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旅人

「おっ、ジェフ」

 母親からのちょっとした頼まれごとを済ませ、自分の部屋に帰ると、珍しくジェフが僕の部屋で一人コーラを飲んでいた。

「おうっ、ヒロシ、久しぶりだな」

 ジェフがいつものように陽気に右手を大きく上げる。

「うん」

 そういえば、久しぶりだった。最近、僕はイエローバクの応援に忙しかったし、愛ちゃんという彼女ができて、バンド練習にあまり参加できていなかった。ジェフもどこに行っているのか、いつもどこかに出かけていて、ほとんど家にいないし、ボーカルというポジションの気楽さで練習にもいつも気が向いた時だけふいっと現れるだけで、出て来ないことも多い。ここ最近は、そういった状況が重なり、お互い接点がなく、ほとんど顔を合わせていなかった。

「飲むか?」

 ジェフが持っているコーラを少し突き上げる。

「う、うん」

 見ると、ジェフの脇に、ものすごい数のコーラのペットボトルがビニール袋に入って置いてあった。

「どうしたの?これ」

「もらった」

「・・・」

 誰に?と訊こうとしたがやめた。多分、また知らない人にもらったのだろう。ジェフにはなぜかそういうところがある。

 とりあえず、僕はその中から一本だけ取って、ジェフの隣りに座った。なんだか本当に久しぶりだった。 

「そういえば、ジェフはなんで日本に来たの?」

 知り合ってからだいぶ経つが、そういえば、そのことを全然聞いていなかった。

「オレさまは歩いて世界中を旅してるね」

 ジェフは胸を反らし、どや顔で言った。

「えっ、世界中を?」

 僕はジェフの顔をまじまじと見る、ジェフはいつもの人懐っこい笑みで頷いた。

「歩いて?」

「そうだ」

 ジェフはもう一度うなずいた。

「・・・」

 ツッコみどころが多過ぎて、意味が分からなかった。だが、ジェフの意味不明は今に始まったことではない。

「それで日本に?」

「そうだ」

「どうやって来たの」

「う~ん」

 ジェフは、斜め上に目を向けながら、しばし考える。

「忘れた」

「なんだよ」

 長く考えていた割に、答えはそれだった。

「それが何で命の電話なんだ?」

 僕たちの出会いは命の電話だった。そこからすべてが始まった。

「町の中を歩いてたら、ババアに声かけられたね」

「おばさんね」

「そうだ。おばさんだ。はっ、はっ、はっ、しまったしまった」

 また、いつものようにジェフは自嘲気味に自分で自分の頭をペシペシ叩く。

「それでついてったと」

「うん、そうだ。メシがうまかった。何とか汁とか、何とか何とかとか」

「全然覚えてないじゃん」

「日本の名前複雑ね」

 ジェフは、困った顔をしてしきりと首をかしげる。

「とにかく、ご飯を食べさせてくれたんだね」

「そうだ。たらふく食わせてくれた」

「それで、命の電話に」

「命の電話?」

「そう、僕が電話した」

「ああ、あれは暇だったから出ただけだ」

「暇?」

「そうだ、ちょうどおばちゃんがトイレに行ってたからな。おもしろそうだからちょっと出てみただけだ」

「・・・」

「いつもはおばちゃんが出てる。オレさまはその隣りでテレビ見てた」

 そのおばちゃんがトイレに行ってなかったら・・、この出会いはなかったのか・・。幸運なのか不運なのかは分からなかったが、とにかくすごい、偶然ではあるらしい。

「世界中を旅してるって、お金はどうしたの」

「そんなものはない」

 ジェフは力強く断言した。

「えっ、お金なしで旅に出たの」

 僕は驚く。

「そうだ」

 しかし、ジェフはまったく、当然というように平然と答える。

「・・・」

 確かにジェフはいつも金を持っていなかった。多分、今も持っていない。そのことは、僕もいつも不思議だった。だが、でも、それでもこうして立派?に生きている。

「でも、どうやってお金なしで旅してたの」

「旅先で知り合った人が、みんな家に泊めてくれたし、食べ物もくれた」

「・・・」 

 人の好意だけでここまで来たのか・・。そういえば命の電話のおばさんの家からここまでもそうやって来たと言っていた。

「そうやって、ジェフはずっと世界中を旅しているの?」

「そうだ。もう三年以上になる」

「三年・・」

 よくここまで生きてこられたな・・。やはり、ジェフはなんかすごい。

「大体いつもそんな感じだ。誰かが泊めてくれて、メシを食わせてくれる。お前もそうだ」

「・・・」

 確かにそうだ。僕もジェフを家に泊め、メシを食わせている。ジェフには何か不思議な、何かそんな何かがある。なぜかそうしてしまう何かが・・。

「でも、何でお金を持たないの?」

「お金を持つということは、そこで出会う人たちを信じていないということだ」

「はい?」

 意味が分からなかった。

「オレさまは信じていた。人間のもつ愛と平和を信じていた。だから、お金は持たなかった」

「一銭も?」

「一セントもだ」

「はあ・・」

 言っていることは無茶苦茶だが、しかし、実際、なんだかんだ世話する人が現れて、ジェフはこうして生きている。僕もそのうちの一人だった。反論のしようがない。

「お金、全然持たずに、世界を旅しているのか・・」

 改めてジェフの変人ぶりと、その何か得体のしれない人を惹きつける魅力に目を見張った。

「それだけでなんかすごい気がするけど」

「必ず誰かが助けてくれる。人間には愛がある」

 ジェフは自信満々に言った。

「・・・」

 そうなのか・・。僕はあまり人の愛を感じずにここまで育って来たが・・。

「お師匠様はそう言った」

「お師匠様?」

「そうだ」

「なんのお師匠様なの?」

「ジャイナ教だ」

「ジャイナ教?」

 なんだそれ。全然聞いたこともない宗教だった。

「すべての生命の幸せを祈るすばらしい教えだ」

「へぇ~、そうなんだ。そんな宗教があったんだな」

 ジェフは信仰している宗教も変わっていた。

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