無敵の男
「僕の勘違いだったのか・・。僕は痛い勘違い男だったのか・・」
僕は頭を抱える。愛ちゃんの目はどんどん不穏な色になっていく。
「やってしまった」
やってしまったぁ・・。僕はやってしまった。僕が勝手に勘違いしていただけだったんだ。そうだよな。僕なんかを女の子が好きになるわけがない。引きこもりが何を勘違いしているんだ。
「僕は・・」
僕はただの勘違い男・・。恥ずかし過ぎて、この場で腹かっさばいて死んでしまいたかった。
「ご、ごめん、なんか勘違い――」
「私たちって、つき合ってたんじゃないんですか?」
愛ちゃんが言った。
「えっ!」
僕は愛ちゃんを見た。愛ちゃんは恥ずかしそうに上目遣いで僕を見ている。
「えっ?」
僕はもう一度愛ちゃんを見る。愛ちゃんが言った言葉の意味が、頭に入りながら、しかし、理解が出来ない。
「・・・」
僕は、愛ちゃんを見つめたまま、今自分に何が起こったのか理解出来ずにフリーズしていた。かなりうれしいことのはずなのに、むしろ戸惑いと恐怖が全身を覆っていた。
「なんで何も言ってくれないんですか」
愛ちゃんが不安げに僕を見る。
「えっ、いや、まさか、そんな答えが返ってくるとは思わなくて・・」
僕がやっとのことで、少しはっきりとしてきた意識でそう言うと、愛ちゃんはそんな僕を見て小さく笑った。
「・・・」
その笑顔を見て、僕の中に初めて安心が感じられた。そして、喜びが湧き上がってきた。
「やった」
僕は叫んだ。
「やった。やった」
僕にも彼女が出来た。というかできていた。なんかもう、電撃が走ったみたいな興奮が体中を駆け巡った。天地が創造されたみたいな、大一大巨編が僕の中で音を立てて始まっていた。
「僕に彼女が・・、僕に彼女が出来た・・」
興奮と感動の大スペクタクルだった。あの三蔵法師の目指したガンダーラよりも、宇宙戦艦ヤマトが目指したイスカンダルよりも、アニメ母を訪ねて三千里のマルコが目指した母の居場所よりも遠いと思っていた、彼女という存在が僕にできた。
僕に彼女がいる。僕の中に今まで感じたことのない、煮えたぎるような熱い興奮が込み上げてくるのを感じた。
やはり、青春とは女の子のことだったのだ。人生とは女の子のことだったのだ。青春とは愛ちゃんだったのだ。
すべてがバラ色だった。信じられないくらい、すべてが輝いていた。空の青さも、頬を撫でていくそよ風も、名もなき草花の揺らめきも、いつも僕を胡散臭げに見つめる近所のおばはんの視線も、なんてことないすべてが輝いていた。今まで経験したすべての嫌なことも、ありとあらゆるむかつく奴らも、すべてを許すことができた。
「ふふふふ~ん」
自然と即席の鼻歌が口から洩れ、顔がにやつく。
「何よ。気持ち悪いわね」
涼美が訝し気に、最近いつもにこにこしている隣りに座る僕を見る。涼美たちバンドメンバーはいつものように僕の部屋に集まっていた。
「ふふふふ~ん」
だが、涼美の嫌味さえもが全然気にならなかった。
僕には彼女がいるんだぞ。
「僕には愛ちゃんがいる」
なんだか世界最強になった気がした。今まで、カップルを見ると劣等感と敗北感とコンプレックスで無抵抗に一発ノックアウトで打ちひしがれていた僕だったが、しかし、今の僕にはその彼女がいる。
「彼女がいる」
僕はそのノックアウトする側になったのだ。
「なんなのよ」
涼美が不気味なものを見る目で僕を睨みつけるように見る。
「ふっ、睨みつけるがいい」
僕には彼女がいるのだ。僕は今世界最強、無敵の存在なのだ。今の僕は何も怖くなかった。
「ふっ、ふっ、ふっ、ふっ」
僕は一人高笑った。
「なんなのよ」
涼美に加え、千亜とマチも恐ろし気な目で僕を見る。
「お兄ちゃん時々おかしくなるんだ。多分季節性のものだと思うけど・・」
千亜がおずおずと言った。
「まっ、前からおかしいとは思っていたけどね」
涼美が言った。
「でも、病状が進行しているような・・」
マチが言った。
「ふっ、ふっ、ふっ」
しかし、今世界最強の僕には、そんな女子たちの鋭い言葉も視線もまったく気にならなかった。僕の中にあるのは、愛ちゃんだけだった。
「そう、僕には愛ちゃんがいる」
僕の中に今あるのは、愛ちゃんへの溢れる想いと、愛ちゃんという圧倒的な存在それだけだった。




