速弾き
「うおおお~」
僕は最近速弾きに燃えていた。イングヴェイを超える。それが僕の今の目標だった。毎日毎日、ギターフレーズを繰り返し繰り返し、メトロノームのリズムに合わせ、徐々にリズムスピードを上げながら弾いていく。これはギターを弾き始めた頃から、引きこもっている時もひたすらずっとやっていた練習だった。
「そういえば昨日、キスしそうになった時、愛ちゃんは落ち着いていたな・・」
僕はギターを弾く手を止め、ふと昨日のことを思い出す。僕は心臓バクバクで死にそうですらあったのに、そんな僕とは違い、愛ちゃんはとても落ち着いるように見えた。
「やっぱり・・」
やっぱり、愛ちゃんは・・。
「女はなんだかんだいってやることはやってるからな」
再び、凉美のあの悪魔の言葉が僕の頭の中に流れて来る。それと同時に堪らない不安が湧き上がる。
「うううっ」
僕の胸に、その中心を貫くように堪らない苦しみが溢れてくる。
「なんだこれ・・」
それは、今までに味わったことのないレベルの苦しみだった。
「これが恋の苦しみという奴なのか」
僕は悶えた。苦し過ぎて頭がどうかなってしまいそうだ。
「うおおおお~」
僕はアンプのボリュウームを上げ、その悶える苦しみを、速弾きで表出し、ギターをめくら滅法弾きまくった。
「うおおおお~」
指だけはいつも以上に動く。
「愛ちゃ~ん」
僕は叫ぶ。しかし、叫んでも叫んでも、苦しみは消えない。むしろ苦しみがかき回され、それは、さらに勢いを増す。
「なんか、すごいな・・汗」
そこに当の凉美がやって来て、そんな僕を見て驚く。
「うおっ、凉美」
ふと気づき、僕は滅茶苦茶驚く。僕は夢中で弾きまくっていて、凉美の存在にまったく気づいていなかった
「お前、滅茶苦茶速いな」
「えっ、そう?」
「うん、速いなんてもんじゃないぞ」
「・・・」
あの凉美が、本気で驚いている。どうやら、中学時代から一人引きこもってメトロノーム相手に毎日、運指の練習をしていたら、自分で気づかないうちに滅茶苦茶速弾きが出来るようになっていたらしい。
凉美は、いつものように僕の近くに座り、ギターを取り出し弾き始めた。僕もそれに合わせる形でいつもの自然なセッションが始まる。
「でも、大吾くんが加わって一気にバンドらしくなったな」
「そうね」
人心地着いた時、僕が言うと凉美がそれに答える。
「後はキーボードがいれば完璧なんだが」
「贅沢よ」
「キーボードは贅沢なのか・・汗」
「ただでさえギターが二人もいるのよ」
そう言って、睨むように僕を見る。まるで厄介者のような視線だった。
「しかも目立ちたがり屋のね」
そして、意味ありげにさらに僕を睨む。
「うううっ」
前回のライブのことを言っているのだろう。いちいち棘がある。
「でも、私はおもしろかったけどな」
部屋の片隅にいたマチが言った。
「そうだろ」
意外な援軍に、僕は一気に気が大きくなる。
「宏くんが殴られるとこめっちゃ面白かった」
「そっちか」
女子たちはいちいち僕をバカにしてくる。
「というかお前よくこんなうるさい部屋で本なんか読めるな」
マチは今日も何やら難しそうな分厚い本を読んでいる。
「私、うるさい方が集中できるの」
「へぇ~、変わってるな」
「マチちゃんは、この部屋でいつも寝てるの?」
凉美が僕に訊く。
「うん」
僕がうなずく。
「・・・」
「おいっ、そんな変態を見る目で見るなよ。俺だって迷惑してんだ」
「・・・」
しかし、凉美の視線は変わらない。
「ていうか、何でいつも俺の部屋で寝るんだよ。千亜の部屋で寝ればいいじゃないか」
