新譜
「あっ」
何の気なく入ったCDショップで、ふと、CDの棚を見ると、ヴァンヘイレンの新しいアルバムが出ていた。僕はそれを手に取ると、即買った。
僕は家に飛んで帰り、早速聞いた。
「おおおっ」
中学の入学祝に買ってもらったミニコンポのスピーカーから飛び出すその音を聞いた瞬間、僕の全身が痺れる。
「ああ、やっぱ最高だな」
エドワードのギターから繰り出される一音一音が、ズキュンズキュン脳天を次々駆け回る。そして、背筋を突き抜ける高揚感に、僕の意識は一気に興奮のマックスまで駆け上がる。
「何でこんなにいいんだろう」
何でこんな音楽が生み出せるのか不思議でしょうがなかった。
最初にヴァンヘイレンを知った時の衝撃を今でも思い出す。あれは中学一年になったばかりの頃だった。よく行く本屋の雑誌の棚で、何気なく立ち読みしていたギターマガジンにその名があった。それが妙に引っ掛かり、レンタルビデオ店でCDを借りた。こんな音楽があるのか。初めてその音楽を聴いた時、世界が爆発し、ひっくり返ったような気がした。最高にカッコよかった。最高に痺れた。今まで聞いていたJポップとは、次元が違っていた。
それから僕はヴァンヘイレンにのめり込み、洋楽にのめり込んでいった。すべてが新鮮だった。すべての音、すべてのメロディー、そしてその世界。すべてが輝いていた。閉塞したこの自分の今生きている世界をぶち壊して、新しい世界に僕を連れて行ってくれた。
そして、僕は、お年玉などを貯めていたなけなしの貯金を全額下ろし、ギターを買った。ギター雑誌に載っている一番安いギターセットだった。真っ赤なボディのアリアプロⅡ。今使っている奴だ。
それが届いて、アンプにつなぎ、音を出した時の感動。そして、ギターマガジンに付録としてついていた、ギタースコアを見て、初めて弾いたヴァンヘイレンのイントロが自分の手から紡ぎ出された時の、あの堪らない痺れるような感動。あれは今でも忘れられない。
僕は早速、耳コピで適当に当たりをつけ、ヴァンヘイレンのCDにギターを合わせる。何曲かコピーし、ある程度、エドワードの癖は知っていた。
「最高だ。最高だ」
最高以外の何もなかった。僕はエドワードのギターに自分のギターの音を合わせながら、その世界に酔った。
「ん?」
そこに突然、別のギターの音が重なった。僕は驚く。見ると、いつの間にか僕の部屋に来ていた凉美が自分のギターの音を重ねて来ていた。最近ではもう、凉美はうちの家族のように勝手に家に上がって来る。母や千亜とも、顔が知れているので、何も言われない。
「・・・」
僕たちはそのままギターの音を重ね、引き続ける。そして、またいつものセッションが始まる。
こういう時、僕たちはなぜか自然とバランスが取れる。どちらかが出ればどちらかが引き、また、相手の弾き方に合わせ、どちらかが弾き方を変える。
「・・・」
暗黙の了解で、それは自然と言葉もなく流れていく。こういうところが音楽のいいところだった。あの凉美とさえも、音楽の中では、自然と調和し繋がれる。
「ヴァンヘイレンの新譜出たんだ」
ギターを弾き終わると、凉美が、ジャケットを手に取った。
「うん」
「いいわよね」
「うん」
音楽の趣味も合う。だが、しかし、なぜか、僕たちは、性格は全然合わなかった。
「いらっしゃい」
そこに母がジュースとお菓子を持って入って来た。
「あっ、おばさまおじゃましてます~」
凉美が、普段の凉美からは絶対に見ることのない、滅茶苦茶愛想のいいあいさつをする。
「凉美ちゃんはほんとかわいいわね」
「いやですわ。おばさま」
いつもよりも声のトーンを二オクターブ位高くして凉美は笑顔を作る。
「・・・」
普段の素の凉美を知っているだけに、その豹変ぶりが恐ろしい。
「凉美ちゃん、宏と仲よくしてあげてね」
「はい」
「この子友だちいないから」
「余計なこと言わなくていいんだよ」
「ふふふ、あら、怒っちゃった」
「いいから、もう行けよ」
「はいはい」
母はジュースとお菓子の乗ったお盆を置いて去って行った。
「なんで、あんないい人からあんたが生まれたのかしら」
母が出ていくと、さっそく、素に戻った凉美が睨むように僕を見る。
「うるせぇよ」
やはり、音楽の世界から一歩外に出ると、とたんに関係は噛み合わなくなる。
そして、凉美は膝の上に抱えていたギターを、またおもむろに弾き出した。
「おっ」
新曲のイントロだった。凉美は耳がいいので、すぐに新曲もコピーし自分のものしてしまう。
「あっ、そこ、どう弾いてんの」
僕は知りたくて、凉美の手元を見る。
「そんなことも分からないの」
「分からないから聞いてんだろ」
「その態度」
「なんだよ」
「教えてほしいっていう態度じゃないわ」
「なんだよ。態度って」
「もっと、卑屈に頼みなさい。かしずくのよ」
「どんな関係だよ」
やはり、この女は最強に性格が悪い。もう無茶苦茶だ。
だが、しかし、今日の僕はそんなことは全然気にならなかった。
「ふっふっふっ」
「なんだよ気持ち悪りいな」
凉美が、いぶかし気にそんな僕を見る。
僕は昨日、あのキング・クルーガー・ザ・キッドの令さんと一緒にお酒を飲んだのだ。あのカリスマ的伝説の令さんと話をしたのだ。そのことが僕は誇らしかった。確か、凉美は令さんのファンだったはず。そのことが余計に誇らしく、僕は優越感に浸る。
「ふっふっふっ」
「なんだよ。急に」
しかし、そんな事情を知らない凉美は、いつも以上に僕を不気味な人間として見つめながら、眉根を寄せていた。




