マチの家
「・・・」
僕は、マチの歩くままにその後ろについて、マチの家へと向かって歩いていた。そこは僕のうちの最寄りの上桑駅から三駅ほどのところにある閑静な住宅街だった。
「どうしよう・・」
僕は不安に駆られていた。虐待親と対面なんてことになったら、いきなり修羅場だ。僕はマチを守らなきゃいけない。しかし、僕にそんな力も度胸もないのは、自分自身がよくよく分かり切っていた。
「・・・」
ヤクザのような強面の父親と、ヤンキーみたいなケバい母親を僕は勝手に頭に思い浮かべる。
「大吾くんを連れて来るべきだった」
後悔したが、今さら遅い。というか、現実問題大吾くんの方が怖かった。そもそもそんな僕が誘えるわけもなかった。
「ここよ」
「ん?」
住宅街の奥、マチが突然立ち止まり、右の上の方を指差した。
「ここ・・」
僕はその指の先を見る。
「うおっ」
僕はのけぞるように驚く。
「デカッ」
そこには滅茶苦茶バカでかい家が、というか豪邸がホワイトハウスみたいにそびえ立っていた。
「めちゃくちゃ金持ちやないか・・」
なぜか僕は関西弁になっていた。見上げるようなその家は白亜の豪邸だった。
「こんな家が日本に存在するのか・・」
それは、いつだったが、テレビで見たハリウッドスターの豪邸のようだった。
「君の親はいったい何者なんだ」
僕は驚いてマチを見る。
「父は大学の教授で、ママは世界的なファッションブランドを立ち上げてその社長」
「・・・」
そんな家、本当にあるんだな。そう言われてもドラマの中の話のように現実感がまったくなかった。
「それにしてもデカい・・」
やはり、あらためて見ても規格外にデカい家だった。そして、チラリとその横の駐車場を見ると、普通にベンツやBMW、ポルシェがとまっている。
「父は研究で色んな特許を持っているの」
「特許?」
「それを企業に売って、うなるほどお金儲けしているの」
「そうなのか・・」
そう言われても、自分の生きている半径数百メートルの世界からは、あまりにかけ離れ過ぎていて何のことかまったく分からなかった。
そして、その家の中はもっとすごかった。
「・・・」
まず玄関に入って度肝を抜かれる。真っ白に統一されたその美しい玄関だけで、僕の六畳の部屋よりも余裕で広く、天井は吹き抜けになっていて見上げるほど高い。足元は、僕みたいなど素人が見ても一目見て滅茶苦茶高級な大理石だと分かる鏡面みたいな真っ白い大理石が惜しげもなく敷き詰められている。
「あっ」
ふと見ると、玄関に女性が立っていた。
「あっ、こ、こんにちわ。ぼ、僕はマチさんの・・、あの・・何て言っていいか・・」
いきなりマチの母親が出てきて、しかも、勝手に想像していたケバいおばさんともまったく違っていて、僕は頭が混乱して、ちょっとパニクる。
「その人はお手伝いさんよ」
そんな僕に、冷ややかにマチが言った。
「えっ」
「おかえりなさいませお嬢様」
女性が姿勢よく手を前で組み、マチに対し深々と頭を下げる。
「お嬢様・・、おかえりなさいませ・・」
聞きなれない言葉に、僕は呆然とする。
「お手伝いさん・・」
そんな存在を僕は生まれて初めて見た。
「お手伝いさんなんているの?」
「うん、三人」
「さ、三人も?」
思わずどもる。一人でもすごいのに三人。
「ええ、二人辞めちゃったから今は三人」
「二人辞めた・・」
ということは前は五人もいたということだ。どんな家なんだよ。
「さあ、上がって」
「う、うん」
僕は恐る恐る靴を脱ぎ、上がる。あまりに玄関がデカ過ぎて、脱いだ靴が小さく見える。
「それにしても何ヵ月も家に帰らなくて親は何も言わないのか」
廊下を歩くマチの背中に僕が言った。その廊下でさえもが恐ろしく長く広い。そして、きれいだった。壁には滅茶苦茶高そうな絵が飾ってある。
「うちは放任主義なの」
「放任主義にも限度があるだろ」
うちなら確実に、捜索願が出されている。というかそれが普通だ。
「うちの親は変態なの」
「変態?」
「十二歳の私を見知らぬ外国に放置して、俺たちは仕事があるからって自分たちはさっさとどっか行っちゃって、一人で帰って来いって言うような親なのよ。しかも、インドとか中国の奥地とか、そんなとこから」
「マジ?」
「マジよ」
「なるほど・・」
確かに相当変わった親らしい。
「自分は大学教授で大学で理屈ばっか教えているくせに、私には体で勉強しろって、体で覚えろって、だから、学校なんか行くなって言うのよ」
「・・・」
それはいい親だと思った。うちの親もそうなって欲しい。というか、世間一般全部そうなって欲しい。
「もう無茶苦茶よ」
無茶苦茶なマチが言うのだから相当無茶苦茶なのだろう。
「世の中には色んな親がいるんだな・・」
うちの親も、一般的とは言いがたいが、マチの親と比べると、なんだか、普通に思えてくる。
「変人家族なのよ」
「そうなのか・・」
確かにマチも変わっている。そのDNAだったのか。僕はなんとなく納得した。
マチが、右に曲がり廊下から何やら部屋に入った。僕も後ろに続く。そこは、どうやら、リビングらしい。
「・・・」
と言っても、一般的なリビングとは規模が違っていた。なんかものすごく広い。し、なんか暖炉とか、バーベキュー用の囲炉裏があったり、その形状が、世間の常識から思いっきりぶっ飛んでいる。
「デカッ」
そして、その奥の壁に掛けられているテレビのデカさにこれまた驚く。
「映画館か・・」
僕は呆然とする。その周囲にはこれまたすごそうな、バカデカいスピーカーが壁に埋め込まれている。
「うおっ」
そして、その横を見ると、壁一面にガラス張りのカーテンのような窓が並び、そこからその奥に広大な芝生の庭が広がっているのが見えた。その美しさは、どこかの有名な庭園のようだった。
「・・・」
ほんとに家なのか・・。昔、親に連れて行ってもらったオシャレな美術館を思い出した。
「あっ、お仕事ごくろうさまです」
ふと、そこからさらに右奥に顔を向けると、そこは台所になっていて、お手伝いさんの女性が何かしていた。僕はその人に頭を下げる。
「それは母よ」
そんな僕にマチが言った。
「えっ、この人が?」
僕は思わずそんな声を出していた。