僕はマチを見る。マチは僕の部屋に完全にいついてしまっていた。
「ここがいいの」
「なんでだよ」
「なんかいいのよ。いいものに理由なんかないわ」
「俺も一応男だぞ」
「心配いらないわ」
「いや、お前が心配するんだよ」
「まさか一緒に寝てるんじゃないでしょうね」
凉美が僕をまた睨むように見る。
「そんなわけあるか」
僕が叫ぶ。
「ていうか、お前が俺のベッド独占するから俺はいつも床で寝てるんだぞ」
僕は再びマチを見る。最近、固い畳の上で寝ているので背中と尾てい骨が痛かった。
「じゃあ、お金返していただけるかしら」
「うううっ」
それを言われると僕は何も言えなかった。
「ほんと情けないわね」
凉美がさらに、追い打ちをかけてくる。
「家には帰らないのか」
「帰らない」
「ていうか学校行かなくていいのか」
「学校なんてバカの行くところよ」
「・・・」
まったくにべもない。
「ていうか、お前金稼いでんだったら、自立できるだろ」
「ここがいい。おばさんのハンバーグおいしいし」
「・・・」
説得は無理そうだった。
「というかお前はキーボードはいらない派なのか?」
僕はマチを諦め、さっきの話に戻す。
「いらないわ。私がいれば十分よ」
「そういうことか・・」
自分が目立つ邪魔になる者は一切いらいないと言う考えらしい。凉美らしい世界観だった。
「そういえば最近ジェフを見ないな」
もう二人のことは諦め意識が宙に浮いた時、ふと僕はジェフのことを思い出した。最近、全然ジェフを見ていない。
「何してんだろ」
「何とかやってんでしょ」
凉美はすでにジェフに興味すらなくなっているらしい。
「しかし、いったいあいつはいつもどこで何をやっているんだ?」
あいつの動きは、そのキャラも含め謎だらけだった。
「な、なんだ?」
その時、地鳴りのような爆音が遠くの方から家の中に響いて来た。それは僕の家の方に近づいて来る。僕たちは慌てて家の外に出る。
「おおおっ」
狭い住宅地の道路である僕の家の前に、その道いっぱいに真っ赤なランボルギーニが止まっていた。どんなエンジンを詰んでいるのか、月にでも飛んで行きそうなほど、ものすごい爆音を上げている。僕たちの内臓はその音圧で震えた。
「・・・」
僕たちはその目の前の光景に唖然とする。なぜ、こんな怪物みたいな車がうちの前に止まっているのか訳が分からない。すると、右の助手席のドアが上にスライドして開いた。
「ハロー、ハロー」
中から出て来たのはジェフだった。
「ジェフ!」
みんな驚く。
「おお、みなさんお揃いで、何をしているのかな?」
「お前が何してんだよ」
僕がツッコむ。その時、運転席の窓が下に下がった。
「うおっ」
思わず僕が驚きの声を上げる。運転席にいたのはとてつもない美人だった。
「じゃあね、ジェフ君」
その美女がジェフに手を振る。
「おうっ、サンキュウ、サンキュウ、ベリベリマッチね」
ジェフが左手を上げる。すると、その美女はジェフに投げキッスをして、そして、またものすごい爆音を町内に轟かせ、その真っ赤なランボルギーニはどこかへと去って行った。
「・・・」
僕たち三人は、それを呆然と見送った。
「誰だよ。あの美人」
僕がジェフを見る。
「久々の我が家だ。やっぱ落ち着くね。マイホームは」
しかし、ジェフは腰に手を当て、僕の家を見上げる。
「お前のうちじゃないだろ」
「そうだった。しっけいしっけい」
そして、またジェフはいつものように自分の頭をぺシぺシ叩く。
「・・・」
やはり、この男は、まったく掴みどころがない・・。僕は困惑するばかりだった。




