久しぶりのデート
「・・・」
並んで歩いていると、時折、すぐ隣りを歩く愛ちゃんの肩が僕の腕に触れる。それだけで、僕の中に、何とも言えない電撃が走る。愛ちゃんという存在はその存在だけで僕の最高の快感だった。
今日は久しぶりの愛ちゃんとのデートだった。
「・・・」
しかし、またマチからお金を借りてしまった。先日、令さんの分まで飲み代を払い、そして、ヴァンヘイレンの新譜も買い、お金が完全になくなっていた。しかし、バイトは対人恐怖症の僕には出来ない。それにバイトをしてしまったらギターの練習ができなくなる。
「うううっ」
しかし、お金は欲しかった。お金は絶対に必要だった。お金がなかったら愛ちゃんとのデートができない。もっといいギターも買えない。エフェクターも買えない・・。
「ううっ、どうしたらいいんだ」
「どうしたんですか?」
隣りを歩く愛ちゃんが不思議そうに僕の顔を覗き込む。
「い、いや、何でもない」
不思議そうに僕の顔を覗き見る愛ちゃんは、やっぱり、世界一かわいい。しかし・・。
「女はなんだかんだいってやることはやってるからな」
以前、凉美が変なことを言うから、そのことが頭から離れず、今日は妙に愛ちゃんを意識してしまう。
「どうしたんですか?」
愛ちゃんがさらに僕を覗き込む。
「い、いや、何でもないよ」
愛ちゃんは、やっぱり、かわいかった。最高にかわいかった。
「・・・」
だが、やっぱり・・、やることはやっているのだろうか・・。あんなことも・・、こんなことも・・。
「な、何を考えているんだ」
「どうしたんですか」
愛ちゃんが再び僕を見る。
「い、いや、何でもない」
愛ちゃんの目がちょっと不審げなものになっている。
「・・・」
つい妄想の世界に入ってしまうこの癖はなおさねば・・。
「・・・」
それにしても・・、やっぱり、愛ちゃんのことが気になった。愛ちゃんが他の男と・・。そんなことを考えるだけで、胸に畳張りが突き刺さったみたいな激痛が走る。そして、気が狂いそうに苦しくなった。
「本当に大丈夫ですか」
「う、うん・・、大丈夫」
変なことを考えていたら、何だか頭がくらくらしてきた。
「でも、宏さんと会うのって久しぶりですね」
「えっ」
愛ちゃんは何だかうれしそうだ。僕と会えてうれしいのだ。そんな愛ちゃんを見ているだけで、僕の心は瞬間で最高にハッピーになる。うれしい。最高にうれしい。
「うん」
なんだか楽しい雰囲気になって来た。愛ちゃんといるだけで、もう世界はバラ色だった。
「よっ」
その時、ふいに横から誰かに声をかけられた。
「ん?」
僕は横を向く。そこには二人組の男がいた。
「・・・」
それは手島と木村だった。
「・・・」
クラスは違うが、中学の時の同じ学年の同級生だった。すごく嫌な奴らだった。
「久しぶりじゃん」
手島がにやついた顔で言う。
「・・・」
「元気だったぁ?」
木村も手島に負けないくらい嫌味な顔で僕の顔を無遠慮に覗き込んでくる。二人はにやにやしながら、そのままずっと僕の顔を覗くように見てくる。何とも意味ありげないやらしい目だった。さして仲よくもなかったのに妙に馴れ馴れしい。そして、時折、愛ちゃんの方を露骨にじろじろと見る。
「彼女?」
二人の顔はさらににやにやと笑う。すごくいやらしい笑いだった。
「・・・」
わざと、僕が愛ちゃんといるところを狙って僕をバカにしに来ている。愛ちゃんの前で恥をかけさせれば、僕のプライドはズタボロだ。それが分かったし、そういうことを平気でしてくる連中だった。
「うううっ」
握るこぶしに力がこもる。悔しかった。でも、気の小さな僕は何も言い返せない。
「宏くんって、高校辞めちゃったんだって?」
手島がにやついた顔で訊いてくる。
「なんで?」
その反対側から木村が同じような顔で僕を覗き込む。
「・・・」
僕は答えられない。
「ああ、黙っちゃった」
「そういうデリケートなことは訊いちゃダメだろ」
木村が手島にツッコむ。
「はははっ」
そして、二人は笑う。
「・・・」
僕は何も言えず、ただ情けなくその場に立ち尽くすだけだった。
