意気地なし
「うううっ」
僕は自分の部屋のベッドの上で悶えていた。
「何うなってんだよ」
凉美が僕を見る。今日はまだ凉美しか来ていなかった。
「キスがしたい」
「は?」
「愛ちゃんとキスがしたい」
「すればいいだろ」
単純明快な答えだった。
「つき合ってんだろ?」
「うっ、うん、まあ、そうなんだけど・・」
しかし、まだ手すら握れていない。キスどころではない。というか、対人恐怖症の僕は、愛ちゃんとキスするというそのイメージすらができない。僕に、それができるのか。そんなことができるのか。しかし、募る想いは、募りに募り、行き場を彷徨い、しかし、具体的な行為への衝動へと集約して僕を堪らなく突き上げる。
「キスがしたい」
堪らない衝動が、発狂せんばかりに僕を狂わせる。毎日電話で話をし、時々デートを繰り返してはいるが、それでは満足できない強烈な何かが僕を支配し、突き動かそうとする。
「愛ちゃん・・」
「あ~あ、初めての彼女でもうおかしくなってんのかよ」
「うるさい、お前に俺の気持ちが分かってたまるか」
「分かりたくもないね」
「うううっ」
憎まれ口は天才的だった。
「ていうか、彼女はもう他の男と経験済みかもしれないぞ」
凉美が言った。
「えっ」
僕は動揺する。そんなことは今まで露と考えたことがなかった。
「でも・・」
でも、あり得る話だった・・。僕は激しく動揺する。
「もう、あれもこれも」
「やめろ」
「あんなこともこんなことも」
「やめろ」
「あれやこれや」
「やめろぉ~」
僕は耳をふさぎ叫んだ。
「はははっ」
そして、凉美は楽しむようにそんな僕を笑う。
「うううっ」
ほんと最低な奴だった。
「女は分からんからな」
「愛ちゃんそんな子じゃない」
「女なんて、大人しそうに見えて、意外とやることはやってるもんだぜ」
「愛ちゃんは違う」
絶対に違う。
「さあ、どうだか」
「愛ちゃんを悪く言うな」
「悪口じゃない。真理だな」
いくら気の小さい僕でもさすがに限界がある。
僕は凉美を睨みつける。
「なんだよ」
「うううっ」
「どうすんだ?」
だが、涼美は怯むどころか挑発してくる。
「うううっ、殺してやる」
僕は涼美に飛びかかった。今までのこともある。僕の怒りは限界を超えた。
「あやまれ、愛ちゃんにあやまれ」
涼美が倒れ、僕がその上に乗る。
「お前は、いつもいつも人のことバカにしやがって、いや、俺はいい、でも愛ちゃんは、愛ちゃんは――」
僕は押し倒した凉美に迫り、叫んだ。日頃の溜まりに溜まった思いが次々溢れてくる。
「あっ」
気づくと、涼美の顔が僕の目の前にあった。凉美の端正な顔は近くで見るとさらに迫力を増す。
「・・・」
「・・・」
お互い間近で見つめ合う。僕は凉美の上に乗っていた。
「・・・」
「・・・」
時が止まったみたいに僕たちは見つめ合う。実際の涼美の体は思ったよりも華奢だった。
「なんだよ」
凉美が真顔で僕を見返す。
「・・・」
なんか変な感じになった。僕はすぐに凉美の上から離れた。
「ごめん・・」
僕はあやまった。
「・・・」
「・・・」
お互い黙る。涼美がゆっくりと起き上がる。なんか変な空気になった。
「ごめん・・」
「・・・」
凉美は黙っている。何とも言えない沈黙が流れる。
「男だったらそのまま押し倒せよな」
凉美が言った。
「えっ」
僕は驚いて凉美を見る。
「意気地なし」
「えっ」
涼美はそう言って起き上がると、そのまま部屋から出て行ってしまった。
「意気地なし・・?」
僕は、その場で茫然と凉美の出て行った入口を見つめた。その日、凉美はそのまま帰って来なかった。




