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お祭りの夜

 そして、再び、演奏は始まった。何ごともなかったみたいに、ステージは再び熱狂に包まれる。

 溢れ出る感情とメロディー――。

「うをぉ~」

 再び僕のエンジンはかかっていた。熱くたぎるエネルギーが、僕を突き上げる。 

 演奏が進むにつれ、曲が重ねられるにしたがって、あゆちゃんの熱い歌声と僕のギターが、シンクロしていくのを感じた。あゆちゃんの歌のエネルギーが僕のギターを高め、その僕のギターがあゆちゃんの歌を高めていた。それは相乗的に、そこまでもどこまでもリミッターなしで大きく熱くなっていく。

 最高潮に高まる僕の中に、次々とギターのメロディーが溢れた。僕は、本来のバッキングを忘れ、その時の熱狂と感情の赴くままにアドリブでガンガン弾きまくった。

 僕たちがノッているのが、観客にも伝わるのだろう。その熱狂はさらに高まっていく。

 そしてギターソロ。僕はノッていた。自分でもノレているのが分かった。

 自分で弾きながら、最高のギターソロが弾けていると自分でも感じた。天から何かが降りてきたみたいに、僕はそのエネルギーに突き動かされるように溢れるメロディーを赴くままに弾いていく。

 音の一つ一つに熱い感情が入り、それが共鳴してバイブレーションしていた。自分で自分の音に、強烈な感動と高揚感が溢れ、脳天から全身をぐるぐる駆け巡った。もう自分で弾いているのか、何かに突き動かされているのかすらが分からなかった。

 音が光の束のように見えていた。それが、イエローバグのアンサンブルと共振し、ステージの熱狂がそれを渦巻いていく。音のエネルギーが、音楽のエネルギーが、強烈に人の心を熱く共感させていく。

 僕たちの発する音楽は観客の熱狂と溶け合わさり、融合し、一つの大きな熱の塊になっていく。それは、どこまでも熱く気持ちよい世界だった。

 僕たちはその世界の中にいた――。

 そして、ライブは進み、激しい熱狂の中、最後の曲が終わった。

「終わった」

 終わった――。全身に吹き上げる汗とと共に、熱い興奮が僕の体全体を包み込んでいた。僕はやり遂げた。僕はやり遂げたのだ。

 ステージを降りて、僕は一人何とも言えない感慨にふける。終わってしまえばなんだかあっという間だった。

「・・・」

 やり遂げて、しかし、なんだか信じられない思いに僕は呆然とする。今まですべての困難から逃げてばかりのあの自分が、あの華やかな舞台で演奏し、問題は多少あったが、その仕事をやり遂げたことに、今だ信じられなかった。

 その事実が確かにあったのに、でも、やはり、自分で自分が信じられなかった。

「すごかったです。先輩」

 振り返ると、あゆちゃんだった。

「先輩のギターほんとすごかったです」

 まだ、ライブの興奮冷めやらぬ熱のこもった眼差しで、あゆちゃんは僕を見つめる。

「うん」

 自分でもかなりいけたと手応えがあった。自分でも弾いていてかなりノレていた。

 ライブ前の重圧からの解放と、自分がやり遂げたことの充実感、そして熱いライブの余韻、それらが合わさって、何とも言えない高揚感に包まれる。最高の時間だった。人生最高の時だった。幸せだった。このままどこかへ飛んで行ってしまうんじゃないかってくらい幸せだった。

