夜はこれから
「じゃあ、先輩おやすみなさい」
夜も更け、あゆちゃん始め、イエローバクの若い女の子たちは家へと帰っていった。
「じゃあ、ヒロシさん私も帰ります」
愛ちゃんも僕を見て、胸の辺りで小さく手を振る。
「う、うん」
明日は、通っている通信制の高校に行かなければいけないらしく、愛ちゃんもs先に帰って行ってしまった。
「お前は帰らないんだ」
僕は凉美を見る。
「何言ってんのよ。当たり前でしょ。夜はこれからじゃない」
凉美は、その猛烈なうわばみ体質を発揮して、酒を飲みまくっている。
「お前を襲っても、お前は自分で蹴り殺すだろうしな」
僕は呟いた。
「なんか言った?」
「いや、何も・・」
千亜とマチは、他の女子たちと一緒になって大吾くんの周囲に群がっている。
「・・・」
なぜ、ヤンキーはモテるのだろう。怖くはないのか。僕は不思議でしょうがない。学校でもやはり、ヤンキーや不良っぽい奴がモテていた。なぜ暴力的で攻撃的な危険な奴ほどモテるんだ。絶対やさしくて誠実な人間の方が安心だろう。僕は女心がまったく分からなかった。
一人になった僕は、周囲を見回す。人数は減ったとはいえ、まだまだ多くの出演者やその関係者、ファンたちが、そこかしこで輪を作り話を弾ませている。その中に、あの叫ぶこわれ者の会の人たちがいた。
あの心からの叫び、生きづらさの叫び、僕は感動し、激しく共感した。
僕は、仲よくなりたかった。あの叫ぶこわれ者の会の人たちと仲よくなりたかった。彼らとなら友だちになれる気がした。なんなら、バンドにも入れてほしい。僕は彼らに同じ匂いを感じていた。同じ世界観を共有している気がした。絶対に僕と彼らはかなり近い人間だ。と言うか同じ人間だ。
僕はふらふらと彼らの溜まりの方に近寄って行った。しかし、生来の気の小ささと対人恐怖で、当然のごとく話しかけることはできない。僕は、なんとなく彼らの周りをうろうろすることしか出来なかった。
「あ、君、最後のステージでギターの女の子に殴られていた子だよね」
「えっ、あ、はい」
すると、そんな近くをうろうろする僕の存在に気づいた、あの叫ぶこわれ者の会のボーカルの色白の禿げたおじさんが、僕に話しかけてくれた。僕がなんとなく、仲よくなりたそうに物欲しそうに周りをうろうろしているのを見て、気を使ってやさしく話しかけてくれたのだろう。なんてやさしい人だ。
「大丈夫だった?」
「あ、はい、いつものことなんで」
「いつもなの・・汗」
その人は驚いた。
「君のギター素晴らしかったよ。気持ちが入っていたよ。ぜひ君と話がしたいと思っていたんだ」
「そうですか」
僕はギターを褒められ、しかも向こうの方から仲よくなりたいだなんて、二重でうれしかった。
「僕は月乃博司といいます。よろしく」
その人は気さくに手を差し出してくれた。
「あ、はい、こちらこそよろしくお願いします」
僕も手を差し出し握手した。やった、知り合いになれた。しかも、名前が同じだった。運命的なものを感じる。僕は、内心踊り出したいほどうれしかった。
語り合いたかった。色んなこの今の生きづらさについて、この人たちと思いっきり腹を割って語り合いたかった。朝まで心の底から語り合いたかった。
「君はこの国のことをどう思う」
「えっ」
その時、僕は急に背後から肩を叩かれた。
「君は祖国のために死ねるか?」
「はい?」
振り向くと、あの愛国おやじだった。
「い、いや、あの・・」
「君にとって国とはなんだ?」
「え?いや、分からないです・・、なんなんでしょう・・」
「お前は何人だ」
愛国おやじは突然大声を上げた。
「ええっ」
僕は驚く。
「お前は日本人だろ」
愛国おやじはさらに叫ぶ。
「そ、そうですけど・・」
「だったらなんで自分の国ことが分からないんだ」
「いや・・、あの・・、な、なんででしょう・・」
「よしっ、君とは少し語り合わねばならんな。今日はとことんこの国を愛するということについて語り明かそう」
「ええっ」
愛国おやじはそう言って僕の肩に手をまわすと、僕をそのまま強制的に自分の席の方へと連れて行ってしまった。
「ええっ」
僕は訳も分からないまま愛国おやじに捕まってしまった。
「お前は確か、ステージ上で女に殴られていたな」
「え、は、はい」
「そんなことで日本男児として生きていけると思っているのか」
そして、この国を愛するということとまったく関係ない話を延々とされた。
「情けないとは思わんのか」
「・・・」
滅茶苦茶逃げ出したかった。だが、生来の気の小ささが災いして、僕は逃げることができなかった・・。
「はい、三千円」
凉美が手を出す。
「えっ、お金とるの」
深夜十二時を回り、買ってきた大量の酒もなくなってくると、打ち上げはお開きという空気になっていた。
「当たり前でしょ」
「うううっ」
お金がなかった。
「情けないわね。三千円なんて安い方よ」
「・・・」
しかし、ないものはない。愛ちゃんは帰ってしまった。というか、いても愛ちゃんに借りる訳にはいかない。凉美が貸すはずもない。
「マチ」
僕は千亜と一緒にいたマチを小声で呼ぶ。
「ちょっとまた金貸してくれないか」
僕は周囲に聞かれないようにぼそぼそと言う。
「いいわよ」
マチは、あっさりオーケーすると、ポケットからクリップでとめた丸めた札束を取り出した。財布すら持たず、マチは現ナマをそのまま持ち歩いていた。
「すごいな」
どんだけ稼いでいるんだよ。あの駅前での詩の創作で稼いだのだろう。
「ええと、これでしめて三万円ね」
マチは、僕に札束の中から一枚一万円札を抜き出すと僕に渡した。
「あんまりたまらないうちに返してね」
そう言うと、マチは小さなポケット手帳を取り出し、そこに何やら書き込んだ。
「その方がいいわよ」
最後に意味ありげにそう言って、マチは僕を見た。
「なんか金貸しみたいだな・・」
なんだか、マチが恐ろしくなってきた。
「ああ、お兄ちゃんまたお金借りてる」
その時、千亜が目ざとく僕とマチを見つけ、僕を責めるように指を差す。
「しょ、しょうがないんだよ」
どもる兄だった。
「情けないわね。年下にお金借りるなんて」
凉美にも見つかってしまった。
「うううっ」
しかし、確かに我ながら情けなかった。言い訳もできず、三人の女の前で僕はうなだれた。




