歓迎会
練習が終わり、スタジオを出て、いつものようにみんなで僕の家に帰ろうと駅前まで来た時だった。涼美が一人、駅から僕の家とは反対の方に歩き出す。
「おいっ、どこ行くんだよ」
僕がその背中に声をかけた。
「歓迎会よ」
涼美が振り返る。
「歓迎会?」
「大吾くんの」
「ああ」
僕たちは涼美の歩く方に従ってついて行った。
「やっぱりここなのね・・汗」
結局辿り着いたのは、例のホルモン焼き屋だった。
「いいでしょ。何度食べたっておいしいんだから」
涼美が言った。
「ま、まあそうだが・・」
「それにお金ないでしょ」
「うん・・」
それが一番だった。
僕たちは、屋台の前のカウンター席に座るため、それぞれの楽器を脇に置く。楽器を持っているということに、なんか一人前のバンドマンになったような気がして、僕は人知れず一人ちょっと得意になる。こんなふとした瞬間に自分がバンドマンになったことを実感し、そして、うれしくなる。
思えば、信じられない展開だった。引きこもりというバンドマンからは多分一番遠い世界にいた僕が、今こうして、バンドをやっているのだ。まさにありえない、奇跡に近いことだった。
「あれ?」
僕が一人感慨にふけっていると、いつの間にかもう席にみんな座っていた。
「・・・」
見ると、大吾くんの隣りしか空いていない。
「なぜだ・・」
大吾くんの隣りだけは嫌だと思って、色々と作戦を考えていたのに・・、
「・・・」
だが、もう座るしかない状況だった。仕方なく、僕は屋台のカウンター席の横長のベンチ椅子の一番右端に座る。席の長さは四人が座っていっぱいいっぱいの長さだった。しかも丸ちゃんと大吾くんの体がでかいので、かなりキチキチだ。当然大吾くんとかなり密着した状況になる。やはり、大吾くんはデカい。隣りに座っているとその存在感が半端ない。
反対側の大吾くんの横には涼美が座っている。なぜ先にお前が右に座らないんだ。僕は涼美を睨みつける。涼美は何よといった目で見返してくる。当たり前だが、僕の自分勝手な怒りなど全く伝わるはずもない。
丸ちゃんはうまいこと涼美を壁に一番端に座っている。僕が恨めし気に丸ちゃんを見ると、丸ちゃんはその太った巨体を申し訳なさそうに縮こませた。
「かんぱ~い」
大吾くんを歓迎してみんなでビールジョッキを掲げる。正直、僕は心の底から歓迎は出来ていなかったが・・。
「うまい」
だが、大吾くんは怖かったが、相変わらずホルモン焼きはうまかった。八丁味噌のみそダレの辛味とうま味とニンニクの風味が最高だった。
「何度食べてもおいしいな」
僕がそう言うと、元ヤクザというホルモン焼き屋の大将は、そのダルマのようなコミカルでありながら凶暴そうな顔を子どもみたいに微笑ませた。
「なんで、大吾くんは僕たちのバンドに参加しようと思ったの?」
酒が回って、少し気の大きくなった僕は、密着するように座るすぐ隣りの大吾くんに訊いてみた。
「自分は、自分を変えたいと思ったんす。いつまでも、無茶苦茶やってるのは、やっぱり、よくないって」
中学生でありながら、一人渋く熱燗を飲む大吾くんがしんみりと言った。
「そうなんだ」
実はいい奴なのかも。僕は思った。
「小学生の頃から、ずっと悪いことばっかやって来たから、さすがにやばいなって」
「小学生からなんだ・・」
まさにその道のエリートだった。やっぱり大吾くんは怖い。
「小さい時から自分、体デカかったんで、大人にもケンカ負けなかったんすよ」
「はあ・・」
小学生で大人に負けないって、ていうか大人とどつき合いのケンカしてるって滅茶苦茶やばい子やないか。また一段と大吾くんに対する恐怖度が上がった。