「ごめんね。デートの邪魔しちゃって」
そう言って、木村が気安く僕の肩を叩く。
「・・・」
やはり、僕は何も出来ない。その場にうつむくだけだ。
「あんまいじめちゃかわいそうだろ」
手島が木村に言った。
「そうだな」
そして、二人はまた笑う。
「じゃあねぇ、ひろしく~ん」
「デートがんばってねぇ」
そして、十分バカにしたと思ったのだろう、にやにやとそのいやらしい笑い顔を残し、二人は去って行った。
「・・・」
悔しかった。最悪の気持ちだった。そして、情けなかった。自分が情けなかった。バカにされても何もできない惨めな自分がいた。
そんな僕を愛ちゃんが見ている。最悪の空気だった。今までの楽しかった高揚した気分も吹っ飛び、僕たちの間に最悪な沈黙が流れている。
こんな情けない僕なんて、愛ちゃんは愛想をつかして去って行ってしまうに違いない。こんな情けない男になんて、当然、百年の恋だって冷めるだろう。
「愛ちゃん・・」
絶望的に惨めな気持ちだった。最低だった。短い恋だった。まだ、手も握っていなかった。夢だったキスもできなかった。
「最低ですね」
「えっ」
僕は隣りの愛ちゃんを見る。
「あの人たち最低ですね」
愛ちゃんは、怒っていた。
「えっ」
「私ああいう人たち、一番嫌いです」
「あ、愛ちゃん」
僕は感動で泣きそうになった。
「ああいう人たち私の学校にもいたんです。ほんと最低」
「愛ちゃん・・」
愛ちゃんは、そのまま僕の隣りにいてくれた。僕の中に堰を切ったように、安堵と喜びが溢れる。
「愛ちゃん・・」
やっぱり、愛ちゃんとは心の深いところでつながっている。僕は運命を感じた。
その日の夜。僕と愛ちゃんは、向かい合い見つめ合っていた。湖畔の公園。辺りはもう暗い。人気もない。なぜこういうシュチュエーションになったのか、もはや記憶もはっきりしなかった。とにかく僕の目の前には愛ちゃんがいて、その大きな美しい少し潤んだ瞳で僕を見つめていた。
「・・・」
そして、僕も愛ちゃんを見つめている。
妄想の中で何億回と繰り返されてきたシュチュエーション。それが今、なぜか目の前にある。
「愛ちゃん・・、いえ、愛さん」
「はい」
「つかぬことを伺いますが」
「はい、何でしょう」
僕はおずおずと愛ちゃんの肩に手をかける。愛ちゃんは拒まなかった。
「愛さん」
力み過ぎて声が裏返る。
「はい」
「ぼ、ぼくは・・」
「はい」
「愛さんを」
「はい」
「抱きしめたい」
愛ちゃんは僕をじっと見つめていた。
「どうぞ」
「はい」
僕はそのまま愛ちゃんを抱きしめた。
「やわかい・・」
愛ちゃんはやわらかかった。信じられないくらいやわらかかった。女子はこんなにもやわらかい存在だったのか・・。僕は生まれて初めて知った。そして、温かかった。血が流れ、心臓が鼓動し、息をしていた。温かい愛ちゃんの体が僕の胸の中で鼓動している。
決して大きくはないその胸の膨らみを感じた。おっぱい。すべての男子の憧れの膨らみ。男にとっての最高の頂。
僕は緊張し、そして、少し震えた。でも、気持ちよかった。愛ちゃんという存在が、その肉体が、僕に最高のものを感じさせてくれる。
愛ちゃんが僕の中にいた。僕の胸の中にいた。その存在が、その体が今僕の中にいる。
そして、僕たちは見つめ合った。愛ちゃんも求めているのが分かった。後は、後は顔を近づけ、そして、唇を・・。
だが、ここで僕の対人緊張と対人恐怖がマックスを迎えた。僕の精神のリミッターは限界を超え、そして、そのヒューズが飛んだ。
「ああああ~」
「あっ、宏さん」
「あれっ、僕は・・」
僕は愛ちゃんの膝の上に寝ていた。
「びっくりしました。宏さん突然気を失うんだもん」
「えっ」
僕は気を失ったのか・・。
「私、人が気を失うとこ始めてみました」
「・・・」
「白目剥いてましたよ」
「・・・」
情けなかった。滅茶苦茶恥ずかしかった。今日は二度までも、自分の醜態を、愛ちゃんに晒してしまった。
「大丈夫ですか」
「うん」
でも、こんな情けない僕の隣りに愛ちゃんはいてくれた。僕の隣りに、ずっといてくれた。しかも膝枕・・。僕は幸せだった。




