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 今日も僕はまた一人スタジオに来ていた。

「ふぅ~」

 いつものように思いっきり弾きまくった練習終わり、スタジオ入口前の無造作に並べられたイスに一人座り、僕は、周囲を囲む木々を見上げる。思いっきり爆音でギターを弾きまくった後の心地よい熱気の余韻が、木々の木漏れ日と新鮮な空気と相まって今日も最高に気持ちよかった。

「・・・」

 またあゆちゃん会えないかなぁ・・。ふと、そんなことを考えている自分がいた。以前ここであゆちゃんに初めて声をかけられ、そして、会話をした。あの時のあの堪らない高揚感と興奮が今も胸の奥に残っていた。

「何考えてんだ俺」

 僕はそんな自分に気づき、はたと我に返る。

「バカッ、俺のバカっ」

 僕には、愛ちゃんがいる。愛ちゃんしかいない。

「僕は最低だ」

 愛ちゃんに対してものすごい申し訳なさと、罪悪感を感じた。

「愛ちゃん、ごめん」

 僕は、愛ちゃんにあやまった。

「愛ちゃんごめ・・」

「先輩」

「えっ」

 ふいに近くで声がして、僕は妄想から覚め、横を見る。

「あっ」

 あゆちゃんだった。あのまん丸い顔がすぐ近くでニコニコと僕を見ている。

「かわいい」

 思わず呟いてしまった。

「はっ」

 そこでまたはたと我に返る。

「俺のバカバカ」

 僕は自分の頭を両脇からポカポカ殴る。反省したばかりなのに、早速浮気している。

「先輩何してるんですか」

 不思議そうにあゆちゃんが僕を覗き込む。

「えっ、い、いや、なんでもないよ・・」

 この自分の世界に埋没していしまうこの癖を直さねば・・。

「先輩って面白いですね」

「そ、そう・・?」

 バカにされているのかと不安になってあゆちゃんの顔を覗き見るが、バカにしている感じはなかった。むしろ、好感を持っている感じだった。

「先輩」

「えっ、な、何?」

「あのお願いがあるんですけど・・」

「えっ?」

 こんなかわいい女子高生が、僕に普通に話しかけてくれる。それだけで僕は天にも昇る気持ちだった。それなのに、お願いまでされてしまうという。もう僕はこのまま昇天してしまいそうだった。

「何?」

 訊くまでもなく、なんでも言うことを訊く気満々だった。例え、今すぐ腹をかっ捌いて死ねと言われても死ぬつもりだった。一億借金して私に下さいと言われてもするつもりだった。今から地球一周してきてください。歩いて。といわれても即出発するつもりだった。

「ギター弾いてもらえませんか」

「はい?」

「先輩にうちのバンドのギターを弾いてほしいんです」

「はい?」

 僕は、状況がまったく呑み込めないでいた。なぜ、僕みたいなむさい男が、あのきゃぴきゃぴの若さ光り輝く女子高生バンドに加入しなければならないのか。

「うちのバンドのギターの子が腕をケガしちゃって、今度のライブ間に合わないんです」

「・・・」

 なるほど、そういうことか・・。

「階段から転げ落ちたんです」

「ご、豪快だね・・汗」

「自転車ごと八幡神社の階段から落ちちゃって」

「よく生きてたね・・汗」

 八幡神社の階段と言えば、急勾配の上に長いことで知られている。

 しかし、事情があるにしろ、あのアイドルオーラ満載の女子高生バンドに、僕みたいな引きこもりオーラ満載の根暗な男が一緒の舞台に立つなどあり得ない話だった。

「それはどうかな・・」

 僕はそれとなく断ろうとする。

「お願いします」

 だが、あゆちゃんはそんな僕を無視するかのようにさらにお願いしてくる。

「・・・」

 そして、それはやっぱり、堪らなくかわいかった。何としてでも女の子を守ってあげたいという男の本能を突き抜けるようにダイレクトに刺激してくる。何とも言えない堪らない男としての高揚感と興奮が僕の脊髄を駆け上がる。そんなかわいくお願いしますを、間近でされたら、もう僕は沸騰したみたいに舞い上がってしまう。

「今度の夏祭りのイベントでライブやるんです。それにはどうしても出たいんです。お願いします」

 そして、さらにあゆちゃんは、本当に困っているんですという、必死の態度で迫って来る。

「う、うん、いいよ」

 僕の意志とは違う男としての何かが答えていた。

「本当ですか」

「うん」

「ありがとうございます」

 あゆちゃんは本当にうれしそうに言った。そのうれしそうな表情に、僕の脳は、致死量レベルの脳内興奮物質を放出した。僕は舞い上がり、なんだか、この瞬間に幽体離脱してそのまま天国へ行ってしまいそうだった。


「どうしたんだよ。さっきからボーっとして」 

 凉美が僕を見ていぶかしがる。

「うん」

 家に帰ってからも僕はまだ夢見心地で呆然としていた。

「なんかあったの?お兄ちゃん」

 千亜も僕を見る。

「助っ人頼まれた」

「誰に?」

 凉美が訊く。

「イエローバク」

「はっ?」

 凉美と千亜が驚いて大きな声を上げる。

「イエローバクに助っ人頼まれた」

 僕はもう一度言う。

「何で?」

 絶対あり得ないことを、今目の当たりにした人間とはこういう表情をするのかと、この時僕は初めて知った。二人は、今まで僕が十七年間生きてきて初めて見る表情をしていた。

「いや、なんか・・」

 自分でもなんかよく分からなかった。なぜこうなってしまったのか・・。

 絶対にありえない組み合わせだった。神をもしのぐ勢いの神々しさを放つ女子高生アイドルバンドと、ほっといたらカビでも生えそうな引きこもり男。絶対に、一緒にはならないというか、一緒にしてはいけないレベルの二つだった。

「それで、どうしたの?まさか引き受けたんじゃないでしょうね」

 凉美が訊いてくる。

「引き受けた」

「はっ?」

 さっき以上に二人は驚く。

「引き受けちゃった・・」

 僕自身が一番戸惑っているのだ。二人が驚くのも無理はない。

「どうすんの」

「どうしましょう・・」

 僕にも分からなかった。


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