あゆちゃん
僕はまたスタジオで一人ギターを弾いていた。何曲か弾いて、何の気なくスティーヴィー・レイ・ヴォーン版の、ジミヘンのリトルウィングを弾き始める。
あのサビの出だしのテレっと来てのDのチョーキングが、堪らなくグッと来る。なんだかこの世のすべての悲しみと悲哀が胸の内から込み上げてくるようだった。そして、そのサビに来た時、僕は二弦の十五フレットを感情をこめて思いっきり上に持ち上げる。
Dのチョーキングの後の音の流れの中で、僕はいつも自分の内面にしまい込まれた悲しみを悲しみの表出として、ありとあらゆる表現と技法で流れるように音を繋いでいく。感情の赴くままにアドリブで繰り出されるその音の流れは、最高の感動となって僕の全身を震わせる。
最高だった。
気が極限まで高まり、自然と次から次にアドリブで音がつながっていく。僕は湧き上がる衝動に流されるままに自由に弾きまくった。
「ふぅ~」
僕はスタジオの外に出て、大きく息を吐いた。そして、今日も土の地面の上に無造作に並ぶ椅子の一つに腰掛ける。今日も思いっきり気の済むまで、爆音で弾くことが出来た。しかもかなりいい感じで弾けた気がする。
「ふぅ~」
椅子に座り、あらためて一息つくと、気分も高揚した心地のよい疲労感が全身を包み込む。スタジオのある森の木々の醸す、すがすがしい空気感も相まって、何とも心地よい。この瞬間が最高に幸せだった。僕はその至福の高揚感にしばし浸った。
「ギターうまいですね」
その時、突然横から声をかけられた。
「えっ」
僕は驚いて横を見る。
「あっ」
超ミニなスカートに、原色のサイケデリックな派手なTシャツをピタッと体のラインに沿わせるように着た、独特な二重の丸い目に丸い小さな顔。その頭はすごく派手な原色のゴムであちこちをオシャレに無造作に束ねている。
「・・・」
あの子だった・・。あのイエローバクのボーカルの子。あの子がちょっと小首をかしげ、僕の隣りで僕の顔を人懐っこく覗き込んでいた。
「・・・」
僕はあまりのことに、ただ、もう茫然とその顔を見つめるしかなかった。
「ふふふっ」
彼女はそんな僕の反応に笑った。
「あ、ああ」
僕は彼女のその反応に対し、訳の分からないうめき声のようなものを漏らす。
「ふふふっ」
彼女はさらに笑った。だが、バカにしている感じではない。好感を持っている感じの笑いだった。
「・・・」
だが、僕は完全にフリーズしていた。なんだ?何が起こっているんだ?まったく訳が分からない。僕は今目の前で何が起こっているのか分からなかった。だが、何か特別、特別な、奇跡的な何かが起こっていることだけはなんとなく分かった。彼女は笑っている。しかも、好感触な感じで・・。
「か、かわいい・・」
しかも、彼女はかわいかった。信じられないくらいかわいかった。本当にこの世に存在しているのか疑問に思うほどかわいかった。あまりの可愛さエネルギーに、脳内の神経回路がショートしてしまいそうなくらいかわいかった。
「・・・」
僕はアホ面で彼女の顔を茫然と見つめていた。
「ギターうまいですね」
彼女がもう一度言った。
「え、ああ」
そこで、やっと僕は我に返る。
「うん、ありがとう・・」
僕はそれだけを言うのが精一杯だった。僕の弾いていたギターの音がスタジオの外に漏れ聞こえていたらしい。
「私もバンドやってるんです」
彼女が続けて言った。
「ああ、うん」
「知ってました?」
僕の反応に、彼女は僕がイエローバクを知っていることを察したらしい。
「うん、前に一度見たよ。イエローバク?」
「はい」
彼女はとてもうれしそうな顔をした。そのはじけるような笑顔がまた堪らなくかわいかった。
「先輩もバンドやってるんですか?」
「う、うん」
年下の美少女に言われる先輩という響きと、バンドやってるんですかと訊かれて、うんと答えられることの喜びで僕は二重に興奮する。
「どこかのライブで会うかもしれませんね」
「うん」
「あゆ~」
その時、後ろの方で女の子の呼ぶ声がした。多分、バンド仲間だろう。
「うん」
すると、彼女は後ろを振り返り、それに手を上げ答える。
「じゃあ」
彼女はかわいく右手を上げた。
「え?あ、ああ」
僕もぎこちなく右手を上げる。
「・・・」
そして、彼女は行ってしまった。
「・・・」
何が起こったのか、起こった後ですらうまく自分の頭の中で整理できなかった。
「あゆちゃんか・・」
あゆちゃんのその余韻に、しばらく僕はのぼせたようにぼーっとしていた。
「・・・」
僕は家に帰ってからも、今日目の前にあったあゆちゃんのあの顔が頭の中を占拠していた。彼女がなぜ僕なんかに話しかけて来たのか。多分、とても人懐っこい子で誰にでもこんな感じなのだろうけど、でも、うれしかった。
「かわいかった・・」
かわいかったな・・。それにしてもかわいかった。あの人懐っこい笑顔が堪らなくかわいかった。
だが、気の利いたこと一つ言えなかった。そんな自分が情けなかった。せっかく仲良くなるチャンスだったのに。
「うううっ」
僕は頭を抱え悶える。もう、彼女は僕のことを、滅茶苦茶変な奴と思ったことだろう。もう二度と話しかけることもないだろう。そんないつものマイナスな考えが僕を支配する。
「でも、かわいかったな」
それにしてもかわいかった。堪らなくかわいかった。
「い、いかん」
しかし、僕は激しく首を横に振った。
「僕には、愛ちゃんがいるんだ」
そう、僕には愛ちゃんがいる。愛ちゃんへの愛は永久に不滅だった。
「あいつ何やってんだ?」
涼美が、そんな一人妄想に揺れる僕を、少し怯えたようにして見ながら隣りの千亜を見る。
「・・、本当に壊れちゃったのかも・・」
千亜が恐る恐る言う。
「でも、かわいかったなぁ・・」
だが、僕の妄想は続いていた。
「いや、いかん、僕には愛ちゃんが」
「おいっ、また一段とおかしくなってるぞ」
涼美が再び千亜を見る。
「そうみたいですね・・汗」
涼美、千亜、マチの女子軍団三人が、僕を完全に頭のおかしな奴を見る目で見つめた。