「あゆちゃんの歌があったからだよ」

 僕は心の底からそう思い言った。あゆちゃんはとてもうれしそうな顔をした。

「楽しかったですね」

「うん、ほんと楽しかった」

 僕も、まだまだライブの興奮冷めやらぬ状態だった。

「ほんと楽しかった」

 ほんとにあゆちゃんには感謝しいていた。一時は逆恨みまでしたのに、でも、こんな機会を与えてくれたあゆちゃんに心底感謝した。

「先輩、これからお祭り見に行きませんか」

「えっ」

 その時、突然、あゆちゃんが言った。僕は驚く。

「まだ見てないですよね」

「う、うん」

 まったく想像していなかった展開に僕は戸惑った。 

 僕とあゆちゃんは、お祭りの中心の出店の並ぶ通りを二人並んで歩いた。

「あっ、あれ、先輩見てください」

 あゆちゃんが大きな声で指を差す。それは細工飴の屋台だった。様々な飴でできた動物やら鳥屋らが並んでいる。

「へぇ~、すごいね」

 僕も感心する。

「あっ、金魚すくいだ」

 今度は金魚すくいの小さなプールをしゃがんで覗き込む。あゆちゃんは楽しそうだった。こんな僕なんかといて、とてもはしゃいでいる。

「・・・」

 僕はそんなあゆちゃんを見つめる。

「もしかして・・」

 あゆちゃんはもしかして・・、僕のことが好きなんじゃないだろうか。じゃなきゃ誘わないよな。この時、僕は初めてそのことに思い至った。あまりにモテない人生を送り過ぎて、どう考えてもそういう結論にしか達しないはずなのに、そのことを考えずにいた。しかし、さすがに鈍い僕でも、ことこの状況に至って、そのことに気づき始めていた。

「・・・」

 あのあゆちゃんが・・、僕を・・。この現実を、この展開を今目の当たりにして、しかし、全然信じられずにいた。

「先輩っ」

「あっ、」

 その時、あゆちゃんがボーっと突っ立っていた僕に身を寄せ、その腕を僕の腕に絡めてきた。ダイレクトに、あゆちゃんのその露出した柔らかい体の感触と、以外にボリュームのある柔らかい胸の感触を左腕いっぱいに感じた。僕の全身に緊張と幸福が同時に走って、全身が総毛立つように、ピリピリと電気のような何かが足先から脳天へと走り抜ける。

「・・・」

 それからどこをどう歩いたのか、すべての意識はあゆちゃんのその身を寄せる体の感触にいっていて、まったく記憶がなかった。

 気づけば、屋台の並ぶ華やかなお祭りの通りを抜け、人気のない東明湖から流れ出る天神河の河原に出ていた。僕たちはその土手に河を見つめるようにして座る。お祭りの喧騒が遠くで鳴っている。しかし、目の前には河の流れる音だけがあった。お祭りの喧騒とは打って変わって、その場は静かだった。そして、暗かった。

「ふ、雰囲気が・・」

 雰囲気がそっちの方に流れていっている。

「ダメだ」

 僕はそこではたと気づいた。僕は愛ちゃんを思った。

 しかし、雰囲気はどんどんよくなっていく。雰囲気が、完全にそういう雰囲気になっている。

「・・・」

 ライブの高揚感と興奮がまだ、僕たちの体を熱く駆け巡っていた。まだそんな熱に浮かされたままの僕たちに、時折吹く、河を吹き抜けていく風が心地よかった。

 何か抗いようのない、流れがその場に流れていた。

「先輩・・」

 あゆちゃんが僕を見る。僕もあゆちゃんを見る。あゆちゃんは密着するようにすぐ隣りにいた。

 ゴクッ

 僕は息をのむ。あゆちゃんは、かわいかった。そして、その潤んだ瞳が近づいてくる。

「あゆちゃん・・」

 気づけば、あゆちゃんの厚い唇が、その温度を感じるほどにすぐ近くにあった。

 僕は、何か催眠術にかかったみたいに、それに吸い寄せられるように顔を近づけていった。

 リアリティのない何かふわふわとした実態のない空間をスローモーションで進んでいるみたいな感覚だった。それでも、僕の意志なのか無意識なのか、渾身の前進はとまることはなかった。

 ぎこちなく唇を恐る恐る重ねた。想像とはかけ離れた生々しい感触が、強烈に僕の神経の研ぎ澄まされた唇の神経群にその情報を大量に送り込む。

「・・・」

 それは意外に固く、そして、冷たかった。


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