久々のデート
「ヒロシさん」
愛ちゃんが僕に気づくと、僕に笑顔で手を振る。そして、そのまま僕の下に駆け寄って来る。いつもの待ち合わせ場所、この地域で一番の繁華街のある杉本駅前に僕は立っていた。
「かわいい・・」
僕は思わず呟いてしまう。
久しぶりに見る愛ちゃんはやっぱり、かわいかった。最高にかわいかった。
「ううんん~」
訳の分からない唸り声が漏れる。僕は愛ちゃんのかわいさに一人感動していた。
「やっぱり、僕は幸せだ」
僕は一人呟く。
「最高だ。最高だよ。愛ちゃん」
久しぶりに見る愛ちゃんは、やっぱり感動的にかわいかった。その姿は輝いていた。何度見ても、何度会っても、愛ちゃんは素晴らしかった。というか見れば見るほど素晴らしかった。
「待ちました?」
僕の前まで来た愛ちゃんがちょっと小首をかしげて下から覗き込むように僕を見る。その姿がまた堪らなくかわいい。
「愛ちゃん・・」
愛ちゃんはもうすべてがいちいちかわいい。そのしぐさ、動き、しゃべり方、表情、目の動き、唇の膨らみ、雰囲気、もう何もかもすべてが堪らない。
「やっぱり待ちました?」
一人感動で固まる僕に愛ちゃんがもう一度訊いた。
「え、いや、全然」
本当は三十分前に来たのと、愛ちゃんが遅れてきたので、一時間近く待っていた。
「大丈夫だよ。行こうか」
「はい」
僕たちは並んで歩き出す。今日は愛ちゃんとの久々のデートだった。最近、僕はイエローバクの助っ人、愛ちゃんはバイトと通信制の高校の勉強で忙しく、なかなか会えないでいた。
「・・・」
僕は隣りに並んで歩く愛ちゃんをチラリと盗み見る。女の子と二人で並んで歩く。それだけで最高にワクワクする。男にとって女の子は、DNAに刻み込まれたこれ以上ない最高にステキな存在だった。
今日も長い髪をツインテールにした丸い小さな頭、赤い眼鏡、赤いミニスカートに、薄手の白い刺繍の入った薄手のカーディガン。
そのなんてことないその服装が、でも、彼女が身につけているものすべてが特別だった。そのちょっと羽織っている薄手のカーディガンでさえ、触れるのもおこがましいほどに、それは神々しく輝いていた。ちょっと、愛ちゃんの着ている服とかすっただけで、電気が走ったみたいに強烈な感覚が僕の体の芯を走った。
「学校忙しいの?」
歩き出してすぐ僕は訊いた。
「はい、なんか、課題とかめっちゃため込んじゃって・・」
「そうなんだ」
通信制とはいえ高校生活も大変なものらしい。
「高校かぁ・・」
よく考えれば、退学したとはいえ、僕もまだ高校生の年代であった。
「あっ、そうだ」
そこで急に愛ちゃんが声を上げる。
「えっ」
僕は驚いて愛ちゃんを見る。
「ヒロシさんも、私と一緒の学校に来ればいいじゃないですか」
「えっ」
「どうですか?」
愛ちゃんが笑顔で首をかしげ僕を見つめてくる。
「・・・」
僕も高校中退する時に、担任に通信制の高校への編入ということを勧められていた。しかし、当時僕は学校というものに心底苦しみ、恐怖すら感じていた。だから、たとえ通信制でも、学校に通うこと自体考えられなかった。
「うん、そうだね・・」
せっかくの愛ちゃんの提案だったが、返事が鈍る。学校が苦手というのは今もあまり変わらなかった。それに今、僕はロックに燃えている。ロックに学歴はいらない。というかない方がかっこいい。
「・・・」
でも、愛ちゃんと同じ高校に通う。一緒に勉強する。彼女のいるスクールライフ。それは、僕が理想として思い描いていたものではなかったか・・。数々の漫画やドラマ、映画の世界で夢想されてきた理想の青春ではなかったか――。
「ヒロシさんが編入して来たら、そしたら、私たち同級生ですよ」
と言いながら、愛ちゃんは突然勢いよく僕の腕に抱き着くように自分の腕を絡めてきた。
「えっ」
僕は驚き、愛ちゃんを見る。愛ちゃんは、へへへっとかわいく笑って僕を見上げる。
「ああああ~」
昇天してしまいそうだった。
「し、幸せ過ぎる」
何もかもが幸せ過ぎた。彼女がいるってこういうことなのか。僕の意識はくらくらした。
「幸せ過ぎるってやばい・・」
マジで幸せ過ぎて死ぬと思った。
僕たちは密着したまま歩いていく。突然のことに僕はドギマギしてしまう。だが、うれしかった。ダイレクトに愛ちゃんのやわらかさが僕に伝わって来る。愛ちゃんの存在を感じた。最高に幸せだった。こんな瞬間が僕に訪れようとは・・。僕は感動に包まれていた。
「今日こそは・・」
そして、僕はあらためて燃えた。
「今日こそは」
今日こそは、何としてもするのだ。
恋人は、愛し合う恋人はキスをしなければならない。キスをしなければ始まらない。そうだ。キスをしない恋人など恋人ではない。
「だから、何としても」
「えっ?」
愛ちゃんが僕を見る。
「い、いや、なんでもないよ」
またやってしまった。この妄想癖は、本当に何とかせねば・・。
しかし・・。しかし、僕は絶好の好機を二度も逃している。こんなもったいない僕に、またチャンスはやって来てくれるのだろうか。
「いや、チャンスは必ず来る。必ず」
僕は自分に言い聞かせた。
「ヒロシさんうち来ます?」
その時、愛ちゃんが突然言った。
「えっ?」
「前に言っていた魔法少女クリリンマリリンのビデオ手に入れたんです」
「・・・」
来た。早速来た。しかも最高の形で。僕は今まで経験したことのない痺れるような衝撃に全身が震えた。
「やめときます?」
「行きますっ」
「わっ」
僕は、愛ちゃんが驚くほどに力を込めて言った。
「行きますっ」
「は、はい・・汗」
愛ちゃんの反応から察するに、僕の目は激しく血走っていたに違いない。しかし、これはものすごいミラクルだった。こんなことあっていいのかってレベルでミラクルだった。
「じゃ、じゃあ、行きましょうか・・汗」
「うん」
僕は赤色のマントを目の前で見た闘牛の如く鼻息荒く答えた。




