいと思われたかった。

「・・・」

 僕はまたあの何とも言えぬ不安と、目立ちたくないけど目立ちたいという自己分裂した苦悩に苛まれた。


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