ライブイベント
「イベント?」
僕は千亜を見た。
「うん、今度の日曜日の夜にあのライブハウスでやるんだって」
千亜が僕にチラシを渡す。今日も僕の部屋にバンドのメンバーと千亜とマチが集う。
「へぇ~」
僕はそのチラシを手に取って見てみた。しかし、まったく関心がなかった。
「どれどれ」
その時、ふいに涼美が僕の体に密着させるようにして、僕の手に持つチラシを横から覗き込んで来た。僕はそれにドキッとする。涼美は性格は悪魔並みに悪いが、顔は恐ろしくいい。涼美の体が僕の体に密着し、涼美の顔が僕のすぐ横にある。僕は涼美の発する強烈な女子フェロモンにくらくらした。
「へっ、へ~い、エブリバディ。みなさんお元気ですかぁ~」
そこへまた久しぶりにジェフが帰って来た。
「おっ、お前たち何見てる」
ジェフも僕の手に持つチラシを覗き込んで来た。
「今度あのライブハウスでライブイベントがあるらしいんだ」
僕が言う。
「ああこれか、オレさまたちもこれに出るぞ」
ジェフが言った。
「えっ?」
みんなジェフを見る。それから遅れること三秒。
「えええっ!」
全員が驚き顔でジェフを見た。
「なんでだよ」
僕が叫ぶようにジェフに言う。
「オレさまが決めてきた」
どうだと言わんばかりにジェフは自分に拳から突き出した親指を向ける。
「だからなんで、いつも勝手に決めてくるんだよ」
僕はジェフの首を絞めた。
「うぐぐぐぐ、バンドはライブに出てなんぼですぅ~」
ジェフが、僕に首を絞められながら顔を真っ赤にして答える。
「いつなの?」
涼美がチラシを覗き込む。
「日曜だから明々後日か?」
僕がジェフの首から手を放して答える
「うん、そう」
千亜がうなずく。
「持ち時間は?」
涼美がジェフを見る。
「持ち時間は十分だ」
ジェフが答える。
「あれっ?短いな」
僕が驚く。
「出演者が多いのよ」
涼美が、チラシを見ながら言った。
「じゃあ二曲だな」
僕はちょっとほっとする。
「三曲でしょ」
涼美がすぐに言い返す。
「なんでだよ。無理だろ」
僕は涼美を見る。
「詰め込むのよ」
「無茶な」
「多少オーバーしたって大丈夫よ。そんな細かいこと気にしないでしょ」
「そうだけど・・」
「大丈夫。三曲ね。決定」
「お前は・・」
僕は呆れる。
「ところで大吾くんは大丈夫?ライブだけど」
涼美は大吾くんを見た。
「俺は大丈夫っす。めっちゃ練習しったっす」
自信満々に大吾くんは答えた。
「じゃあ、決定ね」
涼美が言った。
「ちょうどよかったじゃない」
涼美が僕を見る。
「う、うん・・、でも、心の準備がなぁ・・」
あまりに突然過ぎる。最近ライブがなかったので油断していたこともあり、なんか憂鬱だった。僕のあがり症が再び溢れるように全身を緊張させる。
そして、結局、僕の憂鬱など関係なく、僕たちはライブイベント当日、そこにいた。もう勝手にエントリーも完了していて、イベントのスケジュールも決定していたため、今さらの辞退はできなかったというのは前提として、それ以上にやはりジェフ、涼美という目立ちたがり屋がいて、それに何といってもバンドとしてライブに出るのは当たり前だった。ライブが嫌だという僕がおかしいのだ。ライブを回避することは、無理だった。
普段ガラガラのライブハウスハワイアンパラダイスだが、今日はさすがにイベントということで、かなり客が入って混雑しどこか熱気がある。すでに緊張している僕の緊張はさらに増す。
「僕たちは何番目なの?」
僕が隣りのジェフを見る。
「オレさまたちは、最後だ」
「トリ・・」
一番重要なとこじゃないか・・。僕の緊張と不安はそれを聞いただけでマックスに達した。今日は愛ちゃんもバイトが終わりしだい間に合ったら、来ると言っていた。このままでは間に合ってしまうじゃないか。
「・・・」
僕は緊張しているカッコ悪い姿を見られたくなかった。
「へいへい~、エッブリバッディ~」
その時、あの変なライブハウスオーナーがマイクを持ってステージ中央に立った。今日もド派手なアロハシャツを着ている。
「今日は楽しい楽しいライブイベントだっよぉ~、みんな楽しんでってねぇ~」
「大丈夫か・・」
やはりライブハウスのオーナーは今日も一人変なテンションだった。
「それではぁ~、早速ぅ~、最初のバンドで~すぅ。では、レッツスタートぉ~」
そして、イベントはあっさりと始まった。
「ん?」
すると、そこへ、オーナーと入れ替わるようにしてなんかひょろひょろとしたまだ十代と思しき青年が一人ステージ上に出てきた。
「えっ、一人?」
たった一人、その子はアコースティックギターを持ってステージに立つ。後から誰か出てくる気配はない。
「一人でステージに立てるのか」
なんて強心臓。僕はそれだけで尊敬してしまう。
そして、手に持っていたアコースティックギターを彼はおもむろに肩にかけた。
「きえぇぇええ~♪」
「えっ」
そして、いきなり彼は奇声を発した。みんな度肝を抜かれる。それは彼の歌だった。
「きえぇぇええぇぇえええ~♪」
それは西洋音階からは大きく外れたメロディーだった。しかし、奏でるアコースティックギターは、確かに西洋音階だった。しかも、その奇声の中にはどうやら歌詞が含まれているらしい。
「・・・」
僕たちはこの目の前で繰り出される音楽?をどう受け止めていいのか混乱し、一瞬、時が止まる。
「きょえええぇ~♪きええええぇ~♪」
だが彼が止まることはなかった。
彼の歌は、奇声のようにも聞こえたし、ギターコードから音程もかなりズレていた。ズレているというより、異次元の響きと言った方がいいだろうか。
そして、会場から笑いが漏れ始める。おかしいというよりも笑うしかないといった感じだった。やはり、まともな意識ではどうにも受け止めきれない。
だが、彼は周囲の反応などお構いなしに歌い続けた。
「す、すごいメンタルだ・・汗」
絶対に僕にはできない芸当だった。まったくめげないメンタルがすごいと思った。
彼は歌い続ける。それが自分に課せられた使命であるかのように熱唱し続ける。すると、不思議なことに、徐々に会場の空気が変わり始めた。笑いは消え、みんな彼の歌を聞き始めた。
確かに彼の歌はおかしなものだった。しかし、彼は本気で歌い、彼の中にある何かを伝えようとしている。それがなんとなく徐々に伝わり始めていた。
「す、すごい」
ついに、彼はその奇妙な歌で会場を納得させてしまった。
「・・・」
僕は、まるで目の前で神の奇跡を見ているような錯覚を覚えた・・。




