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募る想い

 愛ちゃんへの想いは日に日に募っていた。バンドも大事だったが、しかし、愛ちゃんへのそれはそれどころではなかった。愛ちゃんのことを考えるだけで、シャブ中末期の禁断症状のように、あまりに苦しくて発狂しそうだった。夜も覚せい剤がキマッたみたいに興奮とドキドキで眠れない。持て余す想いとエネルギーが溢れ過ぎて、どうしていいのか分からない。そんな、ただもんもんと苦しむ日々に僕は延々と悶えていた。


「・・・」

 僕は右隣りの愛ちゃんを見る。僕と愛ちゃんは最寄りの丘谷おかたに駅前を歩いていた。今日も愛ちゃんは堪らなくかわいい。愛ちゃんに会っているその時だけ、僕は恋の禁断症状から解放される。

「最近バンドどう?」

 愛ちゃんが僕を見た。

「うん、新しい子が入ったんだ」

「へぇ~、そうなんだ。メンバー増えたんだ」

「うん」

「どんな人?」

 愛ちゃんがその大きな目を見開く。

「うん、身長が百九十以上あって、殺戮っていう暴走族連合の総長だった子なんだ」

「ヒロシくんのバンド、大丈夫・・汗」

 愛ちゃんは困惑気味に僕を見る。

「う、うん・・、多分・・」

 僕もなんだか不安になって来る。あらためて考えるとやはり大吾くんはすごい子だ。

「でも、その子のおかげで僕念願のギターに戻れたよ」

「そうなんだよかったね」

「うん」

「そういえば私ヒロシくんのギターはまだ聞いたことないな」

「そういえばそうだね」

 愛ちゃんはまだベースの僕しか知らない。

「今度ライブ見に行くね」

「うん」

 大吾くんがまだベースに慣れていないので、週一の定例ライブは今は休んでいた。

 愛ちゃんを僕の部屋に招ければいいのだが、家には、マチとバンドメンバーがたむろしている。あんなところに愛ちゃんを連れて行くわけにはいかない。格好の餌食だ。

「そうか」 

 僕はこの時気づいた。そうだ。愛ちゃんと二人になれる唯一の空間を僕はバンドメンバーに占拠されている。

「うううっ」

 今気づいたが、これはかなりの大問題だ。僕は頭を抱えうなる。

「どうしたの」

 愛ちゃんがそんな僕を覗き見る。

「えっ?いや、なんでもない」

 今後の展開も発展もそこがネックになる。

「どうしたらいいんだ」

 僕は一人苦悩した。

「大丈夫?」

 何も分からない愛ちゃんは、僕を心配そうに見つめる。

「う、うん、大丈夫」

 大丈夫じゃないぞ。全然大丈夫じゃない。僕は心の中で苦悶した。


「・・・」

 僕は右隣りの愛ちゃんを見る。僕と愛ちゃんは駅裏の商店街の中ほどにある映画館、丘谷スカラ座で映画を見ていた。薄闇の中でもやっぱり愛ちゃんは堪らなくかわいい。

「・・・」

 愛ちゃんという存在が僕にガンガン迫ってくる。映画など見ている場合ではなかった。もちろん、映画など全然な頭に入ってこない。目の前の巨大スクリーンに映し出される映像は、僕の目にはまったく見えていなかった。ドルビーサラウンドで発する高クオリティーの音響も、僕の耳には全然聞こえてはいなかった。

 僕の中にあるのは愛ちゃんに対する高鳴る想いと、どうしようもなく湧き上がる訳の分からない衝動だった。しかし、なんなんだ、この堪らない僕を突き上げるようなエネルギーのうねりは。熱に浮かされたように、僕は隣りに座る愛ちゃんのことしか考えられない。

「私この声優さん大好きなんです。この声優さんはまだこの映画が初めてなんですけど、でも、すごいんです」

 だが、愛ちゃんは呑気に映画の解説をしている。もちろん映画はアニメ映画だった。

「・・・」

 狂わんばかりの僕の隣りで、愛ちゃんは映画に夢中だった。 


「・・・」

 僕は右隣りの愛ちゃんを見る。僕たちは透明湖のほとりの水辺公園を歩いていた。やっぱり愛ちゃんは堪らなくかわいい。だが、僕の胸の内はうれしさと苦しみの両極端な感情に引き裂かれながら、嵐のように逆巻いていた。

「?」

 愛ちゃんはそんな僕の募る想いなど分かるはずもなく、そんな一人苦悶する僕を首を傾げて不思議そうに見つめている。

「僕を殺す気か・・」

 だが、そんな愛ちゃんがまた堪らなくかわいい。僕の思いはさらに募るばかりだった。


「・・・」

 僕は右隣りの愛ちゃんを見る。僕たちは湖畔のベンチに並んで座っていた。愛ちゃんは僕の隣りでさっき見たアニメ映画の話を一人延々している。だが、僕はそれどころではなかった。僕の中にあるのは愛ちゃんへの募る思いだけだった。

 もう、どうしてもこの想いを何か言葉に出さずにはいられなかった。どんな言葉なのか、まったくまとまらなかったが、しかし、何か言葉にせずにはいられなかった。

「愛ちゃん」

「はい」

 突然、真剣な眼差しで声をかける僕に、愛ちゃんは驚いて僕を見る。

「・・・」 

 しかし、声をかけたはいいが、やはり、気持ちが先行して言葉がまとまらない。感情ばかりが渦巻き、空回り、言語化できない。

「つき合って欲しい・・」

 だが、突如として言葉は出た。勢いと募った思いに押される形で、思わず僕は口走っていた。

「えっ」

 愛ちゃんが驚いて僕を見る。そして、固まり、戸惑っている。

 何か変な空気だ。何か僕が完璧に間違ったことを言っている空気だ。僕は一気に不安になる。どうしていいかも分からない。

「あ、いや・・」

 僕は一瞬で後悔した。が、しかし、もうどうしようもなかった。もう時間は元に戻らなかった。僕たちの関係も、もう・・。


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