「中一の時にもう、ヤクザシバイてましたし、この辺一帯の族は全部仕切ってましたから」
「はあ・・」
ヤクザシバクて・・、しかも、中学で高校生とか仕切ってたんだ・・。やっぱ無理だ絶対無理だ。怖すぎる。僕は頭を抱える。僕の恐怖度は早くもマックスを迎えた。
「もしかして殺戮?」
その時、涼美が大吾くんを見た。
「殺戮?」
僕が涼美を見る。
「そうっす。殺戮っす」
すると大吾くんが答えた。
「ああ、やっぱり。この辺一体の暴走族を初めてまとめたっていう伝説の男の子がいるって・・」
「はい、初めてこの辺の族まとめたのが俺っす」
「ま、マジか・・、ただのヤンキーではなく、大吾くんは伝説の男の子だったのかぁ・・」
僕は隣りから大吾くんを改めて見上げる。やっぱり、滅茶苦茶やばい子やないかぁ。っていうかなんで関西弁なんだ俺。
「あなただったんだ」
「はい」
「県内最大の暴走族、殺戮のヘッド・・、しかも伝説の男・・」
絶対無理だ。やっぱ、絶対無理だ。僕の手に負える人間じゃない。
「しかも殺戮て・・」
僕はもう名前だけでビビる。
「でも、なんでそんな大きな暴走族のヘッドが僕たちみたいな無名バンドのベースに転身?」
僕が思わず訊く。よく考えるとすごいトラバーユだ。
「少年院に入ってた時に・・、」
「しょ、少年院・・」
なんかまたすごいワードが出てきた。暴走族と聞いて、ある程度想像はしていたが、やはり、なんかビビる。
「チャップリンの伝記を読んだんです。それに感銘を受けて、俺変わらなきゃって。母ちゃんも泣かせてばっかだったし」
「チャ、チャップリン?」
僕と涼美が大吾くんを見る。チャップリンとバンドが、どうつながるのかがまったく分からなかった。
「はい、チャップリンす」
「チャップリンて確か喜劇王・・」
「はい、王様っす」
「王様ではない気がするが・・汗」
でも、怖くて言えなかった。
「チャップリンはすごいんです。すごい人なんです。ものすごい貧困と苦境の中から這い上がったんです。僕は感動して何度も何度も読み返したんす」
大吾くんは力を込めて力説する。その力強さにチャップリンに対する思いが伝わって来る。
「そうなんだ・・」
しかし、なぜそのチャップリンとバンドが繋がるのかが全く見えない。
「でも、どうしていいのか分からなくて、丁度、院から出て、それでこれからどうしようかって考えてて、とりあえず腹減ってたんでマックで一人でビッグマック食ってたら、そんな時に、ジェフさんに声かけてもらって、それで」
「ジェフ・・」
すごいタイミングだ。
「ジェフさんの顔見てたらなんか変われそうな気がしたんす」
「そうなんだ・・」
ジェフは、やはりどうも不思議な人の心を動かす力があるらしい。
「そうなんだ。でも、チャップリンとジェフがどうつながったの」
「外人でしょ?」
「えっ?」
僕と涼美が同時に大吾くんを見る。
「両方外人でしょ?」
「えっ?」
僕たちはキョトンとする。
「そこだけ?」
「はい」
大吾くんは、真顔で僕を見る。
「・・・汗」
僕と、涼美は顔を見合わせた。
「そこだけ?」
僕たちはハモルように、もう一度訊いた。
「はい」
やはり、大吾くんははっきりと真顔で答える。その目は純真そのものだった。
「・・・汗」
大吾くんは、なんか独特の感性を持っているらしい。どうも根っからの悪い子ではないらしいが、ちょっと変わった子ではあるらしい。
「・・・」
僕はちょっとほっとしつつも、もっと厄介な感じもして、今後に、また別の意味での不安を感じた・・。